見出し画像

「母性の怪物~田中沙羅(紗花)の半生~」『ハンチバック』オマージュ・スピンオフ小説<上>

※これは市川沙央さんの小説『ハンチバック』に登場した、風俗嬢・紗花の人生に焦点を当て、彼女の過去と行く末を想像して描いた作品です。
上、中、下、合わせて4万9千字程度の物語です。以下、本編が始まります。


 人の性的嗜好は本当に多種多様で驚かされる。特定のコスチュームフェチ、胸や脚など身体の一部フェチ、体臭など匂いフェチはまだかわいい方として、サディズム、マゾヒズム、窃視症、露出症、ペドフィリア(小児性愛)、ネクロフィリア(死体愛好)などハードな性的嗜好は精神的障害に分類されることもある。おそらく読書フェチの私は、珍しい性的嗜好の持ち主かもしれない。紙の本の愛好者たちのように、本の匂いやページをめくる時の感触、減っていく残ページの緊張感がたまらないという本自身に抱く愛情とは少し違う。本そのものに性的興奮を感じているわけでもない。本という存在と触れる度に私は、読書好きだった兄の姿、本を真剣に見つめる眼差しや、愛おしそうに本のページを進める横顔を思い出して欲情してしまうのである。つまり読書フェチというより、単なるブラコンなのかもしれない。
 
 シングルマザーの母が大学を中退して産んだ順兄ちゃんと私は、20も歳が離れていた。そのせいか、お兄ちゃんというより父親のように思える時もあった。つまり私は大好きな兄に父の面影も求めていたのかもしれない。私のことも一人で産んだ母は私に父親のことをついに教えてはくれなかったから。ただひとつだけ分かっていることは、兄と私の父親は同一人物ではないということ。異父兄妹の兄と私は容姿が全く似ていなくて、兄と知らぬ父親を重ね合わせることは無理があると分かっていた。読書フェチである前に私はブラコンであり、ファザコンなのかもしれない。
 
 私が生まれた時、大学生だった兄は、私が物心つく前からたくさん絵本を読み聞かせてくれていたらしい。私が覚えている一番古い記憶を辿っても、母ではなく、たしかに兄が読み聞かせてくれていた。私に本を読む楽しさ、読書の素晴らしさを教えてくれたのは、読書家の兄だった。私の本好きは確実に兄の影響で、兄がいなければ私が読書フェチになることはなかったと思う。
 
 熱心な紙の本の愛好家たちのように、別に電子書籍を非難したいわけではないけれど、できれば私も本は紙で読みたいタイプだ。兄が本好きだったからという理由だけでなく、タブレットやスマホが発するブルーライトが苦手で、紙で読むよりも目が疲れてしまうから。ブルーライトカットシートを貼るとか、ブルーライトカットメガネをかけるとか青い光を遮断する手段はなくもないけれど、そもそもデジタルが苦手でアナログ人間なこともあり、電子書籍より重厚感のある本の方が好きだった。
 
 母は読書家というわけではなく、ろくに本なんて所有していなかったけれど、三人で暮らしていた年季の入った古い戸建て住宅は、兄と私が集めた本に占領され始めていた。大学卒業後も自宅から職場に通勤していた兄は、定期的に自分の本を整理し、不要になった本は手放すこともしていた。一方、私は雑誌であっても捨てられず、本棚に収納しきれない私の本はダンボールに山積みになっていた。母子家庭のため経済的に困窮していたこともあり、お小遣いも児童書が1冊買える程度で、私は貴重なお小遣いもすべて本に投資していた。兄が社会人になると、兄は私に図書カードをプレゼントしてくれるようにもなり、買える本も増えていた。自分好みの本だけ集めた図書館を作りたいという小学生の頃からの夢は、大人になった今でも変わっていない。その図書館には大好きな兄の居場所もあるという前提で…。
 
 兄が読み聞かせてくれた絵本の中で好きだった本は、妖精や小人たちの物語だった。おやゆび姫、一寸法師、白雪姫の小人たち、ピーターパンのティンカーベル…。私は、姿は小さいけれど精神的にたくましくてヒーローやヒロインにもなり得る、小人や妖精の類が大好きだった。
 
 だから私は妖精や小人のようになるべく小さなままでいたかったのに、気づけば中学生になる頃には現在の身長と同じ、165センチにまで成長していた。身長155センチの兄を小学4、5年生の頃には追い越してしまっていた。私が兄より大きくなってしまった頃から、兄という存在が遠ざかっていく気がして、寂しさを感じるようになっていた。別に身長がどうのという理由ではなく、職を転々としていた兄が、介護士として仕事が忙しくなり始めていた時期と重なったこともあり、幼い頃と比べたら兄と過ごせる時間は減っていた。
 
 失って初めて気づく大切さなんて常套句があるけれど、兄と過ごせる時間が減れば減るほど、兄のことが好きという気持ちは増した。このまま仕事がもっと忙しくなったら、職場の近くに住むため、家から出て行ってしまうかもしれない。会えなくなるなんて嫌だと思ったら、私の好きという気持ちは兄を慕う妹の家族愛というより、女として男を好きになる異性に対する愛、つまり恋心なのではないかと自覚するようになった。客観的に見れば兄は、男性のわりに背が低い方で、顔も美人とちやほやされる私と違って冴えなくて、イケメンとは言えないし、おそらく年収もぱっとしないし、モテない男の代表格だというのに、なぜか私はそんな兄に恋していた。母が仕事で忙しくて、かまってくれない時も、兄だけはいつもやさしく接してくれて、本を読んでくれたり、勉強も教えてくれて、一緒の時間を過ごしてくれたから、私にとってはヒーローだったからだと思う。精神的にあまり余裕のない母より、兄が私を精神的にも支えてくれて、育んでくれた、かけがえのない人だと言える。子どもの頃、私に安らぎを与えてくれたのは、確実に兄だった。
 
