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「介護booksセレクト」⑲『ケアする惑星』

 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
 おかげで、こうして書き続けることができています。

 初めて読んでくださっている方は、見つけていただき、ありがとうございます。
 私は、臨床心理士/ 公認心理師越智誠(おちまこと)と申します。

「介護books セレクト」

 当初は、いろいろな環境や、様々な状況にいらっしゃる方々に向けて、「介護books」として、毎回、書籍を複数冊、紹介させていただいていました。

 その後、自分の能力や情報力の不足を感じ、毎回、複数冊の書籍の紹介ができないと思い、いったんは終了しました。

 それでも、広く紹介したいと思える本を読んだりすることもあり、今後は、一冊でも紹介したい本がある時は、お伝えしようと思い、このシリーズを「介護booksセレクト」として、復活し、継続することにしました。

 今回は、介護と直接関係ないように思われるかもしれませんが、「ケア」として、もう少し広く考える時に、参考になるのでは、と思い、紹介することにしました。

「ケア」という言葉

 介護保険の運営が始まってから、ケアマネージャーという仕事の認知が本格的に世間に広がったと思っています。その後も、介護保険の運用にあたって欠かせない仕事でもあり、私たちも、家族の介護をしていた時は、大変お世話になった記憶があり、感謝する思いもあります。

 それでも、当初は、「ケア」という響きに慣れず、現在の高齢者にとっては発音しにくく、「介護」という言葉を使ってくれた方が馴染みやすくていいのに、と思っていた頃もありました。

 その気持ちは、今でも残っています。

 ただ、元々、「介護」という言葉も、介助看護の2つの言葉から作られた造語だったのですから、当初は、「介護」という言葉も新しい用語として使われていたはずです。

 当初は、さらに広い意味もあった言葉であったはずの「介護」が、今は、普通に使えば、主に高齢者介護を指す用語のようになったので、そろそろ、別の表現が必要かもしれないと、「ケア」という言葉を聞き続けた20年間には、少し思うようにはなりました。

 そして、今は、「ケア」という言葉は、その考え方とともに、やや広い注目をされるようになりました。

医療や福祉の現場における意思決定のプロセスや、ケア労働とジェンダーの問題などが議論されるなかで、自己責任の限界を提唱する「ケア」の概念が注目されてきた。本特集では、介護や子育てといったケア労働を扱った作品から、 他者との関係性のなかにある自己について考える作品まで、広く「ケア」の思想に通じる活動をする作家やプロジェクトを取り上げる。美術はこれまでも、異なる身体や感覚を持つ人々が他者について想像する契機となってきた。コロナ禍により、かつてなく生命の危うさに向き合わざるをえない今日、私たちはいかにして個人主義的な価値観を脱し、ともに生きることができるのか。アートの視点から考えてみたい。

(「美術手帖」より)

「美術手帖」を読んでみても、それが、実際の介護とは少し遠く、これが介護そのものが広く理解されることにつながるとは、あまり思えなかったのですが、あくまでもアート側の視点ですし、自分が読者としての理解が足りないせいかもしれません。

 ですから、もし、興味を持っていただける方がいらっしゃったら、この「ケア」をテーマとした「美術手帖」も読んでもらえると、とても個人的で勝手な話にすぎませんが、以前、介護で追い詰められてきた時に、この雑誌を読んで、気持ちを支られたこともある人間として、嬉しく思います。

 ただ、こうしてさまざまな分野で「ケア」が語られるようになったのは、おそらくは、自己責任ばかりが強く言われる社会への異議申し立てとしての意味合いもあるのではないか、と思っています。

『ケアする惑星』 小川公代

 著者は英文学者。

いつか地球が〈ケアする惑星〉の名にふさわしい場所になることがあれば、それは〝ケアする人〟が大切にされるときだろうと思う。イギリス文学研究の領域においても、フィクション、ノンフィクションを問わず、主人公の助力者である〝ケアする人〟、つまりケアラーたちは諷刺の対象であったり、脆弱な存在であったりすることが多い。

(「ケアする惑星」より)

 この「ケアする人」には、当然、家族介護者も含まれているに違いないので、そうした人たちも含めて、大切にされる社会になることは、本当に望ましいことだと思います。

 著者は、英文学者として、過去の文学や現代の文学だけではなく、エンターテイメントや現在の出来事まで、「ケア」の視点から読み解いているので、確かに、これまでとは違った視点を提供してくれています。

 例えば、『ブリジット・ジョーンズの日記』のパム・ジョーンズについて。

なぜケアラーが家族のためにしてきたことが正当に評価されないのだろうか。

(「ケアする惑星」より)

