花奏 希美
紗羅(さら)桜ノ宮学園中等部に転校することになった。そこはお金持ちが通うことで有名な学園。庶民の紗羅は、学力だけでこの学園に転校することになった。 そこで蓮(れん)と出逢う。粗野な彼に振り回されつつも、惹かれていくが、彼には彼女がいるのではないかと疑う。 蓮に彼女がいるのか探るが、逆に「長崎県一家心中事件」の生き残りであることを指摘される。 周囲には両親は事故で死んだと言ってあるし、メディアでも実名報道はされていない。なぜ蓮がこの事実を知っているのか。 そんな中、心中事件について探る司(つかさ)が表れて、紗羅と一緒になぜか蓮も真相を隠そうとする。 事件の原因と責任の所在を、人生を投げ売って問い質すヒューマンミステリー。
結婚を控えた森白叶羽(もりしろ かなう)のもとに、脅迫状が届いた。結婚をやめろ、従わなければ式が血で染まる、と。 送り主は、中学生だった時自分を誘拐した犯人だと直感した叶羽は、当時交際していた、現在は顧問弁護士の守(まもる)に話を聞きに行く。犯人が捕まらずに時効になったため、恋人だった彼が犯人である可能性が、0ではなかったからだ。 婚約者の由貴(ゆき)と共に15年前の犯人、そして脅迫状の送り主を推理していくが、容疑者すら炙り出せない。 そんな中、守の妻、夢香(ゆめか)が乗り込んでくる。夢香とは学生時代、因縁があった。再び彼女の毒牙にかかりそうになるが、結婚式前に新たな事件が勃発する。そこで犠牲になったのは――。 事件の犯人は、そして脅迫状の送り主は、誰?
陸(りく)は絵を描く才能があった。一方で彼は、他者とか関わることが著しく苦手だった。やがて周囲から疎外され、心を閉ざす。 そんな彼の前に現れた陽太(ようた)は、陸の絵のファンを自称する。陽太に抵抗感を持ちつつも、次第に心を開いていく。 しかしその感情は、誰にも言えないものへ変化する。 高校生になって幼馴染の七美(ななみ)と、七美の友人の怜奈(れな)と知り合い、陽太と四人で過ごすようになる。 だがいつの間にか、陽太と怜奈が付き合っているという話を聞くようになる。いつから二人はそういう関係になっていたのか。 聞く間もなく、陸はどうしても七美に「ある事」を言っておかなければならない事態になる。 一人の告白が全員の人生を狂わす青春イヤミス。
結婚を考えていた彼氏からフラれた甘樂燈架(あまら とうか)は、食べ損ねたケーキへの未練から、とあるケーキ屋に足を踏み入れる。 そこでパティシエの小豆田(あずきだ)から唐突に告白される。彼は「告白して玉砕しないと気が済まない」病らしい。 元彼は後輩と結婚し、会社に居づらくなった燈架は、『patisserie FUKUSHI』に転職することに。 フォレノワールを渡す意味、ほんのり茶色いヨーグルトムース、パウンドケーキの思い出、モンブランに隠されたメッセージ、エクレアが特別なお菓子である理由。 小豆田の病の原因。 愉快な仲間達と共にお菓子に込められた想いと謎を解いて、新たな幸福を届けるお仕事ミステリー。
They sleep thinking of …… 会話が途切れた。 私達の席ではない。私の左斜め後ろの、老夫婦の会話だ。食器が擦れる音が微かに聞こえた。先ほど運ばれていた紅茶を飲んでいるのだろう。 私はその瞬間、意を決して振り向き、声を掛けた。 「あの、すみません」 私に席が近かった老夫婦のご婦人が、振り向いた。彼女の正面に座っていた紳士も、私の方を向いた。 「エメラルド婚式って、何ですか?」 老婦人の会話に何度か出てきた単語で、店の人からは「おめで
4 家に帰ると、叶羽さんはソファーに腰掛けて、そのまま背もたれにもたれかかった。布で体は滑って、深く腰掛ける形になる。ぐでんとダルそうにして目を閉じている。 退院してから、外出した後は、こうなることが多い。気分の浮き沈みは減ってきているものの、まだ完全に回復したわけではないのだろう。 「……叶羽さーん、よかったんですか? あんなこと言って……」 お疲れの時に聞くのも無神経だろうか。 けれどもし後悔しているなら、早めに行動した方がいい。担当を変更するという話も
