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精神科医、進路指導する。(前編)
皆様、こんにちは!鹿冶梟介(かやほうすけ)です。
唐突ですが、皆様は「進路指導」をしたことがありますか?
そうです、学校の先生が生徒に「将来」「進学」「就職」などについて助言を与えることです。
小生は学校の先生ではありませんが、若い患者さんには結果的に「進路指導」のようなことをせざるを得ない場合があります。
人様の人生の分岐点で、一精神科医が「こっちにしなよ」と耳元で囁くことに是非はありましょうが、今回の記事ではこの囁きが奏功したエピソードをご紹介いたします。
尚、プライバシー配慮のため、論旨を変えない程度に脚色しております。
【精神科医、キャンセルする】
十一月、霜月。
その日の朝は霜が降りてきそうなほど冷え込んでいた。
否応なく、冬の訪れを感じる。
しかし、一転日中は晴天に恵まれ午後からポカポカと暖かくなった。
ブラインドの隙間から差し込む日差しが、精神科医を優しく包み込む。
「…、眠い…」
気だるい昼下がり、精神科医は微睡(まどろ)んでいた。
小春日和、昼食後、静かな診察室、昨晩の深酒…、うたた寝をするための全ての条件が揃っていたから仕方がない。
「鹿冶先生!」
「… ふんがっ!な、何??」
保健師はノックもせずに診察室のドアを勢いよく開け、華胥(かしょ)の国に遊ぶ精神科医を叩き起こした。
「す、すみません。お休み中に…。看護学科から”急ぎの相談”がありまして…」
インテークシートを挟んだクリップボードを抱えた保健師は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら話を続けた。
「大学に来れなくなった女子学生のことで相談があるそうです」
精神科医が勤務する大学保健管理センターはいわゆる大学の「保健室」であり、大学の構成員の健康増進をはかるべく日々学生・教職員からの相談に対応している。
相談内容は多種多様であるが、"大学に来られない"という点で概ね一致している。
そして学生が大学に来られない一番の原因はメンタルヘルスの問題である。
「保健学科かぁ…。実習での不適応かな?」
大学によりカリキュラムに違いはあるが、当時の看護学科では3年後期から本格的な看護実習がはじまる。
1-2年の座学は授業に出席して定期テストにパスすればよいため、大学受験を経験した学生にとってはそれほど大きなストレスにはならない。
しかし、看護実習は"看護師の卵達"にとって厳しい洗礼となりうる。
「はい、おっしゃる通りで看護学科の3年生です。10日前に自宅で首を吊ろうとしたそうで、保健学科の指導教員と一緒に来ています…。先生、今から診察をお願いできますか?あぁ、でも…、このあと会議がありますよね…?どうしましょうか…?」
早口で捲し立てる看護師から動揺が伝わる。
「とりあえずその学生さんに会おう」
精神科医は、会議をキャンセルした。
【精神科医、心から共感する】
保健師が指導教員から聴取した経緯はインテークシートに綺麗にまとめられていた。
概要は以下の通りである。
<年齢> 21歳
<性別> 女性
<所属> 医学部看護学科3年
<相談内容> 学校に行けない、10日前にベルトで首を絞めた
<既往歴> 特記なし
<家族歴> 母親がうつ病で治療していたことがある。
<生育歴> B県C市にて出生。二人姉妹の第二子。父親は医療事務、母親は元看護師だが現在は専業主婦。姉は3歳年上で看護師。祖母も看護師。
<病歴> 元来健康。小学〜高校まで成績優秀。中学、高校は陸上部に所属していた。X-2年4月現役で国立大学医学部看護学科に入学。大学進学後は医学部陸上部のマネージャーをしている。X年10月から看護実習がはじまるが、担当した男性患者に嫌味を言われショックを受ける。以後、毎朝吐き気を催すようになり大学に行けなくなる。一度学内のカウンセラーに相談したが、その時は「来週から学校に行きます」と答えた。11月Y日、全てが嫌になり自宅にてベルトで首を絞めた。そのことを指導教員に話したところ、精神科医の診察を受けることを勧められ本日受診となる。
「はじめまして。事情は聞きましたが、とても苦しい思いをされてたんですね。もう少し詳しく経緯を話してくれませんか?」
インテークシートに目を通した後、精神科医は件(くだん)の学生に声をかけた。
その学生の外見は、色白、小柄で華奢な体型、ジーパンとセーター姿。
髪は短く化粧はしていない。
中性的かつ透明感のある佇まい…、どことなく女優の”のん(旧芸名: 能年玲奈)"に似ていた。
ここでは便宜上、この学生を”玲奈"と呼ぶことにしよう。
玲奈は背筋をピンと伸ばして、少し引き攣ったような笑みを浮かべ真っ直ぐこちらを見つめた。
「はい。心配をおかけしてすみません。実習で患者様からキツイことを言われて、少しショックを受けました」
玲奈によると、担当した高齢男性から「段取りが悪い」「声が小さい」「そんなことでは一人前になれないぞ」などと”指導"を受けたらしい。
実習に協力するか否かは患者の同意が前提であるが、時々妙に気合を入れすぎて看護学生に厳しいことを言う患者がいる。
「なるほど、そういう患者さんいますよね…。向こうも良かれと思ってかも知れないけど、言われる方は辛い…」
余談だが精神科医も研修医のとき、担当した高齢女性に"鍛えられた"ことがある😭。
精神科医は、玲奈の境遇に心から共感した。
「私、元々緊張しやすくて…。特に人と話をする時、額や脇に汗がたくさん出るんです」
冬にもかかわらず玲奈の額には大粒の汗が見られたが、彼女はアナウンサーのようにハキハキとしっかりとした口調で答える。
「(本当に10日前に自殺を図った学生なのか…?)」
ピンと伸ばした背筋は緊張の表れかも知れないが、喋り方は不自然なほど明瞭であった。
「そうですか...、確かに看護師って接客業とも言えるから、対人緊張が強い人は大変ですよね」
当たり障りのない話をしながら、精神科医は別のことを考え始めた。
「…ところで、玲奈さんの家族って医療関係者が多いですね?お姉さんもおばあさんも看護師なんだ」
「…はい、叔母も看護師をやっておりますし、母も元看護師でした」
「それはすごい。じゃぁ、玲奈さんも進学の時も迷わず看護学科を選んだんだ」
精神科医は、何気なく本質に近づいた。
「… …、そういう…、わけではありませんでした… 」
ハキハキとした口調が途端にまごつく。
「えっ?そうなのぉ?」
精神科医は、驚いたふりをしてみせた。
伏し目がちになった玲奈は少し間をおき、絞り出すような声でようやく答えた。
「… わ、私っ、本当は看護師にはなりたくないんです!」
【精神科医、確認する】
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