緑玉で君を想い眠る⑳
3
いつか別れるのだと覚悟していた僕に訪れたのは、予想外の、その逆の展開だった。
「守のことが、ずっと好きだった」
中等部の黒いワンピースに袖を通した叶羽は、可愛いの中に綺麗が混じるようになっていた。
初等部の時にしていたハーフツインと言うらしい髪型はしておらず、肩甲骨まである髪は、そのままおろされていた。
白い肌を紅潮させながら、今にも泣きそうな顔で、あろうことか、僕は告白されたのだった。
聞き間違いだったのか、「好き」の意味が違っているのか、それとも夢なのか。
あらゆるパターンを考えた。
だって、こんな都合のいい展開、あるわけがない。
だから、現実を否定できる要素を、必死に考えた。
だけど、涙を溢すまいと唇を噛み締めて、握った拳から手のひらに爪を立てている叶羽に気付いて、こんなに必死な彼女を否定するなんて、愚かだと感じた。
彼女の必死な想いを否定するよりも、僕が思う素直な気持ちを、そのまま言葉にするべきだ。
「僕もだよ」
それを聞いた瞬間、彼女はいつもの満面の笑みに戻ると思っていた。そして、嬉しさのあまり、跳び跳ねながら抱きついてくるかもしれないとも思っていた。
なのに、これも真逆の展開だった。
彼女は目に溜めていた涙をぼろぼろと流して、泣き始めた。
フラれたのかというほど、大泣きし始めた。
今、僕、間違ってフッてしまった?
そう錯覚した。
始めて人前で泣く彼女を前に、僕は慌てていた。そんな僕になんて気付きもせず、彼女は手で顔を覆って泣き続ける。
よく聞くと、「よかったぁ」という言葉が時々混ざっている。
彼女は――森城叶羽は、「幸せ」で泣ける人なんだ。
悲しくて、辛くて、悔しくて、そういう涙は人に見せられなくても、幸せを前にした時は、人前でも泣けるんだ。
ならば、彼女がいつでも安心して泣けるように、彼女を幸せにしたい。
……いや、それはおこがましい。
僕が幸せにしなくても、きっと彼女は幸せを見つけられる。
笑顔で世界を見つめられる。そういう人だ。
ならば、彼女の幸せを、守っていきたい。
彼女自身を守れたら、どんなにカッコいいだろう。
けれど、それは僕には、できない。
細腕で立ち向かったところで、返り討ちにされる。上から見下ろして威嚇もできない。睨んだところで、迫力が無い。
知識や法で対抗する自信はあった。でも世の中、法律だけでは人を守れない。
だから、せめて、叶羽の幸せだけは、守りたかった。
屈託なく笑えて、躊躇いなく泣ける幸せを、守りたかった。
いつか、悲しくて、辛くて、悔しくなった時も、目の前で泣いてもらえるように。
泣くことは、弱いことは、恥ではないから、せめて僕の前では、泣いてもらえるように。
そんな未来を願いながら、僕は彼女を抱き締めた。
彼女の幸せが続くまで、この手を離さないと、静かに誓いながら。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?