 人より初潮が早くて、小2で大人になった私は、身長が伸びると同時に胸もどんどん大きくなった。中1になった頃にはすでにDカップの豊満な胸に成長していた。かわいくておっぱいが大きいと男子からモテていたけれど、兄のことか眼中にない私は、イケメン男子から告白されてもお付き合いすることはなかった。
 
 そんな思春期真っ只中の中1の終わり頃…。順兄ちゃんをおかずに自慰を覚えてしまった私は、気持ちを抑えられなくなり、母が夜勤で不在の夜、兄に告白した。
「順兄ちゃん…私…順兄ちゃんのことが好き。お兄ちゃんとしてだけじゃなくて、男の人として好きなの。だから私…お兄ちゃんとエッチしたい。初体験は順兄ちゃんがいいの。」
ノーブラのパジャマ姿で兄の部屋に入った私は、パジャマのボタンを外しながら、ベッドに横たわっていた兄に迫った。
「沙羅(さら)…何言ってるんだよ。おまえはかわいいし、きっと学校でもモテてるだろ?キモイ俺のことなんて考えるなよ。その好きはきっと錯覚だよ。長いこと一緒にいて、一番身近な異性が俺だったからってだけでさ。早く自分の部屋に戻って寝ろよ。」
私の誘惑なんてまるで相手にせず、私を子ども扱いする兄は布団をかぶってベッドに潜り込んでしまった。
「錯覚なんかじゃないよ。ほんとの気持ちだもん。私は順兄ちゃんのことが好き。だから、順兄ちゃんとの赤ちゃんがほしいと思ってる…。」
私は兄の布団をはぎ取って、ベッドの上に乗ると、半裸で兄の身体にまたがった。
「さ、沙羅、落ち着けって。何考えてるんだよ。百歩譲って、俺がおまえのことを異性として意識できたとしても、俺たちは血のつながった兄と妹なんだ。子どもなんて作れるわけないだろ?それに親子ほど20も歳が離れてて、俺はただのおっさんだよ…。若いおまえはこれからいくらでも恋愛できるんだから。そういうことは…本気で好きになった相手に、大人になったらお願いしなさい。」
兄は私の胸を布団で覆いながら、まるで駄々をこねる子どもをなだめるように言った。
「私は順兄ちゃんに本気なのに…ひどい。兄妹だから、結婚できないし子どもを作ってはいけないことくらい知ってるよ。でも…私はお兄ちゃんとしたいの。もしも…赤ちゃんができてしまっても、産まないから。ちゃんと堕ろすから。約束するから…それならいいでしょ?私は…順兄ちゃんの精子と私の卵子で、私の中で命を作る行為をしてみたいだけなの。順兄ちゃんのことを愛してるから…。」
兄のことを諦めきれない私は、布団越しに兄に抱きつきながらせがんだ。
「沙羅…それは愛なんかじゃないよ。ただのエゴだよ。殺される命がかわいそうだとは思わないのか?中絶する前提で妊娠したいなんて…おまえまで…同じこと言うなよ…。俺は沙羅のことを妹として愛してるから、おまえのことを女として触れることなんてできない。ごめん。」
そう言い放った兄は、決して私を異性として受け入れてくれることはなかった。
 
 中絶するから赤ちゃんがほしいなんて不謹慎なことを兄に言ってしまったのは悪かったと思っているけれど、今振り返ると、あの頃から兄の態度はおかしかった。一度やめたはずの施設で再度、働き始めたり…。どこの介護現場も人手不足だから、お願いされて再雇用されただけかもしれないけれど、兄は休みの日も家でぼんやり考え事をすることが多くなっていた。本の代わりに熱心にスマホをみつめて、何やら電子書籍のようなものを読みふけっている様子だった。私が知っている兄とは違う兄の気がして寂しくなったし、少し怖くなった。あの夜、兄との関係性を壊してしまったのは私の方だから、兄が変わってしまっても、私は何をしてあげることもできなかった。ただ側で、少しずつ変わりゆく兄をもどかしく見守ることしかできなかった。
 
