kitaryuto775
5分で読める短編SFを掲載しています。 AIが管理する超管理社会の片隅でバーを経営するアンドロイド・アリス。そこが政府管理外区だからか、アリスの特殊能力のせいか、いつもバーには厄介事がもちこまれる。それは呪いだったり、あやかしだったり。奇妙な出来事ばかり。さてアリスは一体どうするのか。奇妙な未来世界を一杯のお酒と共にどうぞお召し上がれ。
彼は星間高速バスが本線を外れて地球ランプに向かったのに気がついた。アナウンスが到着まで一時間とつげている。窓から外を覗くと眩く光る太陽と、青く輝く小さな地球が遠くに見えた。 もうすぐ孫に会える。そう思うと彼は喜びが全身をぼうっと暖かく包むのを感じた。隣では妻が目を瞑って休んでいる。その寝顔もまたどこか暖かさを感じさせた。 バスターミナルに到着すると彼らはすぐに入星ゲートに向かった。ゲートの審査にはたくさんの人が並んでいた。故郷の地を踏むには先ずこのゲートを通らねばならな
朝の光が差し込むと栞は霧が晴れるようにして目を覚ました。瞼を開くと同時に額に上げていたディスプレイグラスがすっと降りてくる。気温や天気、一日のスケジュールなどが視界の端に表示される。大きなあくびをひとつして身を起こすと同時に寝室のドア付近に男が一人現れた。 男は50代後半で薄くなった髪を後ろに撫で付け、黒縁のメガネにランニングに柄物パンツという実にだらしない格好をしていた。 「朝じゃボケ。さっさと起きんかい。飯はどうするのや」 最初の言葉がこれではせっかくの朝が台無し
高木正義はドアチャイムの音に舌打ちをすると、コメントを書きかけた手を止めて立ち上がった。今まさに頭の悪いコメントを叩き潰してやろうとしていたところだったのに。これで流れが変わってしまうかもしれない。とはいえ執拗に鳴らされるドアチャイムに集中力は完全に切れててしまっていた。 覗き穴から外を覗くと、湾曲したレンズの向こうにダークグレーの背広の男が二人立っていた。目つきが鋭い。宅配ではないのだろう。チェーンをつないだままドアをわずかに開いた。 「誰?」 「警察です。少しお話でき
人間は実は夜行性なのではないかと思う。そうでなければ、これほどまでに気持ちが安らぐ理由がわからない。夜、静かな住宅街を歩き公園の池の黒い水面を見つめる度に私はそう思った。 私は木挽珠子という。小さな雑貨輸入会社で事務として働いている。人付き合いがいい方ではないため、社内に友人と呼べる人はいないし、宴会が開かれても全て断っている。プライベートでも友人は少ない。見た目もパッとしないせいで30歳間近で独身だ。そんな私の趣味のひとつが夜の散歩だった。夜のしっとりしたベールが全ての
「あなたはいつも、そういうだらしないところで失敗するんだから、ちゃんと教授にはお礼のショットを出しなさい。面倒なところはロビーがやってくれるから。いいわね」 姉はいつもの不機嫌な様子で一方的に喋ると通話を切ってしまった。姉が立っていた空間にぽっかり穴が空いたような気がした。 「はいはい。わかりましたよ」 僕はくるくる回る通信会社のロゴをながめながら呟いた。 こころのどこかではこれが現実ではないと分かっている。でもコンピューターが作り出す姉の映像は限りなく本人に近いし、違
酒場はいつもと違う喧騒に包まれていた。その理由は誰の目にも明らかだ。カウンター越しにバーテンダーにポンプ銃を向けた少年が、今すぐ酒をよこせと怒鳴り散らしていた。 少年の持つポンプ銃は殺傷能力は低いが、至近距離で打てば大怪我をさせるくらいの威力はある。両手を挙げたバーテンダーは棚に並んだウィスキーのボトルを差し出すかどうか迷っていた。 「さっさと出せ。エンジェルが待ってる。俺は気が短いんだ」 「エンジェルって誰だ。それに、君はA2クラスだろう。まだ飲酒年齢に達していな
政府アシストコンピューターアテナスの言葉が、オプティアリウスの口から語られたことでアリスは肚を決めた。アンドロイドは人間を幸せにするために存在する。今ルナシティに残っている人たちはおよそ一万人ほど。その人たちだけでも助けなければいけない。ジュノーから月に移動してくる途中に奇妙な光と接触をしてから、アリスは己が消えてなくなることが怖くなった。今では死を完全に理解している。この作戦は死そのものだが、人々の命には変えられない。 アリスは保育器に入った夢郎に近づくと、夢郎を押さ
オスティアリウスはアンドロイド特有ののっぺりとして特徴のない顔を全員に向けて宣言した。 「さて最終フェーズを始めようか」 最終フェーズが何なのかアリスには想像もつかない。政府アシストコンピューター・アテナスの遣いであるオプティアリウスはその知略をもって、ルナシティの戦乱を完全に掌握してきた。裏をかいたつもりの行動は全て予測され想定の範囲内であるという。 アテナスの進める人類進化計画は、人類の意識を完全意識という形でサーバ衛星ジュノーに閉じ込めて神とすること。
