この矛盾の克服が求められている
人間は、いくらでも悪く生きることが出来る。この社会の法に触れるか否かが問題ではない。自身の良心に照らした時、それが悪なのかが分かっているはず。悪く生きるのは楽。それに染まることを堕落という。一方、人間は、いくらでも正しく生きられる。正しく生きていたとしても、この社会で認められたり、儲かったり、賞賛されたりすることばかりではない。そして、正しく生きるのは面倒で険しい。だから避けてしまう、めげてしまう、諦めてしまう。この世では、この矛盾の克服が求められている。即ち、人間に平等に与えられている宿命。誰もが善(正)を持ち、悪も持たされている。その中で、如何に悪を察し、善を捉え、善に生きんとするか。この分別がついた時が、いわゆる悟りなのである。
そのことを肝に銘じ、善に徹し生きます。
有難う御座います。
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幸せを呼ぶそよ風チャリダー/サステナビリティイノベーティブコンサルタント。「感謝感動を世界に地球に」のカングロ代表、ザッポス研究会、イノベーションサロンZ、システムD研究会、サステナ塾、セブメディ創設者