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「介護booksセレクト」⑳『「母親に、死んで欲しい」:介護殺人・当事者たちの告白』

 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
 おかげで、こうして書き続けることができています。

 初めて読んでくださっている方は、見つけていただき、ありがとうございます。
 私は、臨床心理士/ 公認心理師越智誠(おちまこと)と申します。


「介護books セレクト」

 当初は、いろいろな環境や、様々な状況にいらっしゃる方々に向けて、「介護books」として、毎回、書籍を複数冊、紹介させていただいていました。

 その後、自分の能力や情報力の不足を感じ、毎回、複数冊の書籍の紹介ができないと思い、いったんは終了しました。

 それでも、広く紹介したいと思える本を読んだりすることもあり、今後は、一冊でも紹介したい本がある時は、お伝えしようと思い、このシリーズを「介護booksセレクト」として、復活し、継続することにしました。

 今回は、重いテーマですが、やはり、これだけ当事者に迫った書籍は少なく、特に、介護者支援に関わる方々に紹介したいと考え、記事にしたいと思いました。

“介護殺人”の番組

 すでに、約7年前にもなりますが、このNHKの番組は、衝撃的でした。

 何より、介護殺人をしてしまう状況に追い込まれた「当事者」が、テレビ番組のインタビューを受けた、という事実に驚きを感じました。


 「介護殺人」事件は、すでに20年以上前からも、ずっと起こり続けていて、それも、公式の統計がないものの、例えば、研究者によっても「2週間に一件のペース」と言われていました。

 この書籍↑は2010年発行で、NHKの番組が放送されたのは2016年。そこには6年の年月が流れているのに、やはり、「2週間に一件」のペースで、介護殺人が起きているということは、こんな重大な問題が減る気配がない、ということでもありました。

 2016年以降も、介護者への支援は、ずっと必要と言われつつ、2023年公開の介護殺人をテーマにした映画でも、同じように「2週間に1件、介護殺人事件が起こっている」というように言われていたので、やはり減っていないようです。

 この10年間、個人的には、家族介護者への心理的支援として、「介護者相談」を続けてきましたが、個人ができることには限界があり、それよりも、こうした「介護者相談」は、他の市区町村でも増えていくのでは、と思っていたのですが、そんな増加の傾向もないまま、年月が過ぎてしまいました。

 それは、私自身も、介護者支援の必要性を訴えてきたのですが、それが届かなかったり、このnoteもそのために続けている部分が大きいのですが、いろいろな意味で力不足で、「2週間に1件」の介護殺人を減らすことに貢献できなかった(こうした考え自体が傲慢とは思いますが)ので、反省すべきことも多いと思っています。

 それでも、こうしたNHKの番組は、重要性に変わりはないですし、その問題が減少していない以上、たとえば1年に1度のペースで、繰り返し放送してもいいのではないかとも思っています。


(※ここから先は、介護の現場のかなり生々しい引用も含まれています。そうしたことを読むことで影響がありそうな方は注意をしていただければ、幸いです)。





『「母親に、死んで欲しい」介護殺人・当事者たちの告白』  NHKスペシャル取材班

 その番組を書籍化したのは知っていたのですが、なんだか読むのをちゅうちょしていたのは、その内容がシリアスなのは、わかっていたせいだと思います。そして、この本が出版されてから5年が経って、今読むと、この5年の変化も感じられると思い、初めて読むことにしました。

 当然のことかもしれませんので、こんなふうに感じること自体が失礼かもしれませんが、番組を見た時の印象以上に、きちんと「当事者」に、話を聞いていたのだと思いました。

CASE①
「私は母のことを、母の皮をかぶった化け物だと思っていました」
 認知症になった母親の介護を始めて2ヵ月後、首を絞めて殺害。
 50代受刑者の男性。 

 どんなに聞き込みをしても、母親を殺害した「息子」の存在について、誰も知らないのである。母親を殺害した「息子」には、実は、同居する兄がいた。母親のことは、その兄が長きに亘って面倒をみてきたようだった。一緒に買い物に行くなどしていたのも兄の方で、その献身的な様子を近所の人はよく知っていた。

 この「兄」が一人で介護をするのは無理だと感じ、「弟」に協力を依頼し、それに応えて2人で介護をすることになったようです。

 弟の介護は献身的だった。
 母親のデイサービスは週に4回。それ以外の日中の母親の世話は弟がしてくれた。さらに、掃除や洗濯などの家事もしてくれた。母親はオムツをしていても、度々寝間着やシーツを汚してしまう。それを真冬でも、水しか出ない洗面台で、黙々と手洗いしてくれた。

