本屋を祖師ヶ谷大蔵に移転した話|和氣正幸(BOOKSHOP TRAVELLER店主)
本屋が好きだ。あたらしい街を訪ねるときには何はともあれ本屋の有無を確認するくらいには好きだ。バスや電車で、あるいは車の助手席で「本」という文字を見かけたら目で追いかけるくらいには好きだ。
そんな気持ちで本屋について書き始めて早11年。5年前には下北沢で本屋を開くようにもなった。そして、2023年4月、祖師ヶ谷大蔵に移転した。
流れた時間が濃すぎて、この地に来てからまだ1年も経っていないというのにもう何年もいるような気がする。しかし実際はまだまだ街では新参者。ペーペーの中のペーペーである。
そもそも祖師ヶ谷大蔵との出会いはたしか5年ほど前のことだ。知人が「ゴキゲンヤ 祖師ケ谷大蔵」というバーで展示をするというので見に行ったのがきっかけである。そのときに「次に店を出すとしたらこの街が良いなあ」と思った。
なにか明確な理由があるわけではないのだが、商店街の賑わいや駅前のパッと目の前が開けるような感覚になる広場、木梨憲武の実家・キナシサイクルの存在、珈琲屋が美味しいなどなど。全体的な感覚として合っていると感じたのだった。
とはいえ、僕の店BOOKSHOP TRAVELLERは半分は新刊書店であるが、もう半分は棚貸し本屋といって、ワンボックス単位で棚を本好きに貸すシステムの店である。棚を借りてくれているひと箱店主たちにとって来やすい店であることもとても重要な要素なので、下北沢から移転することを決めてからは小田急線や京王線の沿線を中心に色々な街を訪ねた。
家賃はもとより、間取り、立地、街の雰囲気、アクセスなどなどを踏まえて、ちょうどよい物件がなかなか見つからず、うんうんと唸っていたそんなとき、登録していた物件検索サイトからポンッと突然祖師ヶ谷大蔵のいまの場所を勧められたのである。
そこには、探している中で諦めていた条件がすべて揃っていた。20坪程度で2階もあってリノベーションができて……これは! と感じて不動産屋に連絡を取ったら待っていましたとばかりにトントン拍子で話が決まっていった。何百店も本屋の取材をしていると、時折「この場所に呼ばれていた」といったようなことを話す店主がいるのだが、まさにそのような感覚だった。
そうして場所が決まってからは引越、DIY、品出しと怒涛の日々が始まり2023年4月13日にめでたく移転と相成ったのである。
それからこの原稿を書いていてる10月時点で半年の時間が経ち、ますます僕はこの街に魅了されている。口を開けば「引っ越したい」とぼやいている。それはいま住んでいる街から祖師ヶ谷大蔵が遠いということもあるにはあるのだが、街に対して恩義を感じ始めているということも大きい。
突如やってきた本屋に街の人たちは「本屋がなくなったからオープンしてくれて嬉しい」と歓迎してくれた。話によると新刊書店がなくなって数年経っている(ガード下にあったブックメイツ祖師ヶ谷大蔵店が2018年10月に閉店)とはいえ、それでも移転後のナイーブな時期にたくさんのお客さんが来てくれたのは控えめに言って救われた気持ちになった。
それに、近所には美味しいお店も多い。「さか本 そば店」や「とんかつ鈴の家」、ピザが美味しい「アオジ ソシガヤ」など通いたくなる個人店がたくさんある。
また、コーヒー好きでもある僕にとってPASSAGE COFFEE ROASTERYや黒田珈琲、それいゆ、ローキートーン珈琲店など美味しい珈琲屋の存在は非常に魅力的で、つまりは引っ越したい街なのである。
これからもっと祖師ヶ谷大蔵を楽しんでいけたら、そしてその楽しさの一端を担えたら……まだまだ店を構えて一年も経たない若輩者ではあるがそんなことを夢見たくなる街である。
文=和氣正幸
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