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原稿用紙一枚分の物語

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「原稿用紙一枚分の物語」は、訳あってお休みさせていただいています。
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記事一覧

「原稿用紙一枚分の物語」#14 走る

オレは走った。一目散に走った。 もう誰にも追いつかれない、そう自信を持って走った。 思えば半年前、自分の足を過信して、体力の衰えも顧みず、 ただ闇雲に走っていた。 それでも欲望の赴くくまま結果は出していた。 そのオレが何の実績もないポッと出の新人に負け、 人生に汚点をつけられた。 それからというもの、トレーニングに明け暮れた。 時間はたっぷりあった。 狭い室内がほとんどだったが、体力づくりには問題なかった。 一日一回僅かな時間ではあるが、 外に出た時

「原稿用紙一枚分の物語」#13 大人になること

「納得できません!」 「だったら営業成績上げてから言え!」 食い下がるオレに、ついに部長がキレた。 なおも反論しようとすると、 同期のマサトが割って入ってオレをその場から連れ出した。 人気がいないところまで来ると、 「大手のほとんどが同じことをやってるんだ。 お前もちょっとは大人になれよ」 マサトはそう言った。 なおも、 「汚れなく大人になんかなれないよ」  そうオレのためを思って言ってくれている友人のために、 “だったら大人になんかならなくていい

「原稿用紙一枚分の物語」#12 顔

「お前さ、それ止めてくんない?」 「オレ、何かしたか?」 「悩み事を一人で抱え込んでるよーな、憂鬱な顔」 「してるわけねーだろ」 「してるよ」 「してねーよ!」 「してたって!」 と、二人の押し問答が続く。 「例えしてたとして、何が悪ぃーんだよ!」 「いつもチャラけてるお前がそんな顔してたら、  何があったか気になるじゃねーか!」 「じゃあ、話してやろうか! 話せば文句ねーんだろ⁉」 「聞きたくねーし! そもそもそんなこと言ってねーし!」 「じゃ

「原稿用紙一枚分の物語」#11 最後の笑顔

婚約して間もなく、不幸にも彼女は癌にかかり、 余命半年の宣告を受けた。 彼は少しでも長く一緒に居たくて、病院に通い詰めた。 「今日は楽しいこと、何かあった?」 彼が顔を見せると最初にこう質問をする。 しかし毎回彼は、“別にないよ”とつまらなそうに答える。 本当は何もないはずはなかった。 それでも、どんなことだろうと 閉鎖された空間で思うようなことができない彼女にとって 酷のような気がしてならなかった。 ある日、彼女が“気を遣ってくれるのはうれしいんだけ

「原稿用紙一枚分の物語」#10 やればできる

数学の新任教師のマキ先生。 一年近く経っても人気はまだない。 学園ドラマの教師に憧れて先生になったのと言うのだが、 実績も信頼もなければそれは当然至極だった。 ある時、彼は学年末テスト対策の特別授業というのを開いてみた。 「これで、参加生徒の成績が上がれば一目置かれるだろう」 との考えだったのだが、誰一人応募はこなかった。 仕方なく、落ちこぼれの生徒三人を“留年するかもしれない”と脅して、 半強制的に参加をさせた。 そして学年末テスト。 見事三人は平均

「原稿用紙一枚分の物語」#9 帰省

「また、帰って来んの?」 母からの留守番電話だ。ゴールデンウイーク、盆と正月、 大型連休を迎える頃になるとメッセージが入る。 三十路の私は、もう三年帰省していない。 別に仕事が忙しいわけじゃない。 特別に一緒に過ごせる人がいるわけでもない。 実家でのんびりしたい。同級生に会いたい。 それでも帰らないのは、私が独身だからだ。 母も、地元も、「女の幸せ=結婚」の考えがまだまだ根付いている。 帰れば、「まだ結婚せんの?」の往復ビンタ。 友と話しをすれば旦那や