 兄がその人を殺したと思しき夜も兄はいつもと変わらない様子で、いつもより少し遅めの時間に帰宅した。その夜も夜勤の母は不在で、私は兄に「おかえり。おにぎりで良かったら作っておいたから、食べて。」といつものように言うと、ろくに会話もせず、自分の部屋に戻り、本を読んでいた。間もなく、追いかけるように兄が私の部屋にやって来た。兄が私の部屋を訪れてくるなんてほとんどなくなっていたから、驚きと少しの期待を抑えきれなかった。
「どうしたの?順兄ちゃん。何かあった?」
「何ってわけじゃないんだけどさ…。沙羅のおにぎり、おいしかったから…。ありがとう。」
「えっ?もう食べたの?あっ、口元にご飯粒ついてるよ。もう少し落ち着いて食べればいいのに。順兄ちゃんは子どもだなぁ。」
私は兄の口元に一粒ついていた白米を指で取ってあげながら、微笑んだ。
「ごめん、ありがとう。沙羅のおにぎり…母さんのおにぎりと変わらないくらいおいしくなった。おいしかったよ。おまえもいつの間にか大人になったんだな…。」
「ほんと?お母さんのおにぎりと同じ味だった?それならうれしい。塩加減とか案外難しいんだよね。特に梅干しのおにぎりは梅自体に塩味もあるから…。」
明らかに様子のおかしい兄に不安を覚えた私は、空元気を装って明るく振舞っていた。
「あのさ…沙羅…。おまえに今夜中に話しておきたいことがあるんだ。母さんがいたら、ほんとは母さんに頼るべきことかもしれないんだけど…。まだ中2のおまえに聞かせる話ではないんだけど…。」
「順兄ちゃん大丈夫?私なら、もう中2だから多少のことなら受け止められるよ。だから私で良ければ何でも話して。何か悩み事?」
兄は思いつめた様子の顔を少し寂しそうにほころばせながら話し始めた。
「沙羅…ありがとう。実は俺…気になる人がいてさ…。好きになってしまった女性が。」
「なんだ、恋バナ?」
あの夜、とっくにフラれた私はこれから改めてフラれるのかと思うと、少し心がちくっと痛んだ。
「恋バナならいいんだけど…。彼女は井沢釈華さんという名前で施設の利用者さんなんだ。彼女のことは俺が担当していた時期もあって…。ミオチュブラー・ミオパチーという難病を患っていて、車椅子生活なんだ。寝る時は呼吸器も必要で、入浴も介助が必要。俺が…入浴の手伝いをしたこともある。」
「へぇ…そうなんだ。気の毒な人だね。」
気の毒と上辺で同情しつつ、よりによってそんな手のかかる人を好きになるなんて、そんな人より私の方を恋愛対象に見てよと腹の底では憤りを感じていた。
「別に、入浴の介助をして身体を見たからってわけじゃないんだけど、彼女のことが気になるようになって…。彼女の方も俺に興味を示してくれてさ。お願いされちゃったんだよ。」
「何を?」
「性交してみたいから、協力してほしいって。」
介護士にそんなことをお願いするなんて、その人どうかしてる。兄はやさしいから、何か弱みでも握られて、その女にたぶらかされているだけなのではないかと心配になった。
「…順兄ちゃん、協力したの?」
それ以上聞きたくない気もしたけれど、嫉妬心からものすごく知りたい気分にもなった。
「そういう難病の人って、関われる異性は限られているから、協力しようとは思ったんだけど…。彼女、先に飲ませてほしいって言ってきてさ。味を確かめたかったらしいんだ。俺の精液の味を。」
「それって…フェラしてもらったってこと…?」
私だって兄の味は知りたいのに、先に兄の精液を味わったなんてずるい、悔しい。そんな女より、絶対、私の方が魅力的なはずなのに。
「そういうこと。その時は、まだそこまで彼女を意識してなかったんだけど、フェラしてもらって以来、彼女のことが頭から離れなくなってさ…。それがきっかけで好きになってしまったんだと思う。」
「そんなに気持ち良かったんだ…。悔しいな…。私だってそれくらいのことなら、いつでもしてあげられるのに…。」
私は思わず本音を零しながら、兄の話を聞いていた。
「気持ち良かったっていうか…。たしかに気持ちは良かったんだけど、彼女、フェラが原因で誤嚥性肺炎を起こして入院してしまったんだよ。そうなるかもしれないって分かっていたのに、その行為に応じた俺が馬鹿だったと介護士として反省したよ。でも彼女は俺に殺されかけたというのに、懲りずに退院したら今度こそ性交してほしいとねだってきたんだ。俺も馬鹿だけど、彼女も馬鹿だと心底思ったよ。死にかけてまでやることじゃないのに…。彼女は命をかけてでもやってみたかったらしいんだ。そもそも性的行為に限らず、彼女の日常生活は些細なことも全部命がけみたいなものなんだけど。俺の精子に殺されかけた後は、俺の精子で妊娠して、中絶してみたいんだと。胎児を殺すために孕みたいって願望をまるで生きがいのように考えて、真剣に生きている彼女は、戯言みたいなことを本気で俺に訴えるんだよ。命がけでフェラして、命がけで俺と性交したいなんて思ってくれる女は彼女しかいない気がして…。ほだされてしまって…。」
あの夜、「おまえまで同じこと言うなよ」と兄が言い放った言葉の意味をこの時、ようやく理解できた。堕ろすから妊娠させてという文脈は同じだけど、言葉の重みは全然違う気がした。健常者の私はフェラや性交するくらいで死ぬことはないから。命がけじゃない分、弱者であるはずの障害者の彼女に負けてしまったんだと私は気づいた。
「フェラしたくらいで死にそうになるのに、性交なんてしたらほんとに死んじゃうんじゃない?性交しながら死ぬのってたしか名前があったよね…。」
「腹上死…医学的には性交死。」
「そうそう、腹上死。順兄ちゃん…まさかその人と性交しようとしてるの?しちゃったの?」
核心に迫ろうとする私をはぐらかすように兄はしゃべり始めた。
「俺も彼女のことが好きになってしまったから、したい気持ちはあるけど、彼女の病状を考えると気が引けたんだ。でも…彼女の方はできれば妊娠と中絶を生きて経験したいけど、性交して死んでしまったらそれはそれで構わないって。中絶を経験できなくてもせめて性交までは経験したいって。精子の味までは確かめたから、今度こそ、胎内に精子を排卵日に出してほしいって…。その夢を叶えてくれたら、お金をくれるとまで言ってるんだ。彼女、亡くなったご両親から多額の遺産を譲渡されていて、お金持ちだから…。」
「へぇ…排卵日まで把握してるなんて、その人もそれなりに本気で妊娠したいんだね。いくらくれるって言ってるの?」
「1億。正確には1億5500円くれるって。健常な身体の俺の身長分だってさ。」
「すごっ。そんなに順兄ちゃんにあげられるくらいお金持ちなんだ…。それで…その人としたの?するの?」
性交したのかしないのか、はっきり教えてくれない兄にしびれを切らしながらまた同じことを尋ねた。
「もし…仮に、彼女と性交するとして、行為中に何か彼女の身体に異変が起きた時、彼女が妊娠と中絶を望んだから、彼女に誘われて仕方なく応じたとは言いたくないんだよ。俺は彼女のことが好きだから。彼女のフェラの気持ち良さを覚えてしまったから、俺としては妊娠させるより、またフェラしてほしいから、彼女に生きていてほしいと願ってしまうし。もしも彼女と性交して万が一、彼女が性交死を遂げてしまうとしても、その時は、彼女の女性としての尊厳を傷つけたくないから、欲情した俺がただ性欲の吐け口として彼女とやりたくなって無理矢理犯したということにしようと思ってるんだ。弱者同士で似た者同士の彼女と俺には純愛なんて似合わないし。そもそも彼女の方は俺に対して恋心なんて抱いていなくて、性交して精子をくれそうな健常な男としか思っていなんだ。俺の片想いなんだよ。でも…彼女いわく、俺には邪心をもつ邪悪な田中さんのままでいてほしいんだと。私とのことをなかったことだけにはしてほしくないって。呼吸機能も果たせない私の口の中で、吐精したことは忘れないでって。」
「順兄ちゃん…その人のことがほんとに好きなんだね。でも私は順兄ちゃんが邪悪だなんて思ったことはないけど。」
私は家庭内で見せてくれる兄のやさしい顔と思いやりしか知らない。本当は邪悪な部分も秘めているのかもしれない。私の知り得ない、職場で覗かせる兄の裏の一面や内心を見抜いた彼女が羨ましいと思ったし、また負けたと悔しさを覚えた。
「働くってことは賃金という対価が発生することだから、多少は邪心も芽生えるよ。娼婦とかホストとかお金がないと買えない愛もあるしさ。彼女、読書家な上に、小説とかネット記事の執筆もしてるんだ。彼女の小説によると、彼女と似た境遇の女が自ら望んだ性交によって死んだ後は、男に首を絞められて財産を持ち逃げされるらしい。お金目的の男に。仮に男が俺みたいに彼女を愛していたら、お金目的でやり逃げしたことにするために、仕方なく強奪するんだと思う。妊娠・中絶志願の彼女に誘惑どころか脅迫されてやったなんて口が裂けても言わないようにするために、彼女の尊厳を守るために。弱者同士の愛とエゴを貫くためにね。」
「ふーん。その人も読書が好きな上に、いろいろ書いてるんだ。私もお兄ちゃんに読んでもらうために、がんばってネットで小説でも書いてみようかな。お兄ちゃんの彼女からお兄ちゃんを奪う妹の話とかね。妊娠中絶志願なら、私もその人と同じだし。お兄ちゃんを好きな気持ちなら負けないよ。順兄ちゃんと性交できるなら、死んでもいい…。」
健常者の私が命と引き換えになんて戯れ言をほざいてみても、もちろん兄の心の隙に入り込む余地もなかった。
「彼女は…本を持つ体力も乏しいから、基本、電子書籍を読んで、書いた文章もネットにアップしてるんだ。沙羅も読書家だから、作家になれるかもしれないな。沙羅が紡ぐ物語、楽しみにしてるよ。できれば、紙の本がいいかな。それなら、ネットができない環境でも読めるから…。」
「そうなんだ。うん、私も紙の本が好きだから、作家になれたら、まずは紙の書籍化目指すよ。」
いつの間にか話題が変わり、すっかり肝心な話をはぐらかされてしまった私は、もはや彼女との性交に関して兄から明確な回答を求める気にはなれなかった。
「あのさ、沙羅。今夜のおにぎり、ほんとに最高だったよ。それから…いろいろ、ごめんな…。」
「おにぎりくらい、またいつでも作ってあげるから、そんなに褒めないでよ。ごめんって、のろけを私に聞かせたこと?それともあの夜のこと…?」
兄はそれ以上何も答えようとせず、一瞬だけぎゅっと私をハグすると、私の部屋から出て行った。
 
