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かわいい父と激しい母と私の介護日記

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ウチの父はとてもかわいいです。その父が突然介護4になりました。これは介護に翻弄される、強い母と私の日常の記録です。
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2023年1月の記事一覧

かわいい父と激しい母と私の介護日記(18)

介護認定が出た

支援1だった父。新たな認定はまさかの介護4だった。入院中の認定調査は重くなりがちと聞く。すぐにケアマネも決まった。

けれど父の状態はいまいち。日曜日は、ほとんどベッドから出られなかった。
心配した母が、「病院へ連れて行こうかな。」と言う。私も考えたくないけど、尿路感染している気がしていた。
「明日午前中仕事休んで、一緒に行くよ。」と決めた。

次の朝。実家へ行くと母が困っていた

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かわいい父と激しい母と私の介護日記(17)

かわいい父と激しい母と私の介護日記(17)

退院した父は、入院中にバルーンカテーテルを外した。カテーテルが詰まってしまい、外したところ自尿が出ているので大丈夫そうとの事だった。
これで尿路感染の心配もなくなり、体力さえ回復すれば、以前のように畑に通えるようになる。そうほっとしたのは数日だった。

退院から10日くらいした頃。父が病院に行きたいと言う。おしっこがあまり出ないので、ツライらしい。またカテーテルを入れたいと言う。
泌尿器科に受診に

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かわいい父と激しい母と私の介護日記(16)

かわいい父と激しい母と私の介護日記(16)

家に帰ってきた!

病院から10分くらいで、家に着いた。
家の横に車を付ける。
先に到着していた母が、車のドアを開ける。
父がなんとか車から降りた。前回はそのまま脱力して動けなくなったんだ。

緊張の一瞬・・・大丈夫そうだ。父は立っている。

続いて第2関門。
我が家は集合住宅で2階なのだ。
階段を上らないと家に帰れない。
すると、隣のおじさんが声が聞こえたのか、出て来てくれた。
待機していた私の

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かわいい父と激しい母と私の介護日記(15)

かわいい父と激しい母と私の介護日記(15)

父の闘病生活

退院した父が車酔いしないよう、入院生活を聞いたのだか、父はたくさん話してくれた。 

始めに入院した市立の病院で拘束された時。
父は「人の自由を奪うなんて、警察に通報する。」と怒ったそうだ。
「看護師さんはね、お父さんの命を守るためにした事なんだよ。」と、私が言う。
「そう。後で看護師さんかそう言った。縛る前に言ってくれたら良かったのにって言ったら、謝ってくれた。」と父。
せん妄状

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かわいい父と激しい母と私の介護日記(14)

かわいい父と激しい母と私の介護日記(14)

父の入院生活

父を迎えに行った病室で、私と母はナースさん達に「ご迷惑をお掛けしてすみません。」とお詫びする。
「最初は私もぶたれまして。」とナースさん。やっぱり父は暴れたんだ。本当に申し訳ない。

すると母が、「私が言うのも何ですが、普段は穏やかで、私に手を挙げたことないんですよ。」と言った。父のことをかばうみたいに。母には言えないけど、ちょっと泣けた。
「そうですね。今は穏やかに楽しくお話して

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かわいい父と激しい母と私の介護日記(13)

かわいい父と激しい母と私の介護日記(13)

緊急退院?

介護の認定調査で、現状の父の様子が少し分かった。心配していた歩行は以前より落ちているが、歩けること。せん妄がまだあること。せん妄は、退院すればなくなるはず。

もう1つ、大きな変化は尿道に入っていたカテーテルが取れたこと。入院中にカテーテルが詰まってしまい、外したところ自尿が出でいるので、そのまま様子を見ているそうだ。

これなら、父はこれまで通り家で暮らせる。
と、思っていたら土曜

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かわいい父と激しい母と私の介護日記(12)

かわいい父と激しい母と私の介護日記(12)

認定調査

週末になり、父はせん妄が出て拘束することになった。病院から、現在支援1だが認定調査をした方が良いこと。現状自宅に帰るのは難しい。退院後は病院の系列のリハビリ専門病院へ移ることをすすめられた。

母はすぐに包括に連絡し、来週病院に、認定調査委員が来ることになった。
転院については、来週始まるリハビリの様子で考えると伝えたそうだ。

そして、翌週半ば、認定調査が行われた。
母と私も立ち会わ

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