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【箱根駅伝】のらりくらりと箱根越え (神奈川県足柄下郡箱根町)|ホンタビ! 文=川内有緒
作家の川内有緒さんが、本に動かされて旅へ出る連載「ホンタビ!」。登場人物を思うのか、著者について考えるのか、それとも誰かに会ったり、何か食べたり、遊んだり? さて、今月はどこに行こう。本を旅する、本で旅する。
実家で暮らしていた頃、正月のテレビといえば箱根駅伝であった。私自身は、ああ、走ってるんだね、くらいしか思わず、見どころもわからないまま50歳に。いまさらながら何か大きなものを失っていたような気分になる。
そんな喪失感を埋めるため、今回は箱根駅伝最大の見どころの5区を旅する。スタート地点は小田原で、ゴールは芦ノ湖。高低差834メートル、高尾山を2回連続で駆け登るような過酷なルートである。
まさか走って? いや。歩いて? いやいや。身体能力がリアルへっぽこなんで、車に乗ったり降りたりしながら、ちょろっと歩くのみです。スミマセン。
とはいえ、歩き始めてすぐに、延々と続く坂道や幅の狭いヘアピンカーブの連続に「こりゃあ大変なことですね!」というマヌケな感想を抱いた。
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いやはや、こんな山道を走ろうなどと思いついたのは一体誰なんだ?
それは、マラソンの父と呼ばれる金栗四三である。1912(明治45)年、初出場したストックホルム五輪を途中棄権した金栗は「世界に通用するランナーを育成したい」という強い思いを抱いた。そしてある日、ロッキー山脈を越えるアメリカ大陸横断レースからインスピレーションを受け、日本でも険しい峠を越えて走る駅伝を思いつく。
こうして、選ばれたのが東京―箱根を往復する東海道ルート。1920(大正9)年に第1回大会が実現。「オリジナルフォー」とも呼ばれる早稲田、慶應、明治、東京高師*の4校が参加した。途中で日が暮れて真っ暗になり、地元青年団が松明を掲げて道を照らすなかを走ったという。
* 東京高等師範学校。現在の筑波大学
最初はローカルな大会に過ぎなかったが、徐々に参加大学が増え、テレビ中継も入る国民的な人気イベントに。第99回大会の予選大会には、10枠を争って43校が出場した。
ここで紹介したい本は青春スポーツ小説『チーム』だ。予選で出場を逃した大学の中から、好タイムを出した選手を選んで構成される「関東学連選抜チーム」のメンバーが主人公(現在は関東学生連合チームと名称を変更)。これは、たとえ自分の大学が本選に出場できなくても、個人として参加できる仕組みである。小説は、寄せ集めチームでどこまで勝利に迫れるのか? チーム、そしてひとりひとりの水面下のドラマを追う。
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[今月の本]
堂場瞬一著
『チーム』
(実業之日本社文庫)
予選大会で個人成績が優秀だった敗退校の選手で構成される関東学生連合チームだ。究極のチームスポーツといわれる駅伝で、いわば“敗者の寄せ集め”の選抜メンバーは、何のために襷をつなぐのか? その葛藤と激走を描く陸上小説の傑作!
特に後半は、10人が襷をつないでいく様子をつぶさに伝える。体に感じる風、厳しい寒さ、足の痛み、焦る気持ち、迫る後方の選手の気配──。橋や山を背景にしためくるめく疾走感とともに変化する選手の心理描写に胸が躍る。
箱根駅伝のコースのなかでも随一の難所といわれる5区を歩く。曲がりくねった急な上り坂が、選手の体力を消耗させる!
