【分野別音楽史】#08-7 「ロック史」(21世紀~)
『分野別音楽史』のシリーズです。
良ければ是非シリーズ通してお読みください。
「ロック史」および「ポピュラー音楽史」を調べていったときに、90年代のオルタナティヴロックをもって物語が終了している場合が非常に多いんですよね。
00年代以降は「細分化している」「評価が定まっていない」「体系化するのは不可能」「新しいものが生まれていない」などという言葉で誤魔化されたり、取り上げるとしても「youtubeの時代」など、音楽ジャンルのことではなく産業の部分のみしか語られないものばかりだと感じます。
音楽そのものや新しいアーティストについては、そのシーンにどっぷり浸かっている人や、リアルタイムで追っている人以外には、俯瞰の「歴史」「ジャンル」としてはまったく見えてこないのです。
このように外側から見ると、まとまった体系が分かりづらい割には、「音楽好きなら知ってて当然」「音楽好きなら聴いておくべき」というような上から目線の風潮があるようにも感じられ、それでいて「ロックが廃れてきた」「聴く人が少なくなった」と嘆くような声も見受けられ、何だかなあ、と思ってしまいます。
時代が最近に近づけば近づくほど評価が難しいのも分かるのですが、2020年代に突入し、2000年からでももう20年以上の蓄積があるので、ある程度の切り口で語ることは可能だと思います。ここまでの記事に引き続きまとめていきたいと思うので、よろしくお願いいたします。
◉エレクトロニカ ~ ポストロック/マスロック
21世紀以降のロックは、取り立てて大きなカテゴライズがされていないため、大枠としてはすべて、90年代に発生した「オルタナティブロック」の延長上であるという解釈がなされているようです。
ただ、ロックの文脈上にありながら、エレクトロニカへの接近など、今までとは違う進化形態を求めていたバンドも出現しており、フロア志向を強めたEDMやハウスなどのクラブミュージックとは裏腹に、実験音楽的な要素が強かったエレクトロニカやIDMは、こちらの分野と結合していったといえるでしょう。
ロックバンドのエレクトロニカへの接近の動きで先駆者となったのは、前回の記事でも紹介したレディオヘッドでしょう。アルバムの発売の度にその作風を変化させ、問題作であり大傑作である「キッドA」が発売されたのが、ちょうど2000年でした。賛否両論を巻き起こしたこのアルバムから、「細分化しており体系化が不可能」と言わしめる00年代の幕明けとなったのです。
エレクトロニカはフォークギターなどのアコースティックで内省的な音楽と相性が良く、エレクトロニカから派生して「フォークトロニカ」という分野も生まれました。もともとエレクトロニカのアーティストとして登場していたフォーテットは、2001年のセカンドアルバム『ポーズ』でフォークとの接近を深め、作品が紹介される際にフォークトロニカの語が用いられました。2000年代に入ってから登場したティコやビビオも、この分野の代表的なアーティストです。
このようなサウンドと関連のある実験的な動きとして、「ポストロック」と呼ばれるシーンも登場しました。その例としては、まずシカゴのトータスなどによるシカゴ音響派が挙げられます。
シーアンドケイク、ガスター・デル・ソル、サム プレコップ、プルマン、エアリアルエム、アイソトープ217、シカゴ・アンダーグラウンドなどが他の代表的なユニットですが、彼らはほとんどトータスのメンバーの在籍するバンドであったりソロ名義であったりしたため、シカゴ音響派はトータスを中心とした一ムーブメントであったといえます。
クラシックルーツの現代音楽・実験音楽のミュージック・コンクレートやアンビエントミュージック、それらの影響を受けたドイツのテクノ、同時期のフリー・ジャズなどの価値観をリスペクトしながら、メロディにとらわれず音響を重視したロックサウンドを志向しました。
スコットランドのモグワイや、アイスランドのシガー・ロスなどもポストロックのバンドとして有名になりました。
ギターを中心にさらに複雑で変則的なリズムを展開する、マスロックというサブジャンルも登場し、現在ではこのようなサウンドがポストロックの代表的なイメージとなっているように思います。
マスとは数学のことであり、理知的に構成されたサウンドが特徴です。ミッション・オブ・バーマ、シェラック、バトルス、ヘラ、ドン・キャバレロなどがこの分野のバンドとされます。
一定のムーブメントが巻き起こったあと、「ポストロック」の意味する範囲は曖昧になっていき、議論が巻き起こるとともに、ポストロックの代表格と目されていたグループが幅広い音楽性をカバーするようになったり、「ポストロック」の名称を拒否するものも現れ、ポストロックという用語自体が人気を失っていきました。
ポストロックが廃れていったあと、アメリカのインディーシーンではニューヨークを中心に、フリーフォークというジャンルが台頭しました。これは、サイケデリックなサウンドや複雑なリズム、民俗音楽的要素などを取り入れた、いわばポスト・ロックの亜種です。アニマルコレクティブがその代表的存在だとされます。
◉00年代USロック
