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最高のスパゲッティ・アッラ・カルボナーラとソフィーを取り巻く男性たち

お米料理が続いたのでイタリア料理のレシピ集らしくパスタのレシピも。
と、誰でも知ってる人気カルボナーラのスパゲッティについて書きましょう。

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数年前、学生時代の親友の娘の宙ちゃんがミラノに遊びに来てうちに滞在した3日目に「カルボナーラが食べたい。」と言う。

「へっ?カルボナーラ?」と不意をつかれた気分だった。

国際的に有名なローマ料理(発祥は正確には不明で、北イタリアのブレシア県で生まれたという説や19世紀前半にナポリで生まれたなど諸説あり。)炭焼き人のパスタ、スパゲッティ・アッラ・カルボナーラ、実はそれまで自分で作った事は2、3度しかなく、特に掘り下げたこともないレシピだった。

何故だろう?と考えて、油脂とカロリーからあまり健康や美容に良い食べ物とは思えない上、何よりイタリア人の友人にご馳走してもらった事がなかったからだ。

カルボナーラはミラノではレストランのメニューに見ることも稀。
一応ローマ料理とされているだけあってローマならどこのレストランでもメニューにあります。

作るのはアリオ・オリオ・ペペロンチーノ並みに簡単。
つまり簡単すぎて、おもてなし料理にはなり難い。
家族だけで簡単にガツンとパンチのあるものを食べたいときにぱっと作って食べるもの。

その後反省し、いろいろなヴァージョンを試作しました。ここに書くのは最も美味しいと思うレシピです。
美味しいと思うものが往々にしてそうである様に、あまり手を加え過ぎず作るのは簡単。でもそれだけに良い素材を選びましょう。

ベシャメルや生クリームなどを入れるとジャンクな感じになるのでやめましょう。

カルボナーラというと、昔ソフィーが「美味しいものを作って」と言いたい時にいつも「カルボナーラを作って」と言っていたことを思い出す。

ソフィーを取り巻く男性たちの話は長くなるのでレシピの後に書きます。

材料写真

<材料 2人分> 

・スパゲッティ 160g

・新鮮な卵黄 XLサイズ卵2個分

・パルメザンチーズ または ペコリーノチーズ 40 g
*本場ローマではペコリーノチーズを使い、パルメザンでは邪道とされますが、私はペコリーノを常備していないのでパルメザンを使用。

・グアンチャーレ または ベーコン 80 g

*日本ではベーコンを使うのが一般的だと思いますが、本物のカルボナーラはグアンチャーレという豚の頬の部分の冷燻肉を使います。

グアンチャーレは豚の頬の部分、ベーコンはお腹の部分。当然生産量は圧倒的にベーコンの方が多いはず。(でもあまり値段は変わりません。)
味は似ていますが、印象としてはグアンチャーレの方が甘塩のものが多い、脂肪の白が早く透明になるなどの印象を受けます。これは科学的根拠のない個人的な印象です。

*比率としてはグアンチャーレまたはベーコンはスパゲッティ半分、粉チーズはそのまた半分、と考えると覚えやすいと思います。


グアンチャーレは2の部分ベーコンは9の部分


左:ベーコン 右:グアンチャーレ 

<調味料>

・粗塩:パスタ茹で用 一掴み グアンチャーレまたはベーコンが塩ぱいので控えめに

・胡椒

<作り方>

1・大きめの鍋にパスタ用のお湯を沸かし、沸騰したら塩をしてパスタを入れます。


2・その間グアンチャーレを切ります。皮がついていたら切り落としを適当な大きさに切ります。
・・周りがカリッとしても(またはベーコン)中がジューシーになる様断面が5、6mmの角になるように切るのが好みです。

3・2を熱したフライパンで中火>弱火にかけます。
*グアンチャーレ(またはベーコン)の油がすぐ出てくるので油は引かなくても大丈夫。

4・卵の黄身と白身を分け、黄身だけを容器に入れます。

5・チーズは下ろして4に加え混ぜます。

6・1が沸騰して塩とパスタを茹で始めたら、茹で汁を大さじ1、2程度5に加えクリーミーになるように混ぜます。


7・スパゲッティがアルデンテに茹で上がったら3のフライパンに茹で汁を大さじ1、2とザルに上げたスパゲッティをさっと混ぜフライパンについた旨みも残らず混ぜ合わせます。

