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あなたのために願う人『サイレンと犀』

今回紹介する本
『サイレンと犀』岡野大嗣(書肆侃侃房)

母と目が初めて合ったそのときの心でみんな死ねますように

『サイレンと犀』岡野大嗣(p.60)

私は歌集を買うことはあまりない。書店でなんとなくいつもと違うものが読みたくなり『サイレンと犀』を手に取ってこの短歌に出会った。その時の私はうつ病の症状が重く苦しい時期にいた。だからインターネットで自分の気持ちについて検索していた。すると自分と同じように苦しんでいる人はたくさんいることがわかる。そういう気持ちを昇華した創作物もいろいろと知った。でも同じ気持ちの人がいて、いろんな対処法があって、だからなんだ。なんか何も救われない。

そんな時にこの短歌と出会い、いいなと思ったのはまず、鬱々とした気持ちを使って共感しようとしてくるわけでもなく、生きる気力を強引に取り戻そうとしたりわざとらしく励ましたりするわけでもなくてそこが目を引く。明らかに今まで素通りしてきたありきたりなことばや創作物とはぜんぜん違うと思った。それに、作者とは会ったことも話したこともないけれど、私のことを祈ってくれているとすぐに感じた。私のこと、というとさすがに思い上がりだけど「みんな」の中には私も入っていると捉えていいだろう。私のためにこんなやさしい願い事をしてくれる人なんているんだと思うと声を出して泣きたくなった。人のために祈ると言っても押しつけがましさやしつこさはなく、人の幸福を高々とうたいあげるようなくどい感じもしない。どうしても強いことばではあるが、空を見上げてさらりとつぶやくように聞こえる。すがすがしさがある。だからこそ響くのだろう。母と初めて目が合ったときのこと、今は忘れている。でもいつか思い出すときが来ると思う。
ここまで書いていてふと同じ作者のこんな短歌を思い出した。

玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ

『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』木下龍也 岡野大嗣(p.99)

景色が繋がった!
苦しいときに過去を振り返る人は多いだろうけど、ここまで戻っていく人は珍しいと思う。

『サイレンと犀』に戻る。
他にも魅力的な短歌がたくさんある。
最後に少しだけ紹介したい。読んでない人はぜひ手に取ってお気に入りを見つけて欲しい。

ひとりだけ光って見えるワイシャツの父を吐き出す夏の改札

『サイレンと犀』岡野大嗣(p.16)

普通に読めば普通に怖い内容のメールがとても普通に届く

『サイレンと犀』岡野大嗣(p.91)

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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