 数日後、兄は強盗殺人容疑で逮捕され、1年後には強盗・強制性交等致死罪にて無期懲役が確定し、刑務所に服役することになった。強制性交ではない真実を知っているのは私だけで、控訴することもできたはずだけれど、愛を貫いた兄と兄に殺された女の心中を察すると公にすることはできなかった。
 
 私は兄を虜にし、兄に殺された女が書いたであろうエロ小説を「妊娠と中絶がしてみたい」、「中絶前提で妊娠したい」など検索をかけて、探し当てていた。内容が暗くて重いはずなのに、ユーモアがあって軽い文体も交えられている重度障害者という弱者の彼女が綴った小説に嫉妬した。五体満足で、少なくとも彼女よりは強者であるはずの私は完全に負けていると思った。フェラや性交に命をかけられない私は、彼女に敵うわけがなかった。彼女が紡ぎ出す、弱者の自身を忌み虐げ、強者を妬み蔑む、煩悩の反吐のような汚らわしい負の言葉たちの中には、宝石のように美しい光りを放つ本質を突くような涅槃の心が隠されていたから…。汚らしいものが孕む美しさに気づいたら、美人とかかわいいと上辺ばかりをもてはやされる私は彼女と比べたら空っぽの人間の気がした。彼女より自由に広い世界を行き来できているはずの私より、狭い空間でしか生きられない彼女の方が広い視野を持っていて、嘆きつつも、広い世界でたくましく生きているように感じた。彼女が紡ぐ物語の中には、彼女の居場所が用意されていて、彼女はちゃんと存在していた。障害者の上に、介護士に殺されてしまった弱者の彼女に世間が同情するように、私もそうすべきと分かっていても、彼女に対しては同情より嫉妬してしまった。何しろ弱者故に、自身が書いた小説のシナリオ通り、私の愛する兄の愛を独り占めできたのだから…。弱者どころか少なくとも私には完全に勝っている強者だった。こんなことを考えてしまう私は美人どころか心は醜いし、強者ではなく、むしろ弱者ではないかと思った。本当は弱者で、一生敵わないかもしれないけれど、亡き彼女の作品を目標に、私も何かを書いてみせると心に決めた。刑務所にいる兄の元へ届けるためにも、小説を書いて本を作ろうと…。そしていずれ、彼女が望んでも成し得なかった妊娠を果たし、彼女を負かそうと思った。私はそれくらいしか思いつかない馬鹿で弱い健常者だった。
 
 兄が逮捕され、無期懲役が確定すると、絶望のどん底から抜け出せなくなっていた母は私を残してさっさと自死してしまった。それは私が高校受験の合格発表日のことだった。大学在学中に妊娠し、大学を中退して兄のことを一人で育てることになった母は学歴にコンプレックスがあり、私が大学進学に有利な進学校の高校に入ることを望んでいた。兄が事件を起こすまでは。私が母の期待に応えられれば、母はまた生きる希望を見出してくれると信じて私は、殺人犯の妹と蔑む周囲の目も気にせず、受験勉強に専念し、母が願っていたはずの第一志望校に合格できたというのに、母はその結果を知ることなく、私が帰宅すると死んでいた。兄を恨むような母性の欠片もない遺書を残して…。その遺書には私の名前はひとつもなかった。一緒に死のうと心中を持ちかけてもらえなかった私はただ寂しかった。なぜかまだ死にたいとは思えない私は、母に一緒に死のうと誘われても、応じることはなかったかもしれないけれど…。

