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トランプを予言したアメリカ保守派の本 デヴィッド・ホロウィッツとロジャー・キンボール 

私は2016年の大統領選の時から、トランプが勝つだろうと思っていた、という話を、以前noteに書きました。

当時、私は現役のマスコミ人でしたが、私の周りに、トランプの勝利を予想した人はほとんどいませんでした。


自慢話のように聞こえるかもしれませんが、これは事実ですから。

私がトランプの勝利を予想できたのは、何か秘密の情報源を持っていたからか?

答えはイエスでもあり、ノーでもある。


私はべつに研究者ではなく、マスコミの中でもアメリカ政治の専門家ではなく、政治そのものもとくに得意なわけではない。

アメリカに、旅行で行ったことはあるけど、留学・生活経験はありません。


だけど、一つだけ、有利な点があった。

アメリカの保守派の本を、以前から洋書でよく読んでいたのです。



アメリカ人の書いた本は、たくさん翻訳されて日本でも紹介されます。

しかし、それらはほとんどリベラル派の著者の本です。


そうなるのには、いくつかの理由があります。

今のことは知りませんが、かつて日本の翻訳エージェントにはリベラル派が多く、日本の出版社に版権を売りつける時も、ほぼリベラルの本に限っていました。


1990年ごろから、アメリカでも保守派の本がよく売れるようになるのですが、ほとんど日本では紹介されませんでした。

私も出版界の人間でしたから、ある時、日本のエージェンシーの社長に聞いたことがあります。

「なぜ、保守派の本を日本で出さないんですか? あんなに売れているのに」

すると、その社長は、

「保守派の本なんて・・」

と顔をしかめただけでした。


まあ、日本のマスコミや書評家(大学人)も左翼リベラルばかりですから、保守派の翻訳本を出しても、好意的に紹介されず、売れない、ということもあるでしょう。


だから、日本人のアメリカに関する知識は、リベラル側に偏ることになります。

だから、トランプの出現が、ものすごく唐突に見える。



そういえば昨日、與那覇潤さんが、アメリカ大統領選に関して、「日本のメディアの国際報道は、どこで世界とズレているのか」という記事をnoteで書かれていました。


大統領選の予想を外したのは、アメリカのメディアも同様ですから、日本のマスコミだけがズレたのではありません。

しかし、「間違えちゃった要因」は日米で別で、日本は、主観と客観を混同する同質化社会だから、より間違えやすかった、という社会学的な考察です。


でも、それ以前に、上の翻訳書の事情で述べたような、リベラル派の見解ばかりが日本で増幅される仕組みがあると思うんですね。

それで、日本人はアメリカのことを、より間違えやすくなる。

だから、本来、日本は、アメリカをより客観的に見られる立場のはずなのに、その利点が生かされない。

(研究者のなかでは、現代アメリカ保守思想に詳しかった中山俊宏さんが、2022年に早世したのは大きな損失で、誠に残念でした)


くわえて、日米ともに、

「保守派はバカだから、本を読まず、まして本を書くことなどできない」

みたいな差別意識もあるわけです。

いずれにせよ、保守的思想は価値が低い、というアカデミアの偏見がある。


だから、保守派の思想や理論を知ろうとする動機に乏しい。

まあ、たしかにトランプは読書家には見えないけどね。

もしかして、自伝を書かない唯一(?)の大統領になるかもしれない(その代わり、ヴァンスが書く)。



このように、アメリカの保守派の主張が日本で理解されなかったのは、アメリカの文物を日本に紹介する、エージェントやマスコミが、リベラル派だというバイアスが、問題の一つ。


ただ、それだけではなく、どの国の文物であれ、保守派のものは、本質的に、他国に紹介されにくい、ということがあります。

保守派の主張というのは、それぞれの国の固有の文化・伝統に根ざしているので、普遍化しにくく、他国の人には理解しにくいし、興味も湧きにくい面があるからです。


たとえば左派である柄谷行人の思想書は、マルクスなど西洋思想に根ざしているので、ある程度世界的に通用し、たとえば中国でも読まれています。

しかし、福田恒存の思想書は、日本の保守思想の研究者なら読むかもしれませんが、外国で一般的な興味をひくことはないでしょう。

日本に興味をもった外国人が、日本の歴史を知ろうと思って、最初に百田尚樹の「日本国紀」を選ぶことはないでしょう。それも同じ理由です。


だから、エージェントのバイアスだけの問題ではなく、アメリカの保守派の本は、リベラル派の本よりも、どうしても日本の読者にわかりにくいところがある。

しかし、保守派の本には、リベラル派のものより、その国の国民のホンネに近い部分が書いてあります。

そして、いろいろ読んでいけば、保守派の著者は、リベラル派の著者に負けず劣らず知的であることも、わかってきます。



前置きが長くなりましたが、私は、1990年代に、そういうアメリカの保守派に魅せられて、拙い英語力ながら、未翻訳の本をたくさん読んでいました。

当時は円高で、Amazonで安く買えるようになったことも、大きな理由です。


その後、引越しのたびに、蔵書を古本屋に売って整理したのですが、洋書は古本屋で売れないので、保守派の原書だけが私の書斎に残り続けています(写真)。



1990年代には、たとえばアーヴィング・クリストルのような、いわゆる「ネオコン」が、日本でも脚光を浴びました。

ネオコン(新保守主義者)とは、典型的には、1950年代くらいまでは左翼だったが、1960年代以降に保守に転向した論者・思想家たちです。

日本では、読売新聞主筆の渡辺恒雄が「日本のネオコン」と言われました。


クリストルらが、ジョージ・W・ブッシュ政権に関わったこともあり、ネオコンに関する本は、日本でもかなり出たと思います。

ネオコンの思想家として、政治学者レオ・シュトラウスの本なども注目されました。


日本語のWikiによれば、アーヴィング・クリストルは、安倍晋三にも思想的影響を与えたそうです。


2004年4月29日にのちに価値観外交を掲げることになる当時自民党幹事長の安倍晋三はアメリカン・エンタープライズ研究所での講演でクリストルに敬意を表し、アメリカ同時多発テロ事件についての発言を引用した。


