戦地からの便り(12)
遺書
(一)
美しい祖国は、おほらかな益良夫を生み、おほらかな益良夫は、けだかい魂を祖国に残して、新しい世界へと飛翔し去る。
(二)
「現在の一点に最善をつくせ」
「只今ばかり我が生命は存するなり」
とは私の好きな格言です。
生れ出でてより死ぬる迄、我等は己の一秒一刻に依つて創られる人生の彫刻を、悲喜善悪のしゅらざうをきざみつつあるのです。
私は一刻が恐しかつた。
一秒が重荷だつた。
もう一歩も人生を進むには恐しく、ぶつ倒れさうに感じたこともあつた。
しかしながら、私の二十三年間の人生は、それが善であらうと、悪であらうと、悲しみであらうと、喜びであらうとも、刻み刻まれて来たのです。
私は、私の全精魂をうつて、最後の入魂に努力しなければならない。
(三)
私は誰にも知られずにそつと死にたい。
無名の幾万の勇士が大陸に大洋に散つていつたことか。
私は一兵士の死をこの上なく尊く思ふ。
海軍大尉 溝口幸次郎命
神風特別攻撃隊
昭和二十年(1945)六月二十二日
沖縄方面にて戦死
静岡県出身
中央大学
二十二歳