3 翌日も守さんのお見舞いに来てみると、面会謝絶の札が掛けられていた。 あの後ボクが帰ってから彼は、お見舞いに来てくれた玉井家の人達と、一悶着あったらしい。「何で今そんなことを明かすんだ!」「何のために他人の結婚式に行かせたと思っているんだ!」「お前が娘を殺したんだ!」という声で騒ぎに気付いた担当医の久我先生が駆けつけると、見舞い客が守さんに掴みかかっていたらしい。昔空手をしていたという彼が掴みかかっていた人を引き離し、 「ここは病院です。患者を傷付けるためにいらし
2 何か用途があるわけではないデザイン目的の木の枠がある、ベージュの壁、ダークグレーの床、ブラウンのシーツの掛け布団、枕とボックスシーツのみが白の室内は、とても病室だとは思えない。こんな部屋をポンと用意できる霧島家は、ボク達とは違う世界の人達だ。 桜ノ宮大学病院の特別室に、ボクと叶羽さんは来ていた。 その部屋で眠る守さんは、あれから五日、意識が戻っていない。 新婦とゲストの二人が病院に運び込まれる事態となり、勿論結婚式は中止。叶羽さんに付き添ったボクの代わりに
六話:目覚めた時に、 1 「馬鹿なこと言わないで! そんなことのために……!」 二人が何を話しているのか、ボクには聞こえなかった。叶羽さんはボクに背を向ける形になっているし、守さんは大怪我を負っている。でも、叶羽さんのその叫び声だけは聞こえた。 「安静にして! 動かないで!」 何を思ったのか、守さんは立ち上がろうと、体勢を変えていた。左腹部のナイフが刺さっている辺りを押さえて、そのままふらつきながら、ゆっくり立ち上がる、反射的に彼のもとへ駆けていた。 「ちょっと
8 彼女が殺されたと聞いて、一瞬、一昨日の口論の時に自分が殺してしまったのではないかと感じた。 死亡推定時刻、僕は事務所にいたことが確認されており、容疑者からは外れていた。 首を絞められた跡があったそうだ。口論の前に一方的に胸倉を掴んでいたのを思い出して、犯人でもないのに後ろめたい気持ちになった。 光の森公園で遺体は発見されたらしい。平日の夜に、そんな場所に行った心当たりはないか、誰かと会う約束をしていたと聞いていないか……、手掛かりに繋がるような質問をいくつ
7 誘拐事件から十五年の時を経て、再び事件は起ころうとしていた。 脅迫状を読んで、違和感を覚えた。 その違和感の正体に、すぐには気付けなかった。 だが、あの人が、また何か企んでいることだけはわかった。 家に帰ると、扉が大きな音を立てて閉まった。乱暴に閉めたのは自分だとも気付かなかった。 「ちょっと! 何よ!」 リビングにいたあの人はそのまままっすぐに向かう僕に、珍しく動揺していた。 「次は叶羽に何をする気だ」 答えが返って来ない。 「次は叶羽に
6 叶羽に危害を加えられないように、彼女とは徹底的に距離を置いた。 何も難しいことではない。連絡を取らず、近付きもしなければ済む話だ。 それで僕が何を思いどう感じるかは、別の話だ。 感情を殺すのは、得意だろう? なら、上手くやり通せ。 なのにあの人は何が不満なのか、叶羽の友人面をやめない。彼女が桜ノ宮を去る時でさえ、善人を演じていた。 二人が何を話しているかは、僕には聞こえない。 それでも、校内から様子を見ていた僕に気付いていたあの人は、ふとこちらを見上
5 叶羽は誘拐されて、左目を失う大怪我を負った。 ごめんね、叶羽。 君の幸せを守りたいと思っていたのに。 怖い思いをさせて。痛い思いをさせて。 横たわっていた君は、やっぱり涙の跡一つなくて。 あるのは血だけだった。 僕が責められるのは、当然だと感じた。 どんなに口汚く罵られてもいい。 でも叶羽を、これ以上傷付けないで。 この事件で一番傷付いたのは、彼女だ。 なのに、また新しい傷を付けるのは、もうやめてくれ。 そう思いながらも、僕は何も言