原稿用紙一枚分の物語 #8 『生きろ』

「どうしてこんなことになったんだろうな」 そう言いながら、時折来る鈍痛に顔を歪める。 「それまでは、ただ生きるため、  子孫を残すためだけを考えていればよかったのに」 流れる血を癒すように舐める友を見ながら続けた。 「オレらみたいに草だけ喰ってればいいやつもいるし、  お前らのようにお前たちを喰わないとダメなやつもいる。  でもそれもこれも今日一日を生きるため。  それ以上でも以下でもない。  だから、自ら命を絶つことなんてないし、  ましてや喰らう以

原稿用紙一枚分の物語#7 『ミスター営業』

再就職をしてわずか三か月で、彼は営業部初の社長賞をもらった。 この短期間で担当したお客様の心を片っ端から鷲掴みにして、 信頼と売上を伸ばした結果だった。 それもこれも、方便でも嘘をつかず、ズルもせず、 常に真摯にお客様に向き合う彼独自の営業スタイルにあった。 それは誰もが真似できるものではなく、バカ真面目で、 何に対しても手を抜けない自身の不器用さをカバーするために、 長年をかけて培ったものだった。 その後彼は社を挙げての大型案件を任されることになった。

原稿用紙一枚分の物語 #6『はじまりの音』

男が駅のホームで電車を待っていると、誰かに背中を押された。 危うく線路に落ちそうになり、 慌てて振り返って見たがそこには誰もいなかった。 ただ男にとってこれが初めてではなかった。 信号待ちをしている時、階段を降りている時、 度々誰かに押される感覚はあるものの、いつも誰もいなかった。 男は、こういった出来事が起きるようになってから、 耳の奥でかすかではあるが、 ずっと不協和音が鳴り響いていることを思い出した。 気にしないようにしていたが、もう遅い。 音が

原稿用紙一枚分の物語 #5『ストーカー』

「またあの人のところへ行くのね」 サトシのところにこんな変なメールが毎朝のように届く。 でも、行動をチェックされたり、メールが届くぐらいなので、 特に対策はしなかった。むしろ 変に刺激して彼女を傷つけられても困ると考え、 放っておいていた。 ある日、サトシが彼女に会いに家に向かうと、 帰宅途中の彼女の姿があった。 ただあろうことか、その彼女の後をあの女が付けていた。 サトシは「何かしたら捕まえてやる」と意気込み、 様子を伺いながら二人の後を追った。

原稿用紙一枚分の物語 #4  『友』

ショックだった。 電話を持つ手が震えてとまらない。 ふと、背中に気配を感じた。 振り返ってみると、そこにはケントが立っていた。 五年ぶりの奇跡的な再会に目を疑った。 それでも「元気そうで安心した」と屈託のない笑顔で言う目の前の彼は、 まぎれもなくケントだった。 儀式的なたわいもない世間話をしたあと、ケントは突然真顔になった。 「どうして五年もの間連絡してこなかった。 裏切られたかどうかはオレたちが決めること。 そんなことよりも、本当にうれしかったんだ。

原稿用紙一枚分の物語 #3  『戻り雨』

近所まで出た帰り道、急に土砂降りになった。 走り出して間もなく、雨は止んだ。 ただ振り返ってみると、10m先はまだ降っていた。 境界に出会って少し驚いたが、 局地的豪雨は、今やそうそう珍しくもないのだろう。 家に帰ると、明らかに自分のものではないが、 見覚えのある靴があった。 部屋に入ると、 「どこに行ってたの?」 居るはずもない元嫁が台所に立っていた。 なぜなら、半年前に妻が浮気相手と出て行き、 先週ようやく離婚が成立したばかりだったからだ。 そ

原稿用紙一枚分の物語 #1『じいちゃん』

じいちゃんが亡くなった。 ここ数年仕事に忙殺され、つい足が遠のいてしまってことを悔やんだ。 じいちゃんは私に、営んでいた駄菓子屋を置いて行った。 じいちゃんが、少し休めと言ってくれているようだったので、 田舎でゆっくり先のことでも考えるのもいいかと、 思い切って後を継ぐことにした。 ただ、これで婚期が遅れるのは間違いなかった。 客はほとんどが小学生。 だから彼らが学校に行っている間は、じつに閑散としている。 そんなある日のお昼過ぎ、 店の外に女の子が立