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徒然日勤

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エッセイや短編小説など、徒然なるままに更新しています。
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#エッセイ

8月の終わり、夜とストーブ

8月の終わり、夜とストーブ

先日引っ越しを終えた僕は先輩とラーメンを食いに行こうなんて約束をして、お店が一駅先なもんだからあるいていくかなんて気持ちでふらふらと隣駅に向かった。写真はその時の夕暮れである。

おそらく大学3年の夏だったと思う。いまはもうほとんどないが、学生時代のぼくは毎年の夏休みには実家のある青森に帰省していた。東北新幹線は少しものさびしくて、東京から青森に向かうときはどうにも陰鬱な気持ちになったのを覚えてい

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マイ・リトル・ガール

マイ・リトル・ガール

今日僕は派遣で勤めていた会社をやめてきた。
もちろん、次は決まっている。もう嫌だからやめるだなんて選択肢を取るほど僕も馬鹿ではない。

実は最初の頃から体調を崩しがちで、それもあってか、あまり職場には馴染めずにいた。
そんな中、同じ部署の派遣の女の子、いや、年齢的には女性と呼ぶべきなのだけど、あまりの純朴さについ女の子と表現してしまうのだ。

彼女は良く働き、仕事も休まず、テキパキと作業をこなして

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消えた君と残り香

消えた君と残り香

ふぅ、と、一息ついて僕は少しだけカフェオレを口に含んだ。煙草は相変わらず美味いか不味いかの判断ができていない。喫煙はクセのようなもので、毎朝7時に目が覚めるだとか、脱いだ靴は揃えるだとか、そういう類のものだ。

ある朝僕は気がついた。目覚めなければ死んでいるのと同じだ。植物状態というやつである。点滴で栄養補給をしなければ死んでしまう。目覚めなければいいのにと、何度もそんな朝を迎えては、目覚めてしま

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あの日、がんばれなくなった僕へ

あの日、がんばれなくなった僕へ

やあ、あの日の僕。いま僕は、君に向けて文章をつづっている。
気分はどうだい?最低な気分かな?体調はどうだい?人生で一番調子が悪いかな?いま隣に誰かいるかい?一人で泣いていないといいな。

さて、少しだけ近い未来の話をしよう。
近いうちに君はうつ病と診断され、いま勤めている会社を辞めることになる。だけど心配しなくていい。もう少ししたらいまよりちょっとだけ元気になって、派遣の仕事が決まるはずだ。でも、

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疲れ果てた人が行くところ

疲れ果てた人が行くところ

僕は死に場所を探している。物心がついた時からずっとそうだ。我ながらロマンチックな感性をしていると思う。自殺なんて意味のないことをさも美しいことのように考え続けてきたし、いまもそうだ。まったくもってロマンチックだと思う。
生きることはとっても苦しいから、もしかしたら現実逃避としてそんなことを考えているのかもしれない。目の前の問題が困難であればあるほど死ぬことを考える。悪い癖なのだ。
それでも死ぬこと

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空に消えるメロディ

空に消えるメロディ

その日、僕は昔組んでいたバンドのメンバーと会うことになっていた。何年ぶりに会うだろうか。バンドを組んでいたのはもう10年も前のことで、その時僕はまだ上京したての大学生だった。
夕方に代々木の居酒屋で集合だったが、その前にちょっとした打ち合わせがあって少し早めに新宿にいた僕は、時間もあることだし、歩いて代々木に向かうことにした。
そういえばバンドでスタジオに入るときは代々木のスタジオだったなと思いな

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君と僕と『ノルウェイの森』

君と僕と『ノルウェイの森』

君は僕に延々と何の脈絡もない、とりとめもない、そんな話をし続けている。この話にはきっと終わりなんてなくて、例えるならBGMに近い。快適でも不快でもない、ただの世間話。

君から電話があったのは3日前だっただろうか。僕の家に遊びに来るという。僕は白紙の予定帳を眺めてから、いいよとだけ伝えた。電話越しでの君は疲れた様子で、それでもつらつらと愚痴をこぼしている。僕は淡々と相槌をうつ。僕たちの関係性はその

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泣きたい理由

カーテンから光が差し込んでいるのを見て、そうか、もう朝かと気づいた。何をしていたわけでもないのに時間は過ぎ、また明日が今日になってしまう。昨日になってしまった今日を引きずったまま、やはり今日が始まる。

重い気分を何とかして切り替えようと思い、朝食を買いに行くついでに散歩でもしてみることにした。コンビニまでは少し距離がある。往復で20分はかかるだろう。外はまだ少し肌寒い。用意するのは上着と小銭入れ

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大人になったら

大人になったら

成人式の日、僕は当時組んでいたバンドでライブをしていた。別に行きたいわけでもなかったし、それで後悔もしていない。それに実家は青森県の北端で、東京で暮らす僕には遠すぎたし、何より東京での生活は刺激に満ちていて楽しかった。

僕が成人式に興味がなかった理由はたぶん漠然と「大人になったら純粋さを失う」と思っていたからだ。もちろん今の僕は形式上「大人」だ。電車に乗るにも美術館に行くにも大人料金だし、お酒も

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魔法のノート

魔法のノート

僕は普段事務の、いわゆる派遣社員というもので生活に必要なお金を得ている。

以前は介護の仕事などをしていたのだが、うわさに聞く現場の強烈な洗礼を受け、僕の体はある日寝床から起き上がらなくなった。うつ病というやつらしい。

それから勤続不可能な状態になるまではさほど時間はかからなかった。僕は逃げるように施設を後にして、回復に2カ月を要した。その後は冒頭の通り、派遣社員として事務員をやっている。

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