4 なのに僕は、彼女の幸せを、守れなかった。 鎌倉にあるという、彼女の別荘へ行った日のことだ。 別荘に行くまでに、鎌倉観光をしていた。ご飯を食べて、彼女はお手洗いに行った。小さな路面店で店内には設置されておらず、店を出て、通り道を逸れた人気(ひとけ)の無い場所に、トイレが設置されていた。小さな建物の中に、男性用女性用の出入り口の扉が、隣り合う形で並んでいた。薄い扉の向こうに、個室が何個あるのかはわからない。ただ、中は広くはないだろう。言葉を選ばずに言うと、ボロボロ
3 いつか別れるのだと覚悟していた僕に訪れたのは、予想外の、その逆の展開だった。 「守のことが、ずっと好きだった」 中等部の黒いワンピースに袖を通した叶羽は、可愛いの中に綺麗が混じるようになっていた。 初等部の時にしていたハーフツインと言うらしい髪型はしておらず、肩甲骨まである髪は、そのままおろされていた。 白い肌を紅潮させながら、今にも泣きそうな顔で、あろうことか、僕は告白されたのだった。 聞き間違いだったのか、「好き」の意味が違っているのか、それとも
2 天真爛漫な彼女は、笑顔が絶えなかった。 そんな彼女は、人目につかない場所で泣いていた。 同級生の男の子から、チビとか、ブスとか、そんな言葉を言われていた。 彼女はそれを、興味無さそうに知らん顔していた。言い返したりしない、大人な対応をできる人だったのだと、関心してしまった。 でも僕は、その現場を見た時、その男の子達を注意するべきだった。 知らん顔してどこかへ歩き始めた彼女は、やがて立ち止まった。一階の階段の後ろにある空きスペースに、とことこと入ってい
Sleeping in the forest 1 父も母も兄も、皆背が高かった。兄なんて、体格もよくて、精悍な顔つきで、とても同じ両親から生まれてきたとは思えなかった。 僕は、父方の祖母に似ているらしい。 父方の祖父母はもう他界していると聞いたから、代わりに写真を見せてもらった。写真を見てようやく、そう言われるのも納得した。小柄で、細くて、繊細な印象を受ける人だった。 女の子に生まれていたら、華奢で綺麗で、皆から羨望の眼差しで見られていただろう。 しかし男
2 新婦の入場と共に、拍手が湧き起こった。 昼間に行うガーデンウエディングは、エメラルドの光が差し込んでいる。 神からの祝福を受けているような気がした。 両サイドにゲスト席が並んで、その間に道がある。カーペットはないが、日差しで鮮やかさが増したエメラルドが、由貴のもとまで続いている。 輝一郎さんとお辞儀をする。そして、輝一郎さんの腕に右手で軽く添えて、一歩ずつエメラルドのウエディングロードを歩いて行く。 新婦側のゲスト席の最後列で、守が無表情で手を叩いて
五話:剣を振るいし者 1 結婚式当日。控室で準備を終えた私のもとに、輝一郎さんが来た。 「叶羽ちゃんも……とうとう結婚か……」 私の姿を見てそう呟いて、背を向けてから手を目元に当てていた。 ウエディングドレスのハイネックの小花柄のレースは、そのまま肩から手首と、ビスチェ部分を覆っている。ビスチェは腰の辺りでギャザーが入れられているワンピースだ。体のラインは拾いすぎずに、けれど広がり過ぎないほどよいボリューム感でスカートが流れている。 定番のデコルテを出したデ
2 製品の開発協力をしてくれている矢切製薬に、定例ミーティングに来ていた。シロノと矢切の製品開発の中心メンバーが集まり、リモートで、時には対面でミーティングを行う。対面の時はシロノの社員が矢切まで出向くことになっている。 矢切製薬の社長は日本の経済に多大な影響を与える、旧財閥の桜錦家と縁戚関係があるからだ。本来、シロノのような小さな会社に協力するようなところではない。 なのに開発に協力してくれているのは、社長が変わり者だからだろう。叶羽さんが会社を立ち上げるために