随筆(2022/10/25):自尊心や自信がないと、謙虚になるかもしれないが、卑屈にもなるし、他人の善意が全部悪意に見えてくる_3.自尊心や自信の暗黒面に鋭敏な人と、鈍感な人
3.自尊心や自信の暗黒面に鋭敏な人と、鈍感な人
3.1.自尊心や自信のあるやつらがクソナメたことをする以上、元々自尊心や自信のない人が、「あれ、毒饅頭じゃん。じゃあ要らん」と学習するのは、むしろ当たり前なんだよな
前々回と前回で、自尊心や自信のある人が、自尊心や自信のない人に、
「自分の説教欲のズリネタになれ。しかもそれをこちらの善意だと思え」
というクソみたいな姿勢をかまして、本人は誇らしくなり、相手はクソみたいな気分になる。
そういう、かなり最悪な事例の話をしました。
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さて、こういうことをされた、自尊心や自信のない人が、「自尊心や自信」というものを、どう学習するか、一瞬でも想像力を行使してみて下さい。
それらは確かに、自分の持たない、持っていると一等人類扱いされる、素晴らしい宝ではあったのです。
しかし、学習する限り、
「これを持ってると、二等人類に見える相手を、ズリネタにして、しかもそれは褒められるべきことであると思うようになるんだな。
このレベルで知能が低くなるなら、どうもそんな自尊心や自信は、毒饅頭にとても見える。
それ、俺が食ったら、とんでもない無礼者になっちゃうやつじゃないの?
自尊心や自信を得て一等人類になると、無礼者になる呪いがかかるの、どう考えてもかなりイヤなバーター取引だが?
そんな呪いのお宝、いやだなあ」
という結論を出す可能性は、かなり高いと言えます。
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もちろん、
「自分があのクソナメた相手を引きずり下ろして説教返しをして辱めてやれたら、さぞスカッとするだろう」
という動機も、十分にあり得ます。
で?
処世をある程度やってて、学習能力も健全で、結果として倫理観が世間並だったら、
「説教返しをして辱めてやりたい」
より、
「この自分がみっともない無礼者になる呪いのお宝、喉から手が出るというより、吐き気がしてきたし、欲しくなくなってきちゃったのだが…?」
となるの、ふつうにある話ですよ。
3.2.他人の覇気を出汁に、「そこで怒れる覇気がないやつには自由意志がない」と説教のズリネタにするの、「そこの性別年齢不詳のオッサン、その汚らしいち〇こをさっさとしまえ」としか言いたくないんだよな
一瞬、違和感があるかもしれません。
倫理観が世間並なのはいいが、従順に過ぎる。
そこで
「そこで怒れる覇気がないやつには自由意志がない」
とかいう説教をする人も、かなりいます。
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でもな。
そんなのは、クソ大きなお世話なのでありますよ。
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怒りがそこまで重要な感情だと思うのなら、人様の怒りに手を突っ込んでガタガタ抜かすんじゃあないよ。
他人を人為的に怒らせようとするの、要は
「他人を怒らせようとすること」
だからね。
「他人を怒らせようとすること」
をやる人、まあ掛け値なしに無礼者ですよ。
これやってる時点で、
「どんだけ失礼なことしてるんだ。
それも善意で出た行為か?
なんちゅうクソみたいな善意だ」
って話にしかなりえないんだよな。
反抗期のない若者に説教をしたくなる、親をやれてない人の、よくやるムーブですね。
「今から言うことは、無責任な放言のつもりで言ってる訳じゃない、本気の発言なのだが、じゃあ言ったらいろんな方面でそれなりの責任が出て来るよな」
という感覚がない親、親心として考えたら無責任の極みなので、子供や若者に説教をしないでほしい。
何が
「元気があってよろしい」
だ。
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自由意志につながるという、大事な他人の怒りを、自分の世界観と美意識と価値観の箱庭と整合的になるよう、しかもまたしても説教という形で誘導するんじゃあない。
他人の自由意志について真面目に考えたら、
「他人の感情は自分の都合通りにならないし、他人の内心がこちらの思い通りに振舞うか否かの判断は、相手がすることだ」
という話は、当然に受け入れねばならん訳です。
何で、
「物理世界や他人の精神や人間社会が、自分の箱庭にとって、都合良く振舞うようであってほしい」
などと、およそ自己中心性の極みのようなことを願おうとした?
