『詩』ローラーコースターが遊星を巡る
ローラーコースターが遊星を巡る いつかの日
人魚からもらったチケットを握りしめて カストルと
ポルックスの間のコースター乗り場から
少年は楽しみにしていたそれに乗り込む
ただほんの少し不安げに
怖がることはないさ、と 係員が言うけれど
彼はミノタウロスなので信用できない
世界が、と口にするときその定義は
あんまり曖昧にすぎるので 宇宙のほうが
子どもたちにはずっと近くおもえるのだ
あんな星々のあいだにある 小さな乗り場から
ローラーコースターが発車するのは 子どもたちに
未来を準備できないからだ 世界は ⎯⎯
いつか彼らに似つかわしくない
ローラーコースターが星空を
駆け抜けるとき 暗い波間に顔を出して
人魚がそれを見送るだろう 愉快そうに
飛魚がその周りで跳ね回るだろう 海面すれすれに
ローラーコースターは車体を落として走り抜け
水飛沫が踊るように上がるだろう
振り返って人魚が見送っている
太陽が 灼けつく間もなく足下を過ぎる
時間があまりに矮小なので 光にさえ
ローラーコースターは追いつかれない それだから
宇宙は静かで遠大なのだ 少年が
ずっと少年なのもそのせいなのだ
でも気をつけなくてはいけないよ、と牧神が言う
消しゴムひとつ落としても歴史が変わる
必死にバーを握りしめて、少年は
宇宙風から身を守るように頭を低くする
重力のない場所でコースターに
なんの恐怖があるのだろう?
ついに少年はそれに気づく 乙女座の
M61銀河を過ぎたあたりで だけれども
コースターの楽しみはそれきりじゃない!
昨日子どもだった少年が 宇宙のなかで
明日にはおとなになっている そしてまた
どこかの銀河で少年に戻る
時間の伸縮が激しいので コースターに
おとなたちは乗りたがらないのだ 人工衛星にも
近づきたくないとおもっているのだ 少年には
けれどもそれはアトラクションに過ぎない
人魚がどうしてそのチケットを
ずっと持っていたのだろう? ドワーフや
トロルではあり得なかったのかしら、まして
ティンカーベルでもかぐやでもない 人間に
宇宙が無限におもえるのは
きっとそんなことなのだ ローラーコースターが
さほど速くないと見えるのも
そうしてたくさんの星々を 小宇宙を
それでもあっという間に巡り終えて コースターは
また乗り場へと戻ってくる 少年は
ほうっとひとつため息をついて 近づいてくる
カストルとポルックスの光に眼を向ける 僕たちが
いつかおとなになることは ⎯⎯
ふとそんなことを考えながら
まだ星のイメージが続いていて、こんな詩ができました。
ジェットコースターは、海外ではローラーコースターと言うそうですね。遊星は惑星のことで、僕は昔から<遊星>というのが好きです。
SFのような、ファンタジーのような、あるいは現実世界の風刺のような。いろいろ詰め込んだらこんな形になりました。
*カストルとポルックスは、双子座の頭にある明るい星で、より明るい方がポルックスです。
今回もお読みいただきありがとうございます。
他にもこんな記事。
◾️辻邦生さんの作品レビューはこちらからぜひ。
◾️これまでの詩作品はこちら。
散文詩・物語詩のマガジンは有料になります。新しい作品は公開から2週間は無料でお読みいただけます。以下の2つは無料でお楽しみいただけます。
◾️花に関する詩・エッセイ・写真などを集めます。
#なんの花・詩ですか をつけていただければ、マガジンという花壇に
植えさせていただきます。ぜひお寄せください。