現実の私は、ぜいぜいしながら坂道をノロノロと歩くのみ。ようやく差し掛かったのは、宮ノ下温泉。富士屋ホテルのほか商店や温泉施設が並ぶ。コロナ禍前は、駅伝当日に、スター選手の「山の神」を見ようと大勢の応援客が詰め掛けた。この時、寒空の下で応援客に配られていたのが*、温泉シチューパン。提供するのは明治24年創業の渡邊ベーカリーである。せっかくなのでお店に入り、ひとつ食べてみた。サクッとしたパンのなかに熱々のビーフシチューがたっぷり。お腹も気持ちも満たされて、よーし、と再び歩く元気が湧いてくる。ちなみに5区は小説の中でもハイライトである。
*コロナ禍では中止しています
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富士屋ホテルが見えてきた。和風と洋風をごちゃ混ぜにし、明治の匂いをふりかけた独特の建築様式は、箱根の象徴の一つである。狭い歩道は歩けないほどの観客でごった返し、ともすれば車道に零れ落ちてきそうだった。(中略)どのカーブも小さく、先が見通せない。予想もしていない時に突然、相手の背中が見えてくる。
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私も坂道を7キロほど進み、標高874メートルの最高地点に到達。選手が風や寒さに苦しめられるのがこの辺り。その後は下り坂が続きゴール・芦ノ湖に出る。
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湖のほとりにあるのが、箱根駅伝ミュージアムである。ここでは100年以上の箱根駅伝の歴史を、写真や記録、各校のユニフォーム、ダイジェスト映像などで振り返ることができる。
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展示を見ていると、かつての箱根駅伝はワイルドなエピソードに溢れていることがわかる。レース中にふんどしのヒモが切れた選手がいたとか、寒さ対策で唐辛子を足袋に入れていたとか。どうしても箱根駅伝を走りたくて、大学に入り直した選手もいたというので仰天する。選手にとって箱根駅伝は人生そのものなのだ。
そんな展示物と同じくらい興味深いのが副館長の川口賢次さんだろう。子どものころから駅伝ファンで、中継などもない時代から独自に「箱根駅伝選手データ」を収集しメディアに提供してきた。いつしか趣味が高じ、副館長として駅伝の魅力を日々伝え続ける。
川口さんに何か思い出に残るレースはありますか、と聞いてみた。すると「ないですね、あえて言うなら全てです! このシーンがあのシーンがというわけではなく私にとっては全てが印象に残っています」。長年、客観的にデータ収集をしてきた人らしい答えに痺れた。
また小説『チーム』では、駅伝は個人の競技なのかチーム競技なのかという疑問もたびたび呈される。
「駅伝はチーム競技だぜ」
「それが変だって言うんだよ」(中略)
「それじゃ駅伝にならない」
「あのな、お前は精神的なものがどうこう言うけど、そんなの関係ないんだ。勝つとか言ってるのは勝手だけど、皆で仲良しクラブをやってたって意味ないんだぜ」
確かに、レースになれば選手はひとりきりで孤独に走るしかない。そこで今度は勝俣真理子館長に「駅伝はチーム競技なのでしょうか」という質問を投げかけてみた。
「それは、もうチームスポーツですね。たとえ9人が調子良かったとしても優勝できないこともあります。それが魅力でもあり難しいところ。毎年予想通りにはいきません!」
第99回大会を制するのはどの大学になるのか。今度こそ、温かいシチューでも作って、テレビの前にスタンバイしよう。改めて関東学生連合チームも要チェックである。*
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文=川内有緒 写真=荒井孝治
*こちらの記事は2022年12月20日発売のひととき1月号に掲載されたものです。第99回箱根駅伝大会では、駒澤大学が2年ぶり8度目の総合優勝となりました。連覇を狙う青山学院大学との一騎打ちと言われましたが、駒澤大学は往路優勝、復路は全ての区間でトップを譲りませんでした。また、関東学生連合チームで一区を走った育英大学の新田颯さんが序盤に独走して3位相当で2区にタスキをつないだことで、大きな注目を集めました。
川内有緒(かわうち ありお)
ノンフィクション作家。米国企業、パリの国連機関などに勤務後、フリーの作家に。『バウルを探して』(幻冬舎)、『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』(集英社インターナショナル)など著書多数。
出典:ひととき2023年1月号
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