
『詩』椿
椿が花をつけ始めた もうずっと昔に
お父さまが植え付けた椿だ
以前は庭師なども入ってもらって
綺麗に剪定してもらってたけれど いつの間にか
それもされなくなってしまった 花が咲くと
そのあたりがぽっと明るくて
冬でも暖かな気分があったと言うけれど
わたしが物心つくころには 荒れ果てた
大きな木にもうすっかりなっていて
夏でも暗い影を作って 傍に寄るのも
わたしは怖くて嫌だった
そんな椿が花をつけ始めた 厳寒の冬には
花が少なくなるというのに 秋ごろから
みっしりと花芽をつけ始めた この冬が
あたかも最後とでも言うかのように
驚いて 少し離れたところから
毎日それを眺めていると
師走になったばかりのある日 たった一輪
ほっと小さな花を咲かせた みっしりと
いっぱいに付いた花芽の真ん中に
それは決して誇らしげでなく
何やら妙に恥ずかしげに見えた
夜、ほとりと音がした気がして 庭へ出る
縁側の雨戸を繰ってみると 開いた花が
闇に落ちて光っていた ぼんやりと
わたしは見てはならないものを
なぜだか見てしまったようにおもい
慌てて雨戸を閉めて背を向けた
そうしてその夜は北風が
庭のなかばかりに吹き荒れて 一晩中
わたしはまんじりともできなかった
朝、そっと雨戸を繰って隙間から
椿の様子を窺ってみると みっしりと
花芽は風に耐えて残っていた そこここに
枯葉が昨夜の風に散り落ちて
一晩で庭は見る影もなかった
あの花はどこへ行ってしまっただろう?
そんなことをわたしは考えてみたけれど
特にそれに拘るでもなかった それよりも
花が咲いていたというそのことに
わたしは自信が持てないでいた
毎週月曜日は #なんの花・詩ですか で、花をテーマに詩をアップしています。お読みの皆さんもぜひ、花をテーマに記事をお寄せください。写真も大歓迎! 曜日は問いません、こちらのハッシュタグをつけて投稿いただければ、僕のマガジンという花壇に植えさせていただきます。よろしくお願いいたします。
子どもの頃から椿の花はあまり好きではないのだけれど、よく考えたら僕のなかにある椿はいわゆる<薮椿>のことで、あれがあんまり明るい印象ではないために好きになれないでいる、というのが真相のようです。八重の椿なんかは結構華やかで、雪椿なんてのは風情もありますが(音読みはいけません、違うものになってしまふ)、それでも、どうもあの椿の花の赤がイマイチ好みじゃない。ピンクとか白とか、そういうのはそうでもないのですが。
今回もお読みいただきありがとうございます。
他にもこんな記事。
◾️辻邦生さんの作品レビューはこちらからぜひ。
◾️これまでの詩作品はこちら。
散文詩・物語詩のマガジンは有料になります。新しい作品は公開から2週間は無料でお読みいただけます。以下の2つは無料でお楽しみいただけます。