「私自身が読んで面白いと思ったのは、いろいろな読み方があると思ったところ。共感する部分があったり、いろいろな立場から読み解けたり、こういう読み方もできると話せるような本だと思ったので、今回の会を開きました」
蟹ブックス店主・花田菜々子さんのその言葉から始まった「小沼理ファンクラブナイト」。『共感と距離感の練習』(柏書房)の出版イベントとして開催され、小沼さんと交流があり、本作のファンだという校正者の牟田都子さんと桃山商事の清田隆之さん、編集担当の天野潤平さんを迎え、20人ほどの「小沼理ファン」が蟹ブックスに集った。
照れた面持ちで登場した小沼さんを集まった人々が拍手で迎える。参加者はお酒など好きな飲み物を思い思いに取り出し、小沼さんの出版を記念して! という音頭と共にみんなで乾杯をした。牟田さんが清田さんと初めて顔を合わせる話など、雑談を交わしながら和やかなムードで幕が開く。
会の前半は登壇者の方々のお話から。『共感と距離感の練習』についての感想や、小沼さんとの出会いが語られた。
前編:登壇者から
表現の美しさがこれまで読んできたエッセイと違う
冒頭から花田さんの熱い感想を聞いて「どういう顔でここにいたらいいんでしょう……」とドギマギする小沼さん。花田さんや牟田さんからどうか耐えて! とツッコミが入りながら、本作の魅力が語られてゆく。
ライターとしての技術と感性が混ざった一冊
普段ライターとしても多くの仕事をこなしている小沼さん。同じく執筆活動だけでなくライターとしても活躍する清田さんならではの視点で、小沼さんの文章が紐解かれてゆく。
男性が男性を語ることの難しさ
牟田さんの質問をきっかけに話題は『共感と距離感の練習』の制作の話に。最初に大まかな構成案があり、本作ではほとんどその順番に書き上げたものを並べていったのだという。当初の予定になかった要素としては、「善意」や「いつかどこかで」などの短いエッセイをさしはさんだこと。小沼さんによれば「ヒップホップのアルバムなどにあるインタールード(曲間で演奏される数十秒ほどの短い楽曲)をイメージしていた」そう。これが構成上の緩急になり、手応えを感じたそうだ。
編集を担当した天野さんも出揃った原稿を通しで読んだ時に、いい流れができていると納得したのだという。「小沼さんの筆の力というか、構成力の高さですよね」と天野さん。それでも唯一踏み込んだコメントを入れたのが「「男性的」」の章だった。
後編:参加者から
怒ってないけど張り詰めている
制作当時の話に花が咲いていたが、花田さんの「そろそろ……」という言葉をきっかけに参加者の方の感想を聞く時間へと移った。メモを取りながら熱心に耳を傾ける方も見受けられる中、続々と手が挙がり、自身の体験や考えも交えながら感想を語ってくれた。
プライドパレードをめぐる葛藤
次の参加者の方の感想をきっかけに、話題は「もっと大きな傘を」や「ありあまるほどの」といった章で書かれたプライドパレードの話に。LGBTQ+当事者も多く参加される中、パレードが持つ重要性を理解しながら批判すべき点にも触れ、両者の間で揺れ動く小沼さんの文章にいくつもの共感や感想が寄せられた。
クィアの人たちを傷つけたくない
本作について「答えを提示するわけではなく一緒に悩んでくれるような、安心感を感じられる本だ」という感想も挙がった。小沼さんは、本の中で描かれる自身の逡巡、行ったり来たりする思考を離れて見守ってくれる人と、一緒に揺れ動きながら歩んでくれる人がいて、それぞれ感じるものが少しずつ違うのだろうと答える。
続く感想では、パレードの話に加えクィア当事者として本作が救いになったという声があがった。
性欲と向き合わないと嘘を書くことになる
前作『1日が長いと感じられる日が、時々でもあるといい(通称:いちなが)』(タバブックス、2022年)も含めて、今回の作品が自身にとって支えになるような大切な作品だという感想も寄せられた。
この日は『いちなが』の編集者である宮川真紀さんも参加しており、参加者の熱い感想に耳を傾けていた。宮川さんは花田さんから感想を聞かれ、小沼さんが自分がゲイだと気づいたのは性的な欲求があったからだと正直に向き合う姿勢が、本作においてとても信頼がおけるポイントだったと語った。
クィアな人々にとっての「居場所」になる本
後記:言葉を紡ごうとする姿勢の中に
たくさんの参加者の方から深い思考を巡った感想を聞くことができ、会が終わる頃には多幸感に包まれているような気持ちになっていた。登壇者の方々と小沼さんの掛け合いに頬を緩ませたりしながら、最後まで心癒されるような心地だった。
本作の「別の複数の色」では、世界各国における同性婚の法制化の現状について触れられている。日本においても同性婚訴訟が始まり、強い推進力で運動が活発化していくのを眺めながら、婚姻の平等は実現されるべきであり、さらに結婚制度はいずれ解体されるべきであるという小沼さん自身の考えも書かれている。ただ、これまで自分には関係ないと思っていた選択肢が人生に急に現れたことに対して感じた戸惑いを正直に吐露する箇所は胸に迫る。社会の動き、自身のイデオロギー、そして反射的に生まれてくる感情。複雑に絡み合い、時に齟齬が生まれて自分の中に違和感を生み出すこのトライアングルと、小沼さんは誠実に向き合い熟慮しているような印象を抱いた。だからこそきっと、他者と対峙する時に利己的に線を引くことを決して望まないのだろう。
今回の「ファンクラブナイト」では他者の言葉に耳を傾け、共感と距離の間を何度も往来した。ともするとわかりづらく骨が折れるような作業だけれど、満ち足りた時間でなんだか楽しかったという後味が残る。
皆ご自身のパーソナリティや経験と、本作の具体的なエピソードを照らし合わせながら感想を話されていたが、参加者の方の言葉から度々聞こえてきたのは、「わかったつもりになってはいけないけれど」や「同じだと思ってはいけないけれど」といったまさにこの本の主題となる、決して簡単に自分と他者を同一化しない、誠実な距離を測ろうとする言葉だ。
小沼さんは「わかると言ったりわからないと言ったり、感想を述べるのが難しい本だと思う」とおっしゃっていたけれど、言葉を紡ごうとするその姿勢の中に、すでに何よりも大切な「共感と距離感の練習」が実践されていたようにも思えた。私は一記録者としてそんなかけがえがない時間に立ち会えたことを、まるで奇跡のように思ったのだ。
構成:浅井美咲
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