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消えた君と残り香

ふぅ、と、一息ついて僕は少しだけカフェオレを口に含んだ。煙草は相変わらず美味いか不味いかの判断ができていない。喫煙はクセのようなもので、毎朝7時に目が覚めるだとか、脱いだ靴は揃えるだとか、そういう類のものだ。

ある朝僕は気がついた。目覚めなければ死んでいるのと同じだ。植物状態というやつである。点滴で栄養補給をしなければ死んでしまう。目覚めなければいいのにと、何度もそんな朝を迎えては、目覚めてしまったからには1日をこなさなければならないことに辟易とする。
食事をするとか、風呂に入るだとか、排泄さえそうだ、僕にはまどろっこしく、けだるい。殊に労働というものが僕の、僕たちの時間を奪っていることは明白だ。今日は労働がない、というだけで救われる人はいったい何万人いるだろうか。まぁ、時給で口にのりをしている身からすれば労働がないことは生活に直結する問題ではあるが。

ある朝君は言った。
 
「消えてしまいたい。どうして生きてるんだろうね?」

僕は答えに詰まった。なんせそんな壮大な命題に対する明確な答えなんか持ち合わせていないからだ。
さてどうしたものか。そうだなぁ、と考えるふりをしながら僕はやはり煙草に火をつけた。それは僕なりの逃げ方なのかもしれない。なんと答えるのが正解なのかと思考してしまうのは、自分の感性を信じられなくなっているからなのだ。

感覚でもいい、それでもなにか答えを探して、君と向き合うべきだったと思う。やはりカフェオレを飲みながら、僕はただ逃げ続けた。

ある日、君は消えた。
なんの連絡もなしに、ただ消えたのだ。全ての連絡先やSNSのアカウントを残したまま、忽然と、そう、まるで僕が今まさに吸っている煙草の煙のように、見えなくなってしまった。

あの朝、僕が答えを見つけていれば、向き合ってさえいれば。しかしそれはただの驕りで、どうあがいても君は消えてしまったのだろう。僕は消えた君を追いかけて、例の命題の答えを持っていくほど、エゴイストでもロマンチストでもない。

僕はただの人間だ。君もただの人間だ。似たもの同士でさえない。ただ依存していただけなのだ。お互いの存在に。

ふぅ、と、僕は一息ついてカフェオレを飲み干した。今日も今日が始まる。煙草の火を消して、煙のように消えた君を少しだけ羨ましく思った。そして、残り香だけが部屋に広がって、僕はドアを閉めた。僕は僕のやらなくちゃいけないことがあるし、まだ答えは見つかりそうにない。

さてどうしようかと、まずは一歩踏み出して、僕はいつもの道を歩くのだ。

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佐々木慧太
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