8・7に6も加えよく混ぜ合わせます。

9・熱々を食卓に運び、好みで胡椒を加えて頂きます。

*残った卵白は泡だてて粉砂糖と合わせオーブンで焼いてメレンゲにしてもいいですし、ビスケットの家などを作る時の接着剤として使えます。文末にビスケットの家の写真掲載。


完成写真



Il santo bevitore  名物で黒トリュフをあしらったカルボナーラ

写真はミラノで広告代理店を経営するグイドにランチをご馳走になった時のカルボナーラ。
グイドの行きつけのミラノの中華街にほど近いレストラン” Il santo bevitore” (「聖なる呑んべい」の意)の名物で黒トリュフをあしらったカルボナーラ。美味でした。

黒トリュフ付きカルボナーラというのは、何か特別な機会に使えそうです。

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カルボナーラとソフィーを取り巻く男性たち

イタリアに住み始めて最初の7、8年くらいまでお互いに理解し合っていたら絶対に付き合わないだろうという人たちと付き合う機会が何度かあった。

日本人同士なら共通の話題があるかないか、気が合いそうかどうか、すぐにわかる。第一印象が大きく外れることは珍しい。外国でもその土地に10年も住めば同じこと。

ところが外国暮らし初めの数年はそうはいかない。文化背景も違い言葉も流暢には話せないから頭がいいか悪いかもわからない。どんな家庭に育ってどんな教育を受けたか、など相手には全く想像できないのだろう。まだ大学在籍中に留学生としてきた人達は学生気分で簡単に友達を作っていたように記憶しているが、私のように日本で仕事をして渡伊したのだと、どうも人付き合いが固くなり、日本的に人と距離を持つ癖がついていたので、ますます分かり難かったのかもしれない。

とはいえ私の方では結構わかっていたつもりだった。相手が勘違いするのを楽しんでいたのだ。自分と全く違う人がどんな事を話し、どんな人と付き合い、どんな家に住み、どんなものを食べ、どんな生活をしているのか知る機会というのは滅多にない。私という東洋人がどんな人間かわからずに、ディナーの男女の頭数合わせなどで(イタリアでは親しい友人同士の集まりの場合は別だが、さほど親しくない人達をディナーに招待する時、カップルだけでなくシングルの男女の人数も同じにするように努めるのが一般的、特に若い頃は皆同数になるよう気をつけていた。)勘違いで招待されるのを私はそれなりに楽しんでいた。

勘違いのきわめつけはソフィーだった。
どこで知り合ったのかは思い出せない。イタリア男性の大好きな金髪の、美貌のスイス人。足が長くセクシーで、装い方も態度も男性の気を引くのが上手い。トッレ・ヴェラスカという戦後のミラノの建築史に残るような有名な建物の中に上等な家具付き高級アパートを借り、メキシコの博物館に収蔵されているインカの陶器を銀で複製したニッチな高級品を裕福層向けに販売しするのが彼女の仕事。

トッレ・ヴェラスカ写真

そして仕事でキャリアを積むよりも何よりも、玉の輿にのる事に必死だった。当時彼女は30代前半だっただろうか。

家賃もかなり無理して払っているようだったが、家も仕事も出来るだけハイソと付き合うためのトランポリンとして選んでいるようだった。

スイス人といってもお父さんがイタリア人でお母さんがスイス人。人口500人ほどの小さな村でイタリア人扱いで虐げられて育ったという。そう、戦後スイスやドイツなどにサバイバルのため移住したようなイタリア人はお行儀の悪い人が多いので、その地で差別を受けることが多かった時代だ。
現代では逆に大卒、修士卒の優秀な人材が国外に流出して困っているイタリアだが。