◆ミクスチャー/ラウド系/ポップパンク/エモ
このような実験的で突飛なムーブメントが巻き起こった中でも、90年代から続くロックの勢いはまだまだ衰えず、大型バンドが台頭していきます。アメリカのバンドで特に勢いがあったのは、ミクスチャー系やラウド系でしょう。
特に90年代の「オルタナティブロック」の登場時は、特にグランジがメタルへのカウンターとして、メタルと敵対的になっていましたが、「グランジメタル」「ニューメタル」というような捉え方・ジャンルも出現し、攻撃的なサウンドが再び結びついていきました。
ミクスチャーとしてはリンキン・パーク、ラウド系~ニューメタルなどとしてはスリップ・ノット、システム・オブ・ア・ダウン、インキュバス、エヴァネッセンス、フーバスタンク、ケイブ・インなどが挙げられるでしょう。
グリーンデイやオフスプリングらが牽引していたポップパンクの潮流として、マイ・ケミカル・ロマンス、パラモア、サム41、オール・タイム・ロウなどのバンドも登場し活躍しました。
さらに、ハードコア・パンクをルーツに持つジャンルとして、90年代に一度話題になった「エモ」も復権します。
サニー・デイ・リアル・エステイトというバンドが一度「エモ」として知られましたが、グランジブームと重なり、曖昧な定義のまま消滅するかと思われていました。しかし、その後ゲット・アップ・キッズやアット・ザ・ドライブイン、ジミー・イート・ワールドなどといったバンドが「エモ」として成功し、2000年代のロックの中で1つのムーブメントとなったのでした。
◆ガレージロック・リバイバル
00年代のロックに発生した注目すべき動きの1つとして、ガレージロック・リバイバルがあります。
ザ・ストロークス、ザ・ホワイト・ストライプス、キングス・オブ・レオン、ブラック・キーズ、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン(JSBX)そのようなサウンドのバンドとして挙げられます。
◆その他
ここまで挙げた潮流とは異なるバンドとして、マルーン5も取り上げるべきでしょう。ポップロックバンドとして登場した彼らですが、「ネオソウル期最初のロックバンド」と評されたように、R&B~ネオソウル、ヒップホップの影響が強い音楽性によって、同時期のロックに比べて商業的な、イロモノのアイドルグループのように捉えられてしまいました。
しかし、00年代から20年代にかけてロックの勢いに陰りが見えはじめ、R&Bやヒップホップ、EDMが主流となっていったアメリカの音楽シーンに、彼らは既に順応できていたことによって、長いあいだ成功し続けることができたのです。反抗心や懐古的なムーブメントではなく、長く親しまれるポップを追求し続けたマルーン5は、柔軟な考えによって、ある意味では先見の明があったとも言えるでしょうか。
00年代のバンドを中心に紹介してきましたが、ここでソロシンガーやシンガーソングライターなどで成功したアーティストにも触れておきます。
00年代以降の重要なシンガーソングライターの筆頭は、なんといってもアヴリル・ラヴィーンでしょう。ポップロック路線のサウンドで、ティーンエイジャーとして大成功しました。他にジョン・メイヤー、ブリトニー・スピアーズ、クリスティーナ・アギレラなどもソロシンガーとして台頭し大成功しました。
◉00年代UKロック
イギリスの潮流を見てみると、90年代のオアシスやブラーに代表されるUKロックの流れを継いで00年代を代表するバンドとなったのは、コールドプレイ、アークティック・モンキーズ、ゴリラズ、カサビアン、ザ・リバティーンズ、などでした。
つづいて、00年代後半以降のUKロックシーンでは、マキシモパーク、マッカビーズ、ザ・ビュー、ハードファイ、コーティナーズ、ブロック・パーティーなどといったバンドが台頭し、シーンを盛り上げました。
◉00年代末~10年前後 ― 「踊れるロック」へ
00年代後半のイギリスに出現したクラクソンズはニューウェイブとレイブを引っかけた造語「ニューレイヴ」というキーワードで人気となります。
実際のサウンドは、ニューウェイヴやレイヴほどのエレクトロサウンドではなく、単に「キーボードや電子音が見え隠れするアレンジによる、踊れるロック」という意味合いでこのニューレイヴが受容されたということだといえます。
ニューレイヴのムーブメントは、クラクソンズとともにレイト・オブ・ザ・ピア、サンシャイン・アンダーグラウンドなどが牽引し、続いてフレンドリー・ファイアーズもその影響下にあるバンドとして台頭しました。2010年代に入るとさらに、ツードア・シネマクラブも登場し、「踊れるロック」というキーワードが注目されるようになったのでした。
アメリカのバンドでは、特にインディーズシーンでサイケデリックで実験的なエレクトロニカ風味のサウンドが中心となっていました。ポストロックやフリーフォークの流れとも言えますし、UKの「ニューレイヴ」とも呼応する流れと捉えることもできるでしょうか。
MGMTやザ・キラーズ、パッション・ピットなどのバンドがこの説明に当てはまるバンド群だといえます。さらにカナダのインディー・ロックバンド、アーケイドファイアもそのようなサウンドの例として挙げられるでしょう。
