小林亀朗(依田口孤蓬)

小説・詩・エッセイ:小林亀朗(こばやしきろう)、短歌:依田口孤蓬(よだぐちこほう) 第1作品集『しずむ』→https://kohokirou.booth.pm/items/5426322

小林亀朗(依田口孤蓬)

小説・詩・エッセイ:小林亀朗(こばやしきろう)、短歌:依田口孤蓬(よだぐちこほう) 第1作品集『しずむ』→https://kohokirou.booth.pm/items/5426322

最近の記事

【短歌連作】ララバイは街のはずれで(作:依田口孤蓬)

消えていく掻き傷に似て伐採の痕跡はもう残っていない 車は山になる 雨に塗装を剥がされてきれいな銀色になったね どこからを街と呼ぼうか ひとしきり走り終わったあとにしようか 土砂降りが続くと鼻をほじりだす。そうしているうちに夏は来る 五月雨の終わりを待てず街中で工事がビルの身包み剥がす 気づいたら冷やし中華を食べているスーツの人と作業着の人 道なりに結婚式へ向かいつつ雨にまばたきしている車 罅割れた国道上で撥ねられてビニール袋が悲鳴をあげる こそこそと家出してき

    • 【短編小説】小川通り(作:小林亀朗)

      どこにいても、どんな場所でも どんな土地でも、わたしは自分の確信をみせることはない、           チェスワフ・ミウォシュ 二月一日  拓哉の生温かい腕に抱かれていると、自分の平熱が低いことを思い出す。少し身じろぎをすると、私の髪は毛一本生えていない彼の腕の上を滑った。昼下がりの光がカーテンの隙間から細くのびて、ちゃぶ台の上にある鍋の跡を照らしている。  私たちはずっとこんな感じだ。特に今は卒論も出し終わり、口頭試問も済んでしまったので私も彼もやることがなかった

      • 【詩】lentäjä(作:小林亀朗)

        結婚式のとき足を高くあげる風習のある町に 突然3本の滑走路と鉄の翼が現れた lentäjä あなたがその町から寄越した手紙を読む 海岸で砂をかけ合うような手紙 わたし、瓶の底にいるみたい その町にはステンドグラスがきれいな教会があって、あなたが壁にもたれている写真もそこで撮られた フランスの民俗学者たちと入れ違いに巻き毛の美しいキャビンアテンダントが乗り込んでいく双発の飛行機 コックピットの計器は軽薄にあなたを照らす 細長い滑走路は夜を吸い込んだタオルで、力むタイヤを受け止め

        • 【詩】蒼い死体(作:小林亀朗)

          どこまでも蒼い死体になりたくて 家を飛び出してしまった 夕飯の支度はもうできていたのに 妹たちはお腹を空かせていたのに 歩く躯、わたしの躯。わたしの。ほんとうに? うれた西瓜をほしがる躯、静けさにしずむ躯、あなたはだれのものなの? 魂はいろいろな気持ちのゆるやかな結び目 息をとめて少したてばほどけてしまう結び目 のこされる躯。この躯、 だれのものでもいい。わたしのでも、おかあさんのでも、ぽつりとうずくまる山のかみさまのでも 腕にとまった蚊をあやめた罪をわたしは償うことが

          【詩】死亡理由書(作:小林亀朗)

          ひまわりの季節は死亡理由書の季節 街中を救急車が縦横無尽に駆け回り、黒々とした蟻の葬列が蝉の亡骸を運ぶ わたしは橋の下に陣取って死亡理由書を書く 白い紙の上を青いインクが走り、あなたの名前も書き留める 「生まれた年はいりません。名前と好きな季節あれば教えてください」 ひまわりの季節に死ぬ者たちはひまわりの季節が好きだ 息の詰まるような陽射しに照らされ、身を焼くような暑さに巻かれてこそ生きていると感じるから その実感の絶頂で、死ねるから 書き終わった死亡理由書を

          【詩】死亡理由書(作:小林亀朗)

          【詩】組み上げられた街(作:小林亀朗)

          寒波を知らない水鳥が南に向かって飛び立つ季節に大都会の真ん中で足を止めてどうするの? 息を潜める人間の数より多い監視カメラの熱い視線の意味をどうして忘れてしまったの? 哀しい音をたてて走り出す電車の中で、故郷を持たない若者たちは立ったり座ったりしている そこに迷い込んだカタツムリは何を思えば良いの? 偽られた相場の値段が市民の味方を騙る若い社員の口から飛び出し、空洞化した相槌がそれに続いてようやく通販番組らしくなる 高い羽毛布団を買った人たちは何に幸せを感じるの?

          【詩】組み上げられた街(作:小林亀朗)

          【詩】八月のある日(作:小林亀朗)

          身体っていうのは小さな生け簀で 中には色んな生々しさが 勝手に棲みついている 俺は南向きの部屋の主だが 俺の身体の主は 粘り気を持て余す 生々しさだ 藻が生い茂る池に泳ぐ 鯉の体表に似ている 俺が歩くと中身が揺れる リンパ液が臓器が生々しさが あんたが通りがかると 髪の端っこから 銭湯で売られているシャンプーの匂いに混じって 流しに捨てられたカラザのような 生々しさが漏れ出していた あんたが登った暗闇坂の 八月の夜明けのひぐらしのように 俺はあんたを愛しているよ あんたの

          【詩】八月のある日(作:小林亀朗)

          【詩】わたしの生命(作:小林亀朗)