そんなに世界や他人や社会を自分の箱庭のオブジェにしたいのか。
こんなことを言ったのと同じ口で、自由意志を語るの、自由意志というものを根本的に舐め切っている。
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昨今、あまり反抗期のなかった子供が、さぞ問題であるかのように論じられています。
覇気がないんだって。
そうですか。
バカじゃないの。
と俺がいうくらいには、人はふつうに反抗するんですよね。
でも、彼らが「期待している」のは「その程度の」反抗じゃないんだよね。
そんな「手ぬるい」反抗、「不自然」なんだってさ。
いい大人がこれだと困るんですが、自由意志を抵抗精神とすり替えている。
もちろん両者は共通部分を持つのですが、別に自由意志が抵抗精神にのみ立脚する、という話ではありません。
自由意志の一番大事な性質は、
「やるかやらないか選択できる」
「今選択せずに後回しにもできる」
「その広義の選択が可能であるように、扱いやすい条件は整っており、邪魔になる制約は極力なくなっている」
「条件が不足していたり、制約が存在していたら、自由意志で覆せる」
ということで、選択にかかわる箇所でしょう。
抵抗精神は、最後の、しかも後半の箇所に過ぎません。
やりますよ?
で、それがメインになってどうする?
その制約が
「自分の採りたい選択肢にとって邪魔」
なら、当然取り外すが、
「特に自分の採りたい選択肢にとって影響がない」
なら、そんなことにリソースを消耗すると、自分の選択肢をやる前に、本番でバテバテになりますよ。
そんなんで何事かを実践するの、実践と言うことを、だいぶ舐めておられますよ。
寝不足で本番に挑んだら、恐ろしいことになる、という話、よく聞くでしょう。
大事な話なんです。
本番時点でリソースが十分でないの、ヤバイんです。
「その場に居合わせていないこと」
「リソースの枯渇」
「作業環境の効率の悪さ」
これらは、抑圧的な制度よりも、さらに大きな制約であり、自由意志を吹き飛ばす三本指だ。
真面目に生活や仕事をしているなら、ここら辺の感覚はひりつくくらい身に沁みているだろう。
そう思ってない人、
「ヌルいこと言ってやがんなあコイツ。
必死こいて生計回している誰かに、保護されてリソースを吸っている必死こいてないやつ特有のヌルさだ。
必死こいて生計回している誰かに、必死こいてないリソース吸ってるやつが、反抗したい?
甘ったれてんじゃねーぞ。
リソースの依存でバーターで支配されるのがそんなにも嫌なら、リソースで自立できてから言えや。
生計を回すためにやるべきことは、スキルを上げて世界から収入を刈り取ることだ。
抵抗して決裂して、ノープランノースキル世界に飛び込んで、収入を刈り取る前に厳しい大人にボコボコにされたり、悪い大人にチュルッと吸われたりすることじゃねーんだ。
厳しい大人にボコボコにされたり悪い大人にチュルッと吸われに行く自由意志、クソバカにしか見えないのであるが?」
くらいには思われてもしゃーないと思いますよ。
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とはいえ、作業効率を上げるはずの「扱いやすい条件」が、誘導的な偽情報であったり後で不利益になる契約だったり、要するに毒饅頭であったりするリスクは常にあります。
そういう毒饅頭はもちろん自由意志を歪めるものではあります。
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で、同じような毒饅頭は他にもあり、相手を自分の都合に沿わせるために、そうでなくても自分の世界観と整合的にして自分が安心であるように、感情的に誘導することも含まれる訳です。
しかも、怒りを素材にしたら、そこには不快感が伴うわけです。
だいぶ「お悪い」ですよ。そのしぐさ。
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他人の覇気を出汁に、
「そこで怒れる覇気がないやつには自由意志がない」
と説教のズリネタにするの、
「そこの性別年齢不詳のオッサン、その汚らしいち〇こをさっさとしまえ」
としか言いたくないんだよな。マジで。
(続く)