上記のようなサイケデリックなサウンドが溢れる中で、逆に異質なサウンドとして注目されたのは、軽やかでさわやかなポップロックを鳴らしたヴァンパイア・ウィークエンドです。
UKロックとしても、2010年代に入るとさらにザ・ヴァクシーンズ、フローレンス・アンド・ザ・マシーン、ザ・ストライプス、チャーチズ、ボンベイ・バイシクル・クラブ、アルト・ジェイ、ジェイク・バグ、パーマ・ヴァイオレッツといった多様なアーティストやバンドが登場しました。
◉メジャーヒットシーン
シンガーソングライターとしては、イギリスにエド・シーランが登場します。レゲトンのアレンジが施された「Shape of you」があまりに全世界的にヒットし、クラブミュージックとしても大流行したため、その曲しか知らなければEDMアーティストのように感じてしまいますが、彼はアコースティックギターを駆使したパフォーマンスでも知られる、ギターサウンド的なシンガーソングライターです。そのため、こちらの「ロックの系譜」としても触れておくべきでしょう。
同じく、EDMとして認知されがちかもしれないシンガーソングライターとしては、テイラー・スウィフトも挙げられるかもしれません。
また、バンドとしては先述したマルーン5やワン・ダイレクションなどのポップなバンドはメジャーシーンで活躍をしました。
しかし、商業化を嫌い往年のサウンドを期待するかつてのロックファンにとっては、このようなメジャーヒットシーンの音楽はロック史の範囲外とされがちであり、期待には必ずしも副うものではなかったようです。
◉ニューゲイザー ~ ドリームポップ
ノイズを特徴とした90年代のロックジャンル「シューゲイザー」からの系譜を引いたバンド群では、00年代以降に登場したバンドが「ニューゲイザー」と呼ばれていました。エレクトロニカの要素も混ぜ合わされ、マイ・ヴィトリオール、ウルリッヒ・シュナウス、アソビセクス、M83、アミューズメント・パークス・オン・ファイアなどがニューゲイザーのバンドとして挙げられます。
そのような潮流をルーツとして、エレクトロニカ・IDMのシーンに、ド派手なEDMとは相反する、Lo-fiでチープな、アンビエントの要素もブレンドされたレトロなシンセポップである「チルウェイヴ」が登場しました。
チルとは「落ち着く、のんびりする」などを意味する英語のスラングであり、「グローファイ」とも称されました。ウォッシュト・アウト、トロ・イ・モア、ネオン・インディアン、スモール・ブラック、クレイロなどが挙げられます。
このような音楽の出現が、80年代への憧憬と批評・風刺を含んだ解釈で捉えられ、2010年代に入り、Web上の音楽コミュニティで人気となっていきました。それらはいつしかヴェイパーウェイヴと呼ばれる新たな音楽ジャンルに成長します。どこまでをロックとして記述すればよいかはわかりませんが、シューゲイザーから派生しながら、同時期のR&Bやヒップホップの潮流と呼応する動きとして見ることもできます。
このように、シューゲイザーをルーツとするサウンドが注目を浴びるようになると、エコーなどを多用しためまいを誘うような浮遊感のある音世界が「ドリーミー」と表現されるようになりました。こうして、最近では90年代のシューゲイザーを含め、「ドリームポップ」という新たな枠組みでジャンルが認識されるようになっています。
ビーチ・ハウス、バット・フォー・ラッシーズ、ザ・エックス・エックス、シルバーサン・ピックアップス、ダイヴ、ザ・レディオ・デプトといったバンドが成功を収めています。
◉10年代後半
若手による次なるムーブメントが画策される中でも、90年代のオルタナティブロック全盛期からオアシスなどを筆頭としたベテラン勢も活躍を続け、うまく世代交代が行われなかったことが指摘されています。
現在のロックシーンを説明するとしようとしても、目立つのは上記に挙げたようにローファイで実験的な要素を併せ持つチルウェイヴやベッドルームポップなど、またはオルタナティブR&Bやネオソウルといったヒップホップ系の動きと重なるサウンドが多いでしょう。
そのようなサウンドに対し、旧来のロックリスナーの視線では、90年代のオルタナティブロック以降どうしてもヒップホップやEDMなどに座を奪われた「冬の時代」と見る向きもあるようですが、2010年代後半にさらに新世代のロック・バンドやシンガーとして奮闘した面々にここで触れておきたいと思います。
まずUKロックはロイヤル・ブラッド、ザ・ストラッツ、サヴェージズ、ヤングブラッド、などのバンドが台頭しました。その中で、The 1975は20年代に突入してからも活躍を続け、時代の寵児となっています。
さらにオーストラリアのバンドではテーム・インパラが注目を浴び、そしてアメリカ勢はイマジン・ドラゴンズ、トゥエンティワン・パイロッツ、ケイジ・ジ・エレファント、アラバマ・シェイクス、ハイムなどが挙げられます。
ソロアーティストとしては、ファーザー・ジョン・ミスティ、ラナ・デル・レイ、セイント・ヴィンセント、ロードなどが挙げられます。
2020年代に入ってからはイタリアのマネスキンも注目を浴びています。