 例えば、『アンネの日記』には、複数のバージョンが存在すること。それも、生き残った父親によって、削られた部分がある、という事実もあるのを、恥ずかしながら、初めて知りました。

すなわち、アンネが母の苦しみに寄り添い、家父長的な価値に反逆していると見てとれる箇所がすべて削除されているのである。

(「ケアする惑星」より)

 様々な意味で重要な作家であるヴァージニア・ウルフについても、「ケア」の視点から、こんなふうに書いています。

ウルフは人生で何度も病に罹っているが、「横臥する」(recumbent)病人になってみて、病人の想像力の豊かさ、「率直な物言い」、繊細な感受性を発見し、評価した。他方で、見舞客や看護者たちのいわば「警察」のような「直立」(upright)の感性の貧弱さを批判的に捉えている。

(「ケアする惑星」より)

 これだけを抜き出してしまうと、いかにも断片的で申し訳ないのですが、自分には難しくて読みきれなかった作家も、読んだことがある作品も、「ケア」の視点から改めて見てみる、という試みは、やはり新鮮でした。

現代の日本

 そして、高齢者介護だけではなく、現在の日本でも、「ケア」が大事にされているとは思えない、そうした出来事が多く発生しています。

二〇二一年の東京オリンピック開催は、医療危機、感染者の爆発的な拡大、ホームレスの人たちの強制退去などを見ても、〝ケア〟に関する想像力が欠如する今の日本の政治を象徴していた。 

(「ケアする惑星」より)

 さらには、日常的な「買い物」をめぐる論争があったことを思い出しました。

二〇二〇年、コロナウィルス感染防止に関する会見で松井一郎大阪市長が「女の人は買い物に時間がかかる」と発言していた。ケアの倫理論者の岡野八代氏(中略)「この発言は、家族のため、というか他人のために買い物をしたことがない者だからこその発言であろう」とケアする人とケアしない人の差異を浮かび上がらせている。(中略)日々のケアは他者のニーズを想像しながら「迷い」「悩み」などから遂行する尊い活動であることに改めて気づかされた。 

(「ケアする惑星」より)

 それは些細なことに見えて、実はかなり本質的なものが見えてくるような気もしました。

「頼まれたものを買う」という処理能力だけを要請する松井市長の思考の根っこには、いま世のなかで重要とされている「ポジティブ・ケイパビリティ」信奉があるのだろう。問題解決や物事の処理能力で、これこそが現代の学校教育において目標として掲げられる能力でもある。ただ、「ポジティブ・ケイパビリティ」と「ネガティヴ・ケイパビリティ」は両立できると考えられないだろうか。つまり、数量化できないケアも、経済的な「生産性」と同じくらい重要であるという発想である。

(「ケアする惑星」より)

 その「ネガティブ・ケイパビリティ」は、その意味を知ると、改めて、介護の際に必要で、しかも多くの家族介護者が、介護を継続する中で身につける能力の一つだと、改めて思います。

「ネガティブ・ケイパビリティ」は、論理的思考や決断力によって問題を解決してしまう、解決したと思うことではない。そういう状態に心を導くことをあえて留保することをいう。つまり、「宙吊り」の状態、不確かさや疑いのなかにいることのできる能力である。

(「ケアする惑星」より)

 そして、筆者が最後に、このように書いています。

ケアが貶められている今の新自由主義社会で人々が生きづらさを克服できるようになるために、この惑星全体がケアする人を慈しむようになりますように。本書はその願いとともに書かれた。 

(「ケアする惑星」より)

社会への関心

 現在、介護をめぐる状況も厳しくなるばかりで、それは個々人の大変さだけではなく、介護保険が「改定」のたびに「サービス抑制」のような方向にしか進んでいないような社会の状況によっても、より厳しさを増してしまうのも、現状だと思います。

 それは、同時に、広く社会全体が、介護に関心を向けてくれて、考えてもらえるようにしなければ、大きな状況が良くなることは、とても難しいとも感じています。

 ですので、即効性があるわけではありませんが、介護をめぐる状況を少しでも良くするためには、他の分野に関することを、「ケア」の視点で知ることも、やはり必要なのではないかと思わせてくれました。

 とても断片的な紹介になってしまったと思いますので、少しでも興味がある方は、手に取っていただくことをオススメします。視野が広がるのは、ほんのわずかでも気持ちが楽になることがあるかもしれません。




(「ケアする惑星」以前に、同じ著者が書いた書籍です↓。このことで「ケアの倫理」のことが、より注目されることになりました)。




(他にも、いろいろと介護について書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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越智誠  臨床心理士/公認心理師  『家族介護者支援note』
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