「順がこんなことを仕出かすのなら、私が先に愛する息子を殺せば良かった。中絶という殺人が合法的に許される期間のうちに、息子の命を始末しておくべきだった。そしたら順は苦しまなくて済んだはずなのに…。ごめんね、順。あの時、あなたの父親や母さんの両親や周囲の人たちからどんなに反対されても、母さんが頑なにあなたを産むと決めて産んでしまった…。母性が強くなりすぎて、おなかの中に宿ってくれた尊い命を守りたい一心だった…。それに中絶という体のいい殺人が怖くて、堕胎なんて考えられなかったの。でもこうなった今、あの時、中絶したくないと堕ろすことを拒み、母性に負けた母さんは愚か者だったと思います。すべての責任は、順を産み、この世に存在させてしまった母親である私の責任です。ごめんなさい。」

母はそんな遺書だけ残して、首を吊り、自ら呼吸を止めていた。ひとりで死ぬなんて無責任すぎるよ、お母さん。愛する息子の順兄ちゃんは、愛する女性の元へ行きたくても、この世から逃げずに、罪と向き合って生き続けているというのに…。
 
 最初から母は私より、兄のことを溺愛していたと思う。兄は初めて愛した男性との間に授かった子らしく、若かったからなおさら。私のことは、まさかできるとは思っていなかったらしい40歳という高齢で産んだ子だから、兄ほどは興味をもてなかったらしい。というか母は私を出産後、そのまま更年期に突入し、精神的に不安定になりやすくなっていた。
 
 いつか私は母が不安的な時に私のことをどうして産んだの?と尋ねたことがあった。そしたら母は遺書と同じ言葉を返した。「中絶したくなかったから。殺せるわけがないでしょ?お母さんは殺人なんてしたくなかったの。」と…。結局、私は愛ではなく、母のエゴで生まれてきたんだと思った。ウソでもいいから、あなたと会いたかったから、一緒に生きていたかったから、愛しているから産んだのよって言ってほしかった…。
 
 そんな母でも、私のために真面目に稼いでくれて学資保険も残してくれて、食事の準備など家事もこなしてくれた。特に母が作ってくれる梅干し入りのおにぎりは最高だった。兄も褒めていたけれど、母の梅干しおにぎりはどこのコンビニ、おにぎり屋のおにぎりよりおいしいと思う。友だちからは「おにぎりと言えば、ツナや鮭なのに、今時梅干しって珍しいよね。」と言われることもあったけれど、私は酸っぱくてしょっぱいあの味のおにぎりが母の味で、それが好物だった。
 
 兄は刑務所、母はあの世へ旅立ち、天涯孤独の身となった私は、母方の親戚の家に引き取られることになった。兄と母と三人で暮らした家から引っ越す際、すべての本を親戚宅へ運ぶことはもちろん困難で、兄との思い出の絵本や大好きな本を厳選して、他は泣く泣く古本屋に持ち込んだり、買い取ってもらえないものは処分した。こういう時、紙の本は不便だから、これからは電子書籍に乗り換えるべきかもと思ったけれど、こんなことになっても読書フェチとブラコンだけは健在の私は、兄のことを思い出せる紙の本にやっぱり執着した。そして高校を卒業したら働いて、処分してしまった本をすべて取り戻そうと誓った。
 
 ほとんど会ったこともなかった親戚の家で居候する肩身の狭い私は居心地の悪さを覚え、高校生のうちにパパ活を始め、親戚宅にはあまり帰らなくなった。親戚のおじさんは、殺人犯の兄と自殺者の母という訳ありすぎる家庭にいた私を当然、厄介に思っていたらしく、家に寄り付かなくなっても何も言われなかった。パパたちの家やホテルを転々としながら、学校にだけはかろうじて通っていた。パパたちからもらうお小遣いのほとんどはブランド物や服ではなく、読みたい本に消えていた。パパのひとりが所有していたロッカールームを一部屋借り、そこを増え続ける本の置き場にしていた。衣食住の何より、本が大事だったから。
 
 大学に進学してみたい気持ちもあった。けれど奨学金という借金を背負ってまで、大学で勉強する必要があるかというと、そこは疑問だった。私は単に、本が読めて、何かを書ければそれで良かったから、それなら大学に通わずとも、趣味の範囲でできることではないかと思うようになった。大学に通う資金があったら、それを書籍代に回した方が、よっぽど自分のためになるだろうと。
 
 私を特にかわいがってくれていたパパの中には、高校を卒業したら部屋を用意してあげるからと私が妾になることを望むおじさんもいた。大学に通いたいなら、学費だって援助してあげてもいいと…。条件は悪くなかったけれど、パパの所有物になり、パパに支配され、自由がなくなるのはイヤだと思った。高校生の私はまだそこまで落ちぶれてはいなかったらしい。書籍代を差し引いて、パパ活で少しずつ貯めていたお金を資金にして、卒業したら一人暮らしを始めようと決めた。パパたちとも縁を切って…。
 
 だから私は高校を卒業すると、パパたちと親戚宅から完全に離れ、早稲田大学の苦学生が住むような、新宿にある格安賃貸アパートを二部屋借りて、一部屋は本のみを置く部屋にした。そこそこの部屋の一部屋分にもならない家賃だったから、二部屋借りても問題なかった。私が信じられるものは、もはや人ではなく、本のみだった。私を生かし続けてくれる言葉や文章はいつも本の中でみつけた。読書さえしていれば、兄との幸せな時間も蘇り、この期に及んでまだ兄離れできない私は、本を読み耽る兄の姿を思い出しては、子宮を疼かせ自慰をし、脳内で兄と性交していた。私にとって読書は性的行為そのものだった。
 
