2024年春、私のゆるやかなデニーズ朝活
3月までの私たち(というか主に私)の生活は、ずいぶんぐうたらだった。
コロナウイルスが流行して、半径1キロ圏内のまあるい暮らしになってから、原稿執筆に精を出す生活に拍車がかかった。家族が寝静まってから執筆に集中する毎日。完全に夜行虫だった。
ぐうたら具合はうなぎ登りに加速。そんなんだから、当然朝は起きれない。
ゴトゴトと電車で通勤していた時代、6時代には起きていた。それが7時起きになり、7時半起きとなり、さらに8時起きの私になった。
子どもの保育園の見送りは、夫が担当していることをいいことに、ついには8時を過ぎまで寝る日もぽつぽつ出現。子どもが年長になった頃のことだ。いよいよ夫にも呆れられていた。
わかっていた、このままではいけないことを。
だって、小学生の朝は早い。朝8時には家を出発する。
そろそろ卒園が見えてきていた。
ということは最低限1時間は、朝時間を早めないといけないのだ。
「もう生活見直すよ」
「そろそろ起きるよ」
「なんとか頑張るよ」
と、オオカミ少年よろしく、3月31日まで早く起きれる日はなかった。
*
そして、迎えた4月1日。子どもが小学生になり、学童が始まった。
さあ大変。だってこれまでの生活を一変させないといけないんだもの。
パチンとスイッチを押すかの如く生活がぐるんと回転した。
1年生は一人では学童や学校に行くことができない。しばらくは付き添いが必要だった(そして今も付き添いは続く)。
近所に住む1年生とパパママたちと一緒に行くので、まずは待ち合わせをしないといけなかった。
ということは、そもそも起きて着替えてお化粧して、子どもを集合場所まで送り出さないと。
おかげでだいたい、夜起きてらんなくなった。日付が変わる前には絶対に寝ないと! どこへいった、夜行虫の私。
こうして生活改善月間が強制執行された。
*
親子ともども、張り詰めた糸のような生活が続いた2週間。
晴天に恵まれた入学式を迎えたと思えば、翌日は土砂降りと突風の中で、吹っ飛ばされそうになりながら初めての通学。
学童に迎えに行ったと思えば、「ママ、疲れたよおおおお」と玄関で大泣きする日も。
学校に置きっぱなしの忘れ物を回収できたと思ったら、また翌日にも忘れ物をして帰宅する。何もかもが一進一退だった。
母も母とてあわあわだ。朝起きれもしなかった私が、起きるどころか2週間も毎日お弁当を作る。
絶対に寝坊してはならない、遅れてはならない、という勝手な使命感を背負っていた。そして日が進むにつれ、疲れはじわじわとにじみ出ていった。
*
はりつめていた糸に緩みが出てきた頃、ポッカリともてあます気持ちが生まれた。
一進一退といえども、毎日子どもは成長する。
徒歩10分の小さな冒険を繰り返すたびに、そしてひとり、あるいは友達と一緒に歩く距離がのびていく。10mずつの親離れだ。
両手いっぱいに握っていた子どもたちの手を、私はそっとゆるめて彼らを送り出す。
手元にスルッと残ったのは朝の余白時間だ。
そうだ、朝ごはんを食べに行こう。朝活だ!
家と学校のちょうど真ん中にデニーズがある。私はデニーズの前まで子どもを送り出した後、そっとデニーズに入ってみることにした。
このあたりに唯一あるファミリーレストランは、いわば親子連れの定番スポットで、休日にもなるとぎっしり賑わっていた。行事が終わると何かにつけて駆け込むのは決まってデニーズ。
朝のデニーズは、しんとしずまり、お客さんも4組程度。
それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。
「たまにはいいよね」
モーニングメニューから、大好きなスクランブルエッグが乗った一品を選ぶ。
急に生まれた朝のひとり時間に、私は居座りの悪さを感じたり、ホッとした気持ちになったり、はたまた最高! 美味しい! と思ったりと、とにかく忙しかった。
1時間ほどの時間をかけて、ゆっくり食事をしてぼんやりと過ごした。
たったそれだけのことなのに、すがすがしい。気持ちが上を向いていた。
ちょっとクセになりそう。
*
それからというもの、私の予定に時々デニーズに通う日が生まれた。なんだか朝起きることが楽しくなり始めていた。
まず朝ごはんが豊富なことが嬉しかった。だって、卵が大好きな私にとっては小躍りしたいくらい焼き加減に種類があった。
とかなんとか言いながら、だいたいスクランブルエッグを頼んでしまうのだけど。
和食もあるし、ドリンクバーもついているし、最高かよ。
通い始めて数回。
朝食を食べた後は、コーヒーを飲みながら読書をすることにした。
こんなに静かな環境で、朝から読書をするなんて! いつぶりのことだろうか。
深夜、寝る寸前までびっしりぎっちり原稿を書き、朝はといえば、バタバタっと起きて、ささっとご飯を食べたら、また執筆するという日々。本を読む時間はほとんどなくなっていた。
もう少し詳しく言うと、そもそも活字をながめているという、ただの身体動作に成り下がっていた。それほど本を読む気力がなかったのだ。
子どもが小学生になったことで私の朝は豊かに変化した。
たった1時間と少し早く起きること。
たった10分程度の距離、外に出て歩くこと。
一歩ファミリーレストランに足を踏み入れること。
小さな冒険が大きな変化を生んだ、2024年4月の記録。