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常識人かつ狂ってる師匠がほしい。
「尊敬する人・目標にしている人はいますか?」
という質問をいただいた。
「ようこ」さんからだ。
ようこさんは、私とほぼ同時期にnoteでの投稿をスタートされ、毎日投稿というスタンスも私と一緒。毎日18時ピッタリに記事を公開される方であり、第1回目のインスタライブでは「ソウルメイト」と表現させていただいた。
▶︎2回目のインスタライブは45分間くらい
ようこさん、いつもお世話になってます。
ようこさんの毎日投稿に励まされて、私も泣きながら記事をチクタク書いていますゾ。
▶ようこさんのnoteページはコチラ
ようこさんからの質問、
「尊敬する人・目標にしている人はいますか?」
という質問に対して私は、尊敬できる人の条件として、2つの条件を話した。すなわち、
[1]コンテンツを作る人
[2]思想を残す人
である。
現代人でいえば「イーロン・マスク」がその筆頭であるが、歴史上の偉人でいえば「吉田松陰」です! と私は元気よく答えた。
というわけで、
今日は吉田松陰について書きたい。
れっつ! ショーイン!
吉田松陰が尊敬できるポイント
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▶︎[1]名前かっこよすぎ
「吉田松陰」である。「ショーイン」だ。幼名はたしか寅之助だったはずだ。あ、合ってた。寅之助。からの松陰。松の陰で松陰。ショーイン。
待て待て、名前、かっこよすぎだろ。
あと、別名「二十一回猛士」ときた。
なんだ、二十一回猛士って。
※詳細はwikipediaを参考にしていただきたい。
たとえば、友だちに子どもが生まれたとする。
「おめでとう、名前は何にしたんだい?」
「ありがとう。名前は松陰にしたよ」
「ショーイン…あの?」
(す、すげぇ…)
これである。
▶︎[2]狂ってる
彼は狂っている。
なんせ松下村塾の弟子たちに、
以下の言葉を残しているのだ。
「諸君、狂いたまえ」
いいなぁ、そんな師匠。
吉田松陰がどれだけ狂っていたかの
エピソードを4つ紹介してみよう。
[1]狂ってる Show☆in
友人との東北旅行の約束を守るために脱藩した。
当時の脱藩というのは、重罪である。松陰は友人と東北旅行に行こうとした。今でいう海外旅行である。当然ビザ的なやつが必要になる。ビザが間に合わなかった松陰は、友だちとの約束を破るくらいなら、と脱藩した。狂ってる。
[2]狂ってる Show☆in
黒船に突撃した
ペリーが沖合にやってきて、当時の幕府はそれこそ宇宙人襲来レベルで焦ったらしい。が、松陰は小舟を漕いで黒船に接近して乗り込む。エイリアン(アメリカ人)に対して、私をアメリカに連れて行ってくれ、と懇願したらしい。で、「いやムリ」と言われるまでがセット。
[3]狂ってる Show☆in
老中暗殺計画をさらっと言っちゃう
老中というのは、今でいうところの総理大臣である。別件で捕まった松陰は(何回も逮捕されている)、取り調べを受けた結果、無罪放免、のはずだが、その取り調べの最後に「私、老中を暗殺する計画あるっす」と言ってしまったらしい。しかも、それで処刑されたのだ。
[4]狂ってる Show☆in
弟子に計画を止められて逆ギレする
なんだったかな、なにかの悪い計画を立てて、それを実行しようとした吉田松陰。弟子たちに手紙を書いて、計画の話をする。さすがに無鉄砲すぎるし、リスクがありまくるので、さすがに弟子たちも松陰を止めたらしい。血判状まで作って。が、松陰は「お前ら、マジで言ってんの?気合が足りんわ」と言って逆ギレしたらしい。
[3]思想を残している
松陰は、当時の朱子学、陽明学に代表される、知行合一を徹底している。要は、思い立ったら即行動の人なのである。弟子たちから「いや、師匠、それはまだ早いっす」と止められても「お前ら、何言ってんだボケ」と止まらないのである。
吉田松陰の思想は、良くか悪くか、長州藩の若者たちに引き継がれ、狂ったような行動派の人間たちが、後の日本を変えていく。
一説では、吉田松陰の松下村塾はただのテロリスト養成学校であった、という言説があるが、そこには目をつむる。とにかく知行合一、言行一致を是とし、天下国家をいかんすべし、という思想が後世に受け継がれていくのである。
調べれば分かるが、吉田松陰の松下村塾では、明治維新の立役者となるオールスターたちが、数多く学んでいる。芸能人が数多く卒業する堀越高校みたいなもんだ。
〈松下村塾で学んだ偉人たち〉
久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、吉田稔麿、入江九一、前原一誠、品川弥二郎、山田顕義、野村靖、渡辺蒿蔵、河北義次
[4]私と吉田松陰の出会い
私の場合、司馬遼太郎作の『世に棲む日々』という、吉田松陰を題材にした歴史小説で、彼の生涯を知った。
なぜ吉田松陰を尊敬するかといえば、
その狂ったような行動力と、思想を残すための教育方針が好きだからである。
ちなみにで書くと、驚くなかれ、
吉田松陰は29歳で没している。
衝撃である…なんということだ…。
『世に棲む日々』についての
個人的エピソードを書くが、
昔付き合っていた彼女から「誕生日プレゼントは何が欲しい?」と聞かれて、即座に
「世に棲む日々が欲しい!司馬さんの!」
と答えた。
私の自宅にはこの時の『世に棲む日々』がいまだにあるが、その入手経路はこのnoteだけの秘密である。
「は?なに秘密にしてんだよ、
お前なぁ、気合い足りねーから!」
と松蔭先生にキレられそうだ。
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〈あとがき〉
明治維新という時代は、なぜこうも男心をくすぐるものなのでしょうね。冷めた見方をすれば、テロリストたちが国家を転覆して、その結果が第二次世界大戦での敗戦、いまの日本を形作っているんだよ、という見方もあるにはあるのですが、にしたって、当時の人たちの行動力には脱帽です。今日も最後までありがとうございました。
【オススメ】インスタライブをご覧いただいたマナヒロさんの記事【感涙】
〈引用〉
最近は、自分自身のコントロール方法を、少しだけ身につけられてきたような気がしているけど、現に私自身が、狂うか狂わないか、くらいの狭間で生きているような人間なので…
(続きはマナヒロさんの記事へ)