          鎌倉に住みたい 北も西も愛しているはずなのに 今どうしようもなく鎌倉に住みたい 鎌倉に住んで 好きな人と一緒に小さな店をやりたい レコードをかけたい 安いやつがいい 街角の寂れたレコード屋で叩き売りされていて、針を置くとぷつぷつノイズの入るようなのがいい プレイヤーはT君の持っているやつがいい 他のではだめだ あの音が籠りやすくてたまに針が飛ぶやつがいい 静かな曲がいい「旅立つ秋」なんかいい長谷川きよしが歌ってるのがいい 店は駅から少し離れたところで、入り組んだ路地の中にあっ

          【詩】わたしの生命(作:小林亀朗)

          【短歌連作】海のある帰省(作:依田口孤蓬 短歌研究新人賞応募作)

          応募したやつです。供養します。

          【短歌連作】海のある帰省(作:依田口孤蓬 短歌研究新人賞応募作)

          【詩】海の声色(作:小林亀朗)

          ねえ教えてよ波の高さを              深く沈み込んだところから 波がうねり上がるとき        一緒に飛んでみればいい 影の濃さと       落ちてくる              水の                       強さを その身に感じればいい 海はあなたを呼んでいる 海はあなたを呼んでいる 熱い砂の上へ腹這いになって その声を聞いてみたら 意外に真剣な調子で 海はあなたを呼んでいる

          【詩】海の声色(作:小林亀朗)

          【詩】期末テスト

          ぼーっとしていたらぬぼーっと朝がきた。立派な寝癖をたてたまま、ありもしないカメラが自分の顔を映しているのを意識しながら、テストへ向かう。徹夜明けである。決して勉強していた訳ではない。間違えて入ってしまった(そんなことがあるのだ)有料プランがもったいないので気に入ったドラマを1話から最終話までずっと観て肺呼吸をしていたのだった。 上立売通りから飛び出して烏丸通りを斜めに横断する。相国寺の参道にある死にかけの綿埃のような靄と、ちょっと遠くにべったりと寝そべりながら緩く繋がりあっ

          【和訳】The River(Bruce Springsteen)

          [訳文] 俺の故郷は谷間の町だ あんたがどこで生まれ育ったのか知らないが、あんたが親父に育てられたように俺も育てられたのさ 俺とメアリーが出会ったのは高校で、 あいつはその時まだ17歳だった 2人でドライブして、蒼々とした野原のあるとこへ行ったよ あの川へ行ったんだ。そんであの川へ、2人で飛び込んだんだ ああ、あの川へ行ったんだ。2人で一緒に それからすぐのことさ。俺はメアリーを妊娠させちまった。あいつがそれだけ書いた手紙をよこしてきたよ 19歳の誕生日だった。組合員証

          【和訳】The River(Bruce Springsteen)

          【エッセイ?】たばこ

           小さい頃からたばこは身近だった。自分よりだいぶ歳が上の人たち、当時で40後半から50、60くらい、に囲まれて育った私は、古めかしい喫茶店とか喫煙可の居酒屋とかに連れて行かれることが多かったし、服からたばこの匂いがする人もいた。  たばこの匂いを嫌いにならなかったのは単純に慣れだと思う。夜の熊野寮の野外喫煙所で最初の一本を吸った時、なんだか懐かしくて幸せだった。  お酒もそうなのだが、余程ストレスが溜まらない限り1人で吸おうとは思わない。人と話しながら、笑いとか怒りとか哀

          【エッセイ?】たばこ

          【詩】午前零時(作:小林亀朗)

          一度眠りについたら 地平線にさす朱を見ないように 夢から醒めたのが分かっても 目を閉じたままでいよう 眠れない夜は 炎の中心のような朱を 見逃さないように ベッドの中の自分の腕を そっと抓っておこう 家の辺りは蓬が生えて 今日も哀しい音がする 砂の混じった風に打たれて 今日も哀しい音がする 膨らんで 弾け飛ぶ パンケーキ のような シャツのボタン 窓に届いた セイタカアワダチソウの 逞しい背中 ひとりでに 音をたてる 蛇口の 水滴 また一日がはじまったんだ

          【詩】午前零時(作:小林亀朗)

          【短歌連作】写真を撮るやうに(作:依田口孤蓬)

          月光にお腹も満ちて私たち爆ずるばかりに人影となる 川風の持つ厳かさ 言の葉の端と端とを絡めて編みぬ 心臓の響きが鈍くなつたとき泪を流す人になりたい メビウスの明滅のたびしつかりと吸はれ吐かるる息のゆくさき 走つてゆき走つて走り歩くとき、河原の縁で「もう帰らう」と 明日には新幹線に奪はれて遠くへとゆくあなたのからだ 朝露の消えゆくまでは恐竜の化石のやうに眠つてほしい 一滴を求め私は丘の上のミヅキの幹へ花へ枝葉へ もう二度とこの街へ来ぬあの人に「昨日の空は綺麗だつ

          【短歌連作】写真を撮るやうに(作:依田口孤蓬)

          【ショートショート】葬式(作:小林亀朗)

           あたしはパスポートを捨てた。ライターで火をつけて燃やしたのだ。今の自分よりちょっとだけ若いあたしが、炎の中で笑っている。赤い表紙がめくれて段々灰になっていく。全部燃えたら土の中に埋めてしまおう。  かつて一緒に行った国のスタンプたちも染み込んだ異国の匂いも全部消えてしまう。それでいい。あたしはもう旅はしない。 「おかあさん、なにしてるの?」 「ん? お葬式だよ」 「おそうしき?」 「うん」 「じゃあおててあわせないと」  娘はしゃがみ込み、燃えるパスポートに向かって手を合わ

          【ショートショート】葬式(作:小林亀朗)