 認知症の介護は、誰にとってもそうだと思いますが、久しぶりに同居した「弟」さんにとっては、想像するのも失礼かもしれませんが、より過酷だったのではないでしょうか。

「母は日本語ではない何か……、ワーワーワーワーっていうのを言われて……、何を言っているのか全く分かりませんでした。意思の疎通ができない時間が一日のうちの大半だったので、それが一番つらかったです」
 目の前の母親と、自分の記憶の中の母親との大きな隔たり。その状況を弟はこう表現した。
「私は母のことを、母の皮をかぶった化け物だと思っていました」

 こういう状態になってしまうと、もちろん、介護者のことは誰だか分からないはずです。それだけでも辛いのに、人として意思が通じなくなったと思える人と一緒にいる時間は、地獄だと想像できます。ここまでの症状ではなくても、ほとんど意思が通じず、何をするかわからない母と、病院の個室で、病院のスタッフからは、〝とにかく迷惑ですから、なんとかしてください〟といったことを言われ続け、24時間目を離せなかったときは、私にとっても、母は「化け物」に見えたことを思い出します。

 犯行を決意したのは、事件数日前の晩だった。トイレから出てきた母親が、大便まみれになっていた。パジャマの上下にも、手にも、「どうやったらそんなにつくのか」というぐらい、大量の大便をつけていた。
「一番つらくて一番かわいそうなのは、母本人なんだなと思いました。私は母を楽にしてやれるのは俺しかいないと決めて、その2、3日後に犯行に至ってしまいました。それが全てです」
 握りしめた拳に、涙が滴っていた。

 明らかに、過酷な介護によって「介護殺人に追い込まれた人」にしか思えないのですが、裁判所の見方は違っていたようです。

弟は、懲役8年の実刑判決を受けた。裁判では、介護疲れが原因とは認められなかった。判決によると、動機は〝身勝手なもの〟とされている。
〈殺害に至った動機は、手のかかる母親を殺害して現場から逃れたいというものである〉
〈被告人が母親の世話をした期間はそれほど長くはない〉
〈動機は安易かつ身勝手なものであったと言わざるを得ない〉
〈親の介護に疲れた末の犯行と同視することは相当ではない〉

(「母親に、死んで欲しい」より)

 この「介護」の後の殺人に「身勝手」という形容詞がつくのを知ると、申し訳ないのですが、裁判に至るまで、「被告人」に、どこまで話を聞いたのだろうかと、疑問に思ってしまいます。もしかしたら、介護を始めて「2ヶ月」という期間が短いと判断されるのかもしれませんが、介護の始まりの大変さが理解されていないのと、こうした症状の方を介護するのは、たとえ母親とはいえ、24時間体制で介護をせざるを得ないとすれば、1週間で、追い込まれていたと考えても、不思議ではありません。つまり、認知症介護の過酷さも、理解されているとは思えません。

 改めて、介護者の心理というのは、まだ理解されていない、と思える裁判所側の見方ですが、それから、かなりの年月が流れて、どこまでこの見方が変わったのかと思うと、それほど大きく変化していないようにも感じられます。

 それに対しては、無力感を感じます。

どこにも相談できない

 こうした書籍の具体的な内容は、介護に関わる専門家だけではなく、司法の現場で働く方々にも読んでもらえたら、と考えるのは、読むだけであっても、介護の実際の辛さが、より伝わってくるように思うからです。

 そして、NHKの番組の中で、介護の末に妻を殺してしまったのですが、憎かったわけではない…と重くつぶやく声が印象に残ったケースも紹介されています。

CASE②
「まさか自分が妻を介護するなんて、思っていませんでした」
 寝たきりの妻から「死にたい、殺して」と懇願され、殺害。70代男性。

 ずっと仲が良かった夫婦だったのですが、妻が倒れてから、それが変わってしまったようです。

 懸命に介護をしても、絶望を深める妻を前に、男性の心も沈んでいったという。
「介護というのは、予備知識が全くなくて、想像すらしていなかったこと。ある日突然、ぽっと始まるわけですよね。終点のない、終わるところのないような気持ち、どこまで続くんだろうという気持ちでした」

介護を始めて10か月、妻からある言葉を投げかけられた。
「死にたい、殺して」
 この言葉が、男性の気持ちが折れたきっかけだったという。

 妻はそれから、1か月の間、「死にたい」と何度も泣きながら男性に訴え、自分の手で首を絞めるようにまでなった。
 なぜ、追い詰められる前に、誰かに相談できなかったのかーーそう尋ねると、男性は、相談したくても、どこに相談していいのか分からなかったという。
「僕たち夫婦は、一体どこに行けば良かったんですか」
 泣き叫ぶ男性。取材班も、どうにもできないもどかしさが募った。