お母さんには愛してもらえなかった、お父さんには強姦されるのではないかとビクビクして育った、と子供時代を振り返る彼女。お父さんに関してはちょっと信じられないとその時は思ったが、ずっと後になってミラノ裁判所の女性検事に知り合った時に父親による娘の強姦の検挙数はミラノ裁判所で扱うものだけで週平均18件はあると聞いた。仮に裁判所が年間50週仕事をしているとして年間で900件。リピーターがいないと仮定すれば10年で9000人の被害者がいるということになる。驚くほど多い数字だ。

お母さんに関しては本当のところはわからない。なぜなら親に可愛がられなかった、という人の中には本人だけの思い込みだというケースが少なからずあるから。何かがこじれると親子でも素直に愛情を表現するのが難しいのは東西同じで、その表現だけの問題で長い間満たされない気持ちで生きる人は身近にも結構いる。
まあ、とにかく彼女はそう思い込んでいた。

だからお誕生パーティーに呼ばれた時「ソフィーお誕生日おめでとう」という名入りバースデーケーキをミラノの老舗パティシェ、クッキで作ってもらって持って行ったら、
「こんなこと親にもしてもらったことがない。。。」と感激して泣いていた。

ソフィーの元彼はミラノ警察副総監。イタリアの組織犯罪は凶悪なので24時間体制でボディーガードがつく役職だった。彼が彼女の家に泊まるときもボディーガードは建物の下で待機していたという。その彼と別れてから彼女の家のディナーやパーティーでは彼女を口説く男性がずらり。多分私が何度も招待されたのは、男性ばかりではまずいので女性も、というのと、「場違い」というほどではないけど彼女に気のある男性達がよそ見するほど魅力的ではないからでは、と推察していた。(笑)

そんな環境なので普段目にすることのない男性たちが揃う。離婚歴2回の弱視で太ったよだれの垂れそうな(彼女に対し)男爵。頭の中で想像するエロティスズムに酔っていそうな大学教授、などなど。当時の彼女の本命はエミリア地方の大農場の御曹司だったがその人には会ったことがない。

よだれ男爵の家をソフィーと二人で尋ねたことがある。当然のことながら市内中心部の一等地にあり、多分4メートル以上ある高い天井の室内は最近の改装だがクラッシック様式の造り付けの家具が並び、いかにも女性をうっとりさせるためにプロの女性内装設計士に依頼したこと明白、という感じの豪邸で、よだれ男爵のソフィーへの愛の告白の立会人になった。

愛の告白といっても率直で感傷的なものではなく事前協定の調整という感じ。よだれ弱視男爵は彼の二人の前妻にはゆとりのある生活ができるほど十分な慰謝料と生活費を支払っていると言い、ソフィーはそれに満足な様子で彼を褒める。ソフィーの側では日常生活では家の中ではハイヒールは脱ぎアクセサリーは外したいと言い、よだれ男爵はそれでいいかどうか様子を探っている。

ふ~ん、、、こんな世界もあるのか、と窓から眺めている気分だった。何故あんな場面に立ち会うことになったのかは今でも不思議。よだれ男爵にその場で攻め切られるのをソフィーが牽制して私を連れて行ったのかも知れない。

そして、どこで知り合ったのかを思い出せない様に、どこから疎遠になったのかも覚えていない。はじめから私とは全く違う世界に生きていたソフィー、美人でもてもての彼女に何故か私は哀れさに似たものを感じていた。本来なら羨ましくても良いような存在かもしれないのに、かわいそうな淋しいソフィー、と思えた。今では良いパートナーに恵まれて幸せにしているといいな、と思う。

ソフィーの家で出された食事も正直記憶にない。多分彼女は料理が嫌いだっただろう。唯一よく覚えているのは、ソフィーが「美味しいものを作って」と言いたい時にいつも「カルボナーラを作って」と言っていたこと。

「カルボナーラ」とは、かの有名な炭焼き職人が考案したと言われるローマ料理、スパゲッティ・アッラ・カルボナーラのこと。作るのが簡単でお腹にたまりパンチがある一品。

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おまけに、
余った卵白でこんなものが作れます。

ドイツ製Dr Oertkerのビスケットの家

写真は泡だてた卵白を粉砂糖と合わせビスケットの家の接着剤+デコレーションとして使ったもの。飾りの白い部分やパーツの貼り付けは泡だてた卵白に粉砂糖を使っています。


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