 大学生というより、大学の図書館に興味があった私は、早稲田大学の図書館周辺を清掃する仕事に就いた。館内の掃除ができる日は特に足取りは軽く、モップを押しながら、膨大な蔵書のタイトルを横目でちらっと追いかけていた。いつかこんな図書館みたいに広い、本だらけの自分だけの空間を作りたいと子どもの頃からの夢が再燃した。仕事終わりには、大学生協に立ち寄って、食べ物を買うことがあった。そこでみつけた梅干しおにぎりがコンビニのものよりおいしくて、母の味に似ている気がして、毎回のように購入していた。
 
 そんな風に本に囲まれた一人暮らしにも慣れ始めた頃、一人のホストと出会った。名前は「瞬(シュン)」。源氏名にしては珍しくあまり浮世離れしてないし、親しみやすく、何より兄と似た響きの名前で、しかも身長も兄と同じくらいで150センチ台、私より低身長で長身ではないからこそ、惹かれてしまった。顔も兄がメイクしたらそんな感じになるであろう顔だったから、どストライクだった。つまりそんなにイケメンホストではないかもしれない。けれど話術が巧みなせいか、本担として彼を指名するお客さんが多かった。彼はそこそこ売れっ子ホストだった。その分、私はどんなにがんばっても毎日のようには会ってもらえなかった。書籍代より、本担にお金がかかるようになってからは、本番メインの性風俗店で「紗花(しゃか)」という源氏名で働くようになっていた。早大の図書館掃除だけは続けたかったから、週一でその仕事も掛け持ちしてた。風俗嬢の方がよっぽど稼げたけど、図書館清掃の方はお金目的ではなく、蔵書目的だった。
 
 兄に会えない今、兄とするかのように、シュンとの性交を楽しんでいたけれど、ガードの固い彼は決して生ではしてくれなかった。単なる客の一人の私が妊娠してしまい、店や他の客からの信用を無くすことは人気ホストとしては避けたいらしい。頼まなくても必ずゴムをつけるし、避妊は徹底していた。本当は…兄に似た彼との子を妊娠してみたいのに。血のつながった兄との子ではないから、シュンとの子なら中絶を考える必要もない。結婚も認知も求めるつもりはないし、一人で産んで育てる気持ちもあった。けれどそんな本音を彼に話したら、ドン引きされて会ってもらえなくなる気がしたから、妊娠願望が強いことは打ち明けられなかった。
 
 彼には精子がほしいとねだれなくても、幸い、働いているお店の客なら、喜んで、私に精子を提供してくれた。本当は…兄やシュンとの子がほしいけれど、この際、贅沢は言っていられない。例えばレイプされてできた子だとしても、父親がどこの誰か得体が知れなくても、私の子には違いないから、授かったら愛する自信があった。それくらい覚悟していれば、父親が一夜限りのお客さんでも構わないと考えるようになった。つまり精子は選り好みしないから、とにかく孕んでみたいと、21歳という若さ故に私は暴走し、本気で妊娠を願うようになっていた。
 
 だから毎日基礎体温を測って、毎月、自分の排卵日を把握していた。時には排卵予測検査薬なんかも試しつつ…。あの日もまさに排卵日どんぴしゃの日だった。普段は客とヤル度に必ずセペで膣を洗浄していたけれど、排卵日に限ってはあえてセペは使わず、客たちがぶちまける精子を私の中で泳がせ、競い合わせていた。

 うちの店では毎日、一体何人分の命の種が私たちの中に吐き捨てられるのだろう…。受精という使命を果たすことなく、ゴムの中で死んでいく精子が憐れだった。客の精子でもいいから妊娠したいと思えたのは、もしかしたら私の卵子が殺される理由なんてないはずの命の種を救いたかったのかもしれない。
 
 その日の一人目の客は「モンスターズインク」に登場する緑色のひとつ目モンスターのように目だけぱっちりしていて、全身緑色でコーディネートしていた小太りの男で、私はマイク(日本人)と心の中で命名した。
「紗花ちゃんって、上品で賢そうだし、すっごく美人でスタイルもいいし、キー局の女子アナみたいだよね。女子アナでも目指せば良かったのに、こんなところで嬢なんてもったいないね。おかげでこうして女子アナとやる気分に浸れる僕は幸せだけどさ。」
マイクが私の顔や身体を舐め回すように見つめながら言った。マイクは女子アナフェチなのかもしれない。お堅いニュースを読む時みたいな、スーツでも着てあげれば良かったかなと、すでにキャミソールのみで裸に近い私は思った。コスプレ店じゃないから、そこまでのサービスはできないけど。
女子アナみたいとは時々言われる褒め言葉?だったけれど、滑舌が悪くて実はしゃべるのが苦手な私はアナウンサーなんて最も向かない職業だった。特に「さ行」が苦手で、「さら」という自分の本名も言いにくい時があった。本担の「シュン」や源氏名の「シャカ」はまだ発声しやすい方だった。
「アナウンサーなんて、馬鹿な私には無理だから。私は自分の穴でお客さんのことを満足させられたらそれでいいの。難しい言葉とかよく分かんないし、私は喘ぐことくらいしかできないから…。」
「なんだ、紗花ちゃんって見かけだけで、実はお馬鹿さんなんだ?そういうギャップがある女の子、僕は好きだよ。顔だけ美人で、頭空っぽの子とか大好物。」
私は客に合わせて、自分の境遇をころころ変えて、状況に応じた役を演じていた。そういうのって、小説を書くことに少し似てる。けれど、いろんな役をこなしているうちに、本当の自分を見失ってしまいそうになる時もあった。
 マイクは好物だという私の顔にキスしながら、おっぱいを揉み出したものだから、私は「あんあん」喘ぐ演技を始めた。喘ぐって、しゃべるより簡単でほんとラク。無理して長文をしゃべって噛んで笑われるより、「あ…ん…い…イク…」とかうわ言みたいな言葉を時々ハートマークつけて、適当に発してればいいから。風俗嬢の仕事は私にとって天職かもしれないと思っていた。
 本が好きという理由だけでなく、清掃業もあまりしゃべる必要がない仕事だから、図書館清掃も続けられていたのかもしれない。読書も、読み聞かせでもない限り、声を出す必要はないから、私に向いているのかも。兄が愛した亡き女のようにはまだうまく書けないけれど、書くという行為も、言葉を口に出す必要がないから、好きだった。発音しにくい言葉も、タブレットに入力するだけだから、脳内ではしゃべることを楽しめた。
 そんなことを考えているうちに、マイクはさっさと私の穴に自分の肉棒を突っ込んでいた。
「すごい…紗花ちゃんの穴…すっごくいいよ…。やりまくってるわりによくしまるね。かわいい上に名器なんて最高。」
「あっ…んっ…お客さんのも大きくて硬くて気持ちいいですっ。あっ…はん…。」
フェラとか全身舐めてとか言われなかった分、ラクな客だった。正常位で喘いでいればいいだけの性交ってほんとラク。
「はっ…はっ…紗花ちゃんは中出しオッケーなんだよね?気持ち良すぎて、もう長くもたない…出すよっ、イクっ。」
排卵日であろうこの日、一人目の客の精子を私の穴はおいしそうに飲み込んだ。ちょっと量が多くて、膣から零れてしまっていたけれど…。
 