 こうしたことを知ると、介護者が最初に相談できるような窓口(私自身は、そうした場所としても心がけて、「介護者相談」の仕事をしてきたつもりですが)が、どの市区町村にもあれば、と思います。そのことで、こうした人が、「介護殺人に追い込まれること」を防げるかどうかは、わかりません。ただ、確実に、「介護殺人に追い込まれる確率」は減らせると考えています。

 たとえば介護の始まりの時期であれば、その時の混乱や不安について、話を聞き、少しでも落ち着いてもらうようなことから、つまりは、まずは気持ちの面に焦点を当てた「介護者相談」を続けてきました。だけど、10年経っても、そうした相談窓口が目に見えて増えてこなかったことに関しては、責任はあるとも思っています。

介護から解放されたかった

CASE⑤
「後悔はしてない。悪ことをしたとは思うてる。でも、ああするよりほかなかった」
 認知症になり、人が変わってしまった夫。介護に疲れ果て、首を絞めた70代女性。

 最初は、脳梗塞で倒れ、左半身麻痺になった夫の介護でした。それでも、排泄介助は多く、ほとんど眠れないような状態になった、という状態だったようです。

 とても子どもたちに迷惑はかけられないーー諦めざるを得なかった。
 「つらかった。それはもう、本人しか分からへん。誰に言うても、分からへんからね。息子も働かなあかん、娘も子どもを養わなあかん。警察には「もうちょっと、何か解決方法あるやろ」って言われたけど、できひんかった」
 それでも、どうにか夫の介護を続けて2年あまり経った頃、彼女を絶望の淵に追い込む事態が起きた。

 夫が、半身麻痺だけでなく、認知症も患ってしまったのです。

 もはや介護施設に夫を入所させるしかないと、市役所に相談した。しかし、特別養護老人ホームに空きは全くなかった。有料老人ホームも当たったが費用は最低月額15万円。月に6万円ほどの年金に頼っていた女性には到底、工面できない金額だった。

 だから、デイサービスなどを利用しながら、在宅で介護を続けるしかなかったようです。少しだけ自分の時間を持てたのは、公園のベンチ。そこで高齢の夫婦が仲良さそうに歩いているような姿を見て、自分たちは、なぜ、今のような状況なのかと辛くなりながらも、そこで、一服するわずかな時間を持てるくらいでした。

「家におったら気が狂いそうになるから。いつまで介護をやるのかと、頭の中でぐるぐるぐるぐる回って、あんなつらい思いせなならん思ったら、家に帰るの嫌や思った」

 デイサービスなどを使って、短い時間でも介護から解放されても、気持ちの休まる時がない感じは、とてもリアルだと思いました。あの「介護をする時間」が、とても辛いもので、そして、たとえば「母親に、死んでほしい」という気持ちも、この「介護する時間」がなくなってほしい、という強い願いのようなものではないかと考えるようになりました。

 この女性も、そうした言葉を残しています。

「介護から解放されたかった」
 少なくとも、その気持ちだけはあったと、今、感じている。
 夫の首を締めた瞬間のことは、いまだにどうしても思い出せない。ただ、はっきりと覚えているのは、逮捕された翌日に感じた両腕の強烈な痛みだ。その痛みは、自分が、あの時、限界まで力を込めて夫の首を締め続けていた証だった。

「ご主人を手にかけたことを後悔していますか」
 返事は、すぐに返ってきた。
「後悔はしてない。悪いことしたとは思うてる。でも、ああするよりほかなかった。旦那から離れたい。地獄から離れたい。もうほんま、それ一心やった」 

課題

「NHKスペシャル」で、『私は家族を殺した“介護殺人”当事者たちの告白』が放送から7年、番組のあと、この書籍が出版されてからは6年が経ちますが、それ以降、番組や書籍で挙げられている課題が、目に見えて解決に進んでいるとは思えません。

 この期間に、唯一、ヤングケアラーは、介護する側への支援として急速に関心が持たれ、市区町村での支援も始まろうとしています。そのことを始まりとして、ヤングではなくても、さらに多数の家族介護者(ケアラー)への支援にも、もっと目が向けられ、介護者支援が本格的に始まることを、今も願うように思っています。同時に、自分の実践や、理解の広がりに関しては、今後もさらに工夫し、努力していこうと考えています。

 改めて、そうしたことを考えさせられる作品でした。


(他にも、いろいろと介護について書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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越智誠  臨床心理士/公認心理師  『家族介護者支援note』
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