「その扉をあけてやったら俺にも一杯飲ませてくれるか?」 緊急システムによってルナシティから締め出されてしまったアリスたちに声をかけてきたのはコーネルだった。 「猿野郎」 オズワルドが怒りの目を向ける。つい先ほど、地球の支配者が自分達であることを宣言したのが、目の前にいるニューエイプのコーネルなのだ。チンパンジーの遺伝子を改良して作られた彼らの肉体は強靭であり、脳の容量も人間より多くポストヒューマンとしてふさわしい。宣言をした時のコーネルの姿は、それが正統であることを
アリスは遠くに第501坑のドームを認めるとその場に跪いた。目の前には地下坑道に続く非常口のハッチがある。この非常口を降りれば第501坑に侵入できるはずだ。ハッチを開ばアラームが鳴るはずだが、この非常時に気にする者はいないだろう。 梯子を一番下まで降り切ると辺りに誰もいないことを確認した。散発的に爆発の振動が伝わってくる。明かりが明滅しところどころ天井から剥がれ落ちたコンクリートが散乱していたが、坑同士を結ぶトンネルが崩れることはなさそうだ。坑内に侵入できれば隙をついてオ
オスティアリウスはジュノーに向けたアンテナを月上空に残すと、ゆっくりと第501坑に降りていった。第501坑を覆う透明なドームの頂点部に着地してアテナスから受け取った覚醒コードを内部に向けて流し始めた。覚醒コードの効果はすぐに現れ始め、あちこちで怒号や悲鳴が響いた。オスティアリウスは作戦が始動したことをアテナスに連絡し次の行動移った。 想定通り第501坑の中は混乱が生じ始めていた。 ベッドで妻の横に寝ていたカールは目を覚ました直後に覚醒コードを受け取り、自分が何者であ
「怖いだろ? 俺は肝っ玉が縮み上がる思いだったよ」 ブルースはグラスを掲げながらアリスに言った。そしてアリスの反応を見ていたが、アンドロイドが怪談話を聞いて顔色を変えるはずもない。それに気づくと気まずそうに横を向いた。 ブルースはルナシティでブルースワンというタクシーのオーナーをしている。多くのタクシーは無人運転だが、ブルースは客と話をするのが好きでよくコクピットに乗り込んでいた。長いことタクシーオーナーをやっていると、時々妙な客を拾うことがある。例えば第369坑で拾
アリスのバーにふらりと訪れた男はマーレイだった。マーレイはルナ解放戦線のリーダーだ。かつてはNo.2として部隊を仕切っていたが、リーダーが死んだためにその座を手に入れた男だ。 ただ、腑抜けという噂だ。 その腑抜けは時々バーに一人でやって来る。下からの重圧から逃れるためかもしれない。 「いらっしゃい。ウィスキー?」 アリスが尋ねる。選択肢はほとんどない。ウィスキーはアリスが独自に造ったもので、味は本物のウィスキーには遠く及ばない。ただ、飲めなくはないし酔うことは
「犬のゾンビ?」 アリスが聞き返すと、モーキーはしどろもどろによくわからないと答えた。最初の説明ではルナシティの第一坑にはゾンビがいて、それは犬なのだということだった。なぜ人間ではないのか不思議に思い尋ねると、さまざまな噂を聞き齧っただけでまともな話はなにひとつない。 「つまり第一坑には何かよくわからない連中が潜んでいるということね」 「まあ、そういうことかな」 モーキーはグラスを傾けながら視線を微妙にそらした。 アリスが探している夢郎の情報を掴んだのは最近だ
幽霊はアリスの背後に唐突に現れた。視線をそちらに走らせるが空間がわずかに歪んでいるだけで誰もいない。だが間違いなく気配を感じた。エネルギー場を見ることができる右目が、そこに誰かのエネルギーがあることを示している。 幽霊はゆっくりと熟成庫の中を移動し、ウィスキー熟成樽の細い隙間をすり抜け、やがて壁に染み込むようにして消えた。そんなことがこのところ何度か起こっていた。 アリスはそのエネルギー場を過去の記録と照合してみたが、一致するものはなかった。強いて言えば夢郎のそれに
「まずい」 アリゲーターはグラスを机に置くと爬虫類のような目でアリスを見据えた。 アリスはその視線を正面から受けた。これ以上はどうにもならない。ルナシティの地下に設置した小さなポットスチルでウィスキー蒸留を初めて半年。試行錯誤を繰り返し、ようやく口にできるレベルのニューメイクが完成した。加速熟成させてもってきたがそれに対する評価がこれだ。 そもそもウィスキーというのは環境と時間によって造られるものだ。一朝一夕でできるものではないし、直接味見できないアンドロイドがそ