 二人目の客は、赤ら顔で毛深い中年男だったから、私はガチャピンの相棒のムックと名付けた。ムックはたしか雪男の子どもという設定だったな。
「紗花ちゃんはかわいいですなぁ。それに素敵なおっぱいですぞ。」
「~ですぞ。」って語尾の口調は本当にムックみたいだと内心、笑ってしまった。
「ありがとうございます。」
ムックはキスを求めることなく、すぐさま下着を脱いで自分の陰茎を出すと、フェラを求めた。
「ここに私の子種がたくさん入っているんですぞ。今日は全部紗花ちゃんの身体の中にまき散らしたいですぞっ。」
ムックはどうやら「ですぞ」が口癖らしい。鼻息を荒げながら、私の口に子種が入っているというそれを突っ込んだ。子種はおそらくまだ竿の部分にはないだろうけど。
「ん…んっ…お客さんの…どんどん大きくなってく…。」
私は客の竿を舌でれろれろ舐めながら、玉を手で揉んでいた。
「あっ…あっ…紗花ちゃん、すごい…いいですぞっ。玉も気持ちいい…。」
玉がいいというので、私は一旦竿から離れ、玉を口にやさしく含んだ。
「お客さんのここに…赤ちゃんの種がいっぱい入っているんですね…。」
「あっ…んっ…そうですぞ、そこに今日、紗花ちゃんにあげる子種がたくさん入っているですぞっ。」
玉を口で吸ってあげた後、竿に戻ってフェラし続けていると、ムックは口内に射精した。
「すごい…お客さんの濃いです…。こんなにいっぱい…。」
私は一度口を開いてそれを見せると、ごっくん飲み干してあげた。とてもおいしいものとは思えないけど、客を興奮させるためにしてあげることが多かった。
「はぁはぁ…今度は…紗花ちゃんの下のお口にも子種を出したいですぞ。」
抜いたばかりだというのに、すぐにまた勃起し始めたムックは私の乳房を揉み、乳首をコリコリいじりながら、膣に陰茎を突っ込んだ。
「あっ…んっ…。はぁ…。あ…。」
ラクな喘ぎタイムを満喫していると、ムックはおっぱいを揉みしだきながら、うんちくを語り出した。
「紗花ちゃんのおっきなおっぱいを揉んでると…紗花ちゃんが観音菩薩のように見えますぞ。煩悩まみれの私を慈母のように慈悲深い心で包み込んで、癒して救ってくれるような…。釈迦が菩薩として修行を積んで仏陀になることを知っていますかな?」
演技による私のアへ顔が観音さまのようだなんてムックはどうかしてる。妊娠したいと思っているから、慈母にはなりたいかもしれないけど、別に菩薩や仏陀になりたいとは思わない。客とヤルことは修行に近い行為ではあるけれど。私が紗花という名前だから、お釈迦さまの話をしたのかな。
「私が観音さまのようだなんて、うれしいです。慈母のようにお客さんのことを紗花のおっぱいでいっぱい癒やしますね。釈迦と菩薩と仏陀って同じ人だったんですね。お客さん、物知りなんですね。素敵です。」
私に褒められ気を良くしたムックは抽送しながら、さらに新たなうんちくを語った。
「知ってますかな…?果物の種は毒のあるものが多いんですぞ。青梅、さくらんぼ、りんごの種なんかは砕いて大量に食べてしまうと、中毒を起こして死んでしまう人もいるらしいですぞ。だから子種以外はなるべく飲み込まないようにした方がいいですぞっ。」
知ってる…。球根とか未熟なジャガイモの毒ほどメジャーじゃないけど、たしか未熟な果実の種には「アミグダリン」って毒性のある成分が含まれていることが多いらしい。でも私は当然、知らないフリをしてあげた。
「はぁ…あん…お客さんってほんと物知りなんですね。知りませんでした。フルーツを食べる時は種に気をつけます。」
「今日、菩薩の紗花ちゃんが身体でごっくんしていいのは、私の子種だけですぞっ。うっ、出るっ…。」
うんちくを語って満足したムックは私の膣内に子種をまき散らした。二回目のわりに量は多かったと思う。
 