アーヴィング・クリストルは1920年生まれで、「ネオコンの父」と呼ばれました(2009年に89歳で没)。

しかし、「ネオコン」自体は、イラク戦争をへて印象を悪くし、ヘーゲル=トロツキー的、グローバリズム的な保守は後退して、その後は、反グローバリズム的で一国主義的な、つまり、トランプ的な保守が主流となります。


いずれにせよ、「ネオコン」ブームの当時から、私が興味を持ったのは、ブームの際に日本では紹介されなかった、もっと若い世代の保守派です。


とくに、私が影響を受けたのは、デヴィッド・ホロウィッツ(1939〜)と、ロジャー・キンボール(1953〜)です。

キンボールの『終身在職権(テニュア)を持ったラディカルたち(Tenured Radicals)』(1990)と、ホロウィッツの『ラディカル・サン(Radical Son)』(1997)がそれぞれの代表作で、アメリカでも評判になりました。


ロジャー・キンボール『終身在職権(テニュア)を持ったラディカルたち』(初版1990、新版が2008年に出ています)


Roger Kimball(1953〜)



デヴィッド・ホロウィッツ『ラディカル・サン』(1997)


David Horowitz(1939〜)


どちらの本も、日本で翻訳が出るかな〜、と待っていましが、結局、出ませんでしたね。

ただ、キンボールの本は、別の翻訳書(たぶんリベラル派の本)で、触れられているそうです。


たとえば昨日、トランプの「アジェンダ47」中の「大学改革」の内容がXで流布して、改めて衝撃を受ける人が多かったようです。


トランプ大統領の大学改革
①新たな大学認定制度を導入する。
②大学に異常なマルクス主義者を跋扈させてきた極左の認定機関は排除する。
③その後、新たな基準を設ける。その基準には、アメリカと西洋文明の伝統の擁護、言論の自由の保障、官僚主義の排除が含まれる。
④マルクス主義的な『多様性』『公平』『包摂』の教条を排除する。安くて速い学位取得の道を提供し、意味のある就職支援を行い、費用に見合う価値のある実践的な学びを得たことを証明する試験を実施する。
⑤人種差別を続ける大学に訴訟を起こすよう司法省に指示する。公平と言い張って差別を続ける大学には罰金を科す。罰金は差別被害者への賠償金に充てる。


トランプは、今回の大統領選キャンペーン中に、以下のように述べています。


最近、ハーバード大学のような、かつては尊敬された大学の学生や学部が、イスラエルを攻撃する野蛮人や原理主義者を支持するのを見て、アメリカ国民は恐れおののいている。われわれは、このような高等教育機関にたくさんのカネを使っているのに、学生をコミュニストとテロリストに育てているだけだ。こんなことを許してはならない。大胆に変革すべき時だ。

In recent weeks, Americans have been horrified to see students and faculty at Harvard and other once-respected universities expressing support for the savages and jihadists who attacked Israel. We spend more money on higher education than any other country, and yet they're turning our students into Communists and terrorists and sympathizers of many, many different dimensions — we can't let this happen. It’s time to offer something dramatically different.

https://www.donaldjtrump.com/agenda47/agenda47-the-american-academy


トランプがこういうことを言っていると知れば、ハーバード出身のパックンが、なぜあれほどトランプを嫌うのかがわかるでしょう。

また、こうした考え方は、リベラル派の考えしか知らない日本人には、いかにも極端に見えるでしょう。


しかし、「大学に巣食う、高給取りで安定した地位を得ている左翼学者」を批判した、キンボールの『終身在職権を持ったラディカルたち(Tenured Radicals)』が出たのは30年以上前であり、それがその後広範な影響力を持ってきたことを知っていれば、さほど意外ではありません。

私自身は、トランプの大学改革を必ずしも支持しませんが、少なくとも理解はできます。


また、ホロウィッツの『ラディカル・サン』は、もともと「ラディカルな息子」、左翼過激派で、ブラック・パンサーの同伴者でもあった著者が、1970年代に保守派に転向していく過程を、自叙伝風につづったものです。

ホロウィッツは、日本の西部邁と同年生まれ。西部の『六〇年安保 センチメンタル・ジャーニー』とよく似た趣旨の本と言えるでしょう。

「元左翼」の団塊世代なんかは、身につまされる本だと思います。

それ以外の世代にも、日本人が知らなかった、西欧左翼の内幕、とくにベトナム反戦と「新左翼」の内幕がわかって、とても面白い本です。


そういえば、この本の翻訳が日本で出ないなら、老後に自分で訳して出そう、とか思っていた。

まあ、もう私はそんな元気はなくなりましが、誰か訳して出してくれませんかね。ホロウィッツが生きているうちに・・


なお、ホロウィッツもキンボールも、当然ながらトランプの支持者です。


私がアメリカの保守派の本を集中的に読んだのは2000年前後までのことで、それ以降はあまり読んでいません。

しかし、その時に得た知識だけでも、トランプがアメリカで勝利する背景がよくわかりました。


エラソーに言うわけではありませんが、日本で保守派を名乗る人たちも、いまだにバークとか福田恒存とかばかりで、思想がアップデートされていないのではないか、と感じます。


書斎に積まれているそれらの本の埃を払って、その中身を、このnoteでもぼちぼち紹介していこうと思います。


<参考>


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