 三人目は「アラジン」のランプの魔人・ジーニーみたいな、青白いわりに上半身だけはムキムキであごに無精ヒゲを生やした仏頂面の男だった。ジーニーだから私は彼をジニオと命名した。愛想がなさそうに見えたジニオは大人しい客かと思いきや、耳フェチらしく、おもむろに私の耳の中をれろれろ舐め始め、どぶのような口臭を放ちながら言った。
「俺さぁ…こう見えて、素人童貞なんだよね。素人相手だと緊張しちゃって。でも紗花ちゃんみたいな子が素人だったら、がんばれるかもしれない。」
ジニオが素人童貞っぽいのは容姿や所作で分かるから、わざわざカミングアウトしなくてもいいのにと思いつつ、私は笑顔を振りまきながら言った。
「えーそうなんですか?信じられないです。お客さん…すごく耳を責めるのが上手だから、彼女さんにもしてあげてるんだろうなって思ってました。」
「ほんとにねぇ…紗花ちゃんが彼女ならいいのに…。」
ジニオは私の耳元でそんなキモイことを呟きながら、ふーっと耳の穴に息を吹きかけた。
「あん…それ…すごく、ぞくぞくしちゃいますっ。私…耳も好きだけど、ヒゲで首元とか胸元をじょりじょりされるのも好きなんです…。」
嬢のくせに、奉仕ばかりだと疲れてしまうので、責めるのが好きそうな客にはあえて受け身になり、おねだりすることもあった。何もしなくて済むから。
「そうなの?ヒゲが好きなら、俺のヒゲで紗花ちゃんのきれいなおっぱい犯してやるよ。」
素人童貞とか弱音をこぼしていたジニオは急に強気になって、私の胸を揉みながら、私の首元に顎を近づけて何度もこすった。
「あ…ん…気もちいい…ぞくぞくします。」
「そんなに気持ちいいか?じゃあこのまま入れてやるよ。」
初めてシュンとお泊りした時、朝になるとヒゲが生えていて、その顎で触れられた時、ドキっとして快感を覚えて以来、ヒゲフェチになっていた。いつもは完璧なメイクでヒゲなんか見せたことのない彼が無防備な姿で隣にいてくれたことがうれしかっただけかもしれないけれど。とにかく私は、ヒゲで責められると本担を思い出せるから、本当に気持ち良くなることができた。どんなブサ客であっても。
 ジニオは青ヒゲで私の胸をじょりじょりしながら、挿入を繰り返し、中出しした。いつも思うんだけど、責めるのが好きな人ってある意味、奉仕してることになるから、よっぽど乱暴でない限り、根はやさしい人かもしれないなんて思う。
 
 そして四人目は黄色気味でノッポのミニオンみたいなキモ男だったからミニオと名付けた。ミニオの前では早稲田大学の文学部に通っていて、卒論を書いている大学生を演じた。早大の図書館を掃除しているから、早稲田大学に通っているのはほんとのことだし。行為の最中、兄が女の人を殺して、刑務所に入っていることも話した。私の中に精子を吐き出した後、服を着ながらミニオが突然、言った。
「紗花ちゃんは…ALSって知ってる?」
私が知っているそれはひとつしかなかった。少しだけ胸騒ぎがした。
「筋萎縮性側索硬化症のことですか?」
「さすが、早女は賢いね。」
「ALSがどうかしたんですか?」
悪い予感を覚えた私はミニオに尋ねた。
「実は俺にも兄がいたんだよね。40歳でALS発症して、45歳で死んじゃってさ。だから俺、素人相手には中出しできなくて。彼女がいた時も、怖くなってできなかった。ALSって残酷な病気だからさ。良くなることはなくて、一度発症したら、進行するだけだから…。その点、紗花ちゃんみたいな嬢なら、ちゃんとピル飲んでるし、リング入れて避妊してる子多いから安心で、つい…頼っちゃうんだよね。」
中出しした後に告白する話ではないだろと突っ込みたくなる気持ちを抑えて、冷静に返した。
「そうだったんですか…お客さんのお兄さん、お気の毒でしたね。私はピル飲んでるので安心してください。我慢してる分、たまには中出ししたくなることありますよね。」
ピルを飲んでるなんて嘘だったから、急に不安になってきた。妊娠したくてお客さんたちの精子を受け入れていたけど、もしもミニオの子を妊娠して、産んだ子がALSを発症してしまったらと考えると、恐ろしくなった。
「ほんとそうなんだよ。無性に女の子の中に子種を出したくなる時があってさ…。死に際の男って性欲高まるらしいね?死ぬ前に子孫を残そうとするんだって。人だって結局、他の動植物と同じだから、余命が長くないと分かったら、子孫を残したい本能が強まるんだろうね。俺もそのうち兄と同じ病気を発症して、あっけなく死んでしまうかもしれないし。」
ミニオは寂しそうに笑って、もたもた服のボタンを掛け違えていた。
ミニオの話が本当なら、私の母も、閉経の足音が忍び寄っていた時期、卵子が最後の悪あがきをして、私という命を生み出そうとしたのかもしれない。
 
 排卵日のその日、私が受け取った精子は、ぱっちりお目目で緑色の装いのマイク、ですぞ調で毛深く赤ら顔のムック、口臭がひどい無精ひげで青白いジニオ、のっぽで黄色い肌のミニオという四人分だった。ミニオとしたのは最後だったから、たぶん、妊娠するとしても一番乗りのマイクか二番手のムック辺りだと思う…。万が一、二人の精子が機能していないとしても、ジニオがいる。ジニオの精子が強ければ、ミニオの精子が入り込む隙はないはずだ。私は誰の精子でも構わないと妊娠を望んでいながら、心のどこかで、ALSのような発症したら死を待つしかない病気を患ってしまう子の親にはなりたくない、障害者だけは産みたくないという思いが芽生えてしまった。
 

#物語 #小説 #オマージュ #スピンオフ #ハンチバック #市川沙央 #紗花 #風俗嬢 #妊娠 #中絶 #過去 #ブラコン #読書 #本 #精子 #創作大賞2023 #オールカテゴリ部門 #排卵日 #性交 #母親 #母子 #親子 #胎児 #堕胎 #パパ活 #ホスト #妊娠願望 #中絶願望 #母性 #母性の怪物 #命 #心拍 #鼓動 #つわり #エコー写真 #煩悩 #シングルマザー #親馬鹿 #母心 #女の人生 #母親の生き様  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?