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!AIl rights reserved 心の中にさみしがりやの虎がすんでいる styska se mi po tobe

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マガジン

  • 絵日記

    肩肘張らずに描いたものを掲載します。 気まぐれなのでそのうち消したりもとに戻したりします。あまり深く考えていないです。自分と自分の交換(絵)日記みたいなものです。xは利用規約改訂でよくわからないことになっておりよくわからないので今後はnote中心にあげていこうと思います。 AIl rights reservedです。転載、ai学習不可 開設:2024/11/03

  • エッセイ・日記

  • 映画鑑賞記録

最近の記事

【絵日記】11/11

最寄りの駅のお手洗いには個室が3つ並んでいる。わたしは2番目の個室を選んだ。1番手前は最も利用頻度が高そうだし、1番奥の個室は最も謎めいていて、何か恐ろしいことが行われた後のように感じられたから。そういえば、花子さんがいる個室は、3番目の個室だった。 音楽を聴いている時は裏拍をとっていることの方が多いし、横断歩道は引かれた白線を跨ぎながらわたる。 右側の奥歯で噛んだら、同じ分だけ左側の奥歯を使う。お化けのことを話す時は、頭の中で謝罪の言葉を浮かべる。美容院にあまり行きたくな

    • 【絵日記】11/10

      今日も楽しくかけました。本当はもっと色々描いたのだけど、中途半端なものばかりなので、取り急ぎ数枚だけアップロードします。でも、たくさんのストック、とっておきがあるみたいで安心する。 週末は出会いの尊さを実感した。人と会うたびに、環境に生かされているな、与えられてばかりだなと強く思う。はやく恩返しできたら嬉しいです。そのようにして鼓舞されて、ほら、また与えられてしまった。 日々、自身の実力不足がいやになります。何においても、自分にしかできないことなんてあらず、たいていのことは

      • 【絵日記】11/6

        今日も楽しくかけて嬉しかった。不思議、絵を楽しめる日を迎えられたことが嬉しい。ずっとこの調子でいられれば、もっと嬉しい。言うべき言葉はただいまなのか、それとも、おかえりなのか。 ただいまはひとりでも呟けるけど、おかえりは、ひとりごとでは意味を成さない。帰ってきてくれる誰かの存在があって、はじめて成立するのだ。 わたしはおそらく、おかえりを言う側にある気がする。大切な存在がどこかへ行ってしまったら、その帰りを待つことしかできない、寂しい。とはいえ、うちを留守にしたら、相手の帰

        • 【絵日記】11/5

          今日もちょっとだけだったけど楽しく描けました。よかった。 (絵というやつは)帰宅を待っててくれているわんちゃんなのかな。 今日も本当は色々考えたけど、あしたがすぐそこにまできているので、公表はまたの機会に繰り越し。そう考えると、人の記憶(海馬?)は次元や空間、時間を超越するエレベーター、あるいはタイムマシーンみたいだ。 今日も1日お疲れさまでした。またあしたもがんばりましょう。

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          8本
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        記事

          【絵日記】11/4

          今日も楽しく描けました。 楽しく描けると安心する。わたしが絵をまだ好きなのだと再確認できる。これからもずっとそうであればいいなと思います。わたしが続けているのは確認作業なのかもしれない。自分のこころとずっと問答している。基本的に、絵は取捨選択の繰り返しです。その対象には、表現のみならず、人生におけるさまざまな思索、問題も含まれている。 季節はすごいと思った。好きな気候、好きな日差し、好きな気温、好きな時間の経過の仕方、それだけで1日を生きる理由になる。 最近のわたしは歩行

          【絵日記】11/4

          【絵日記】11/3

          肩肘張らずに描いたものを掲載します。 気まぐれなのでそのうち消したりもとに戻したりします。あまり深く考えていないです。自分への絵日記みたいなものです。xは利用規約改訂でよくわからないことになっておりよくわからないのでnote中心にあげていこうと思います。 今日はのびのびかけてすごく良い日になりました。こんな日がこれからもたくさんあるといいな。描きながら下の記事のことを考えた。

          【絵日記】11/3

          すべて拾い上げる必要はないということ

          今日の気付き、すべて拾い上げる必要はないということ。 ここのところ、絵に対するやる気がひとしおで、とても嬉しい。人、出会い、意思、光景、さまざまな要因から、たくさんの刺激をうけています。自分を、生活を、未来を、他者を、世界を、信頼(≒期待)してよいのだと、安心している。変化をもたらした学びを言葉で表すと、単純に、傷つくことを恐れないこと。 ただ、絵に邁進せんとすると思う気持ちと表裏一体に存するのが、頑張りすぎてはいけないという保守的な気持ち。 というのも、使命感や義務感が創

          すべて拾い上げる必要はないということ

          melanfollia

          日照時間が短くなった。風が冷たくなった。空気が緊張感をはらむようになった。以前よりも品のある自然の所作に心を奪われ、秋の陰りの気配を知った。 今日すれ違う澄んだ風は、堅牢な身体を空孔から吹き抜け、太陽の光線も届かないような、胸の奥底に張り詰めた琴線を振動させる。 四季のうちで秋は2番目に好き。1番に好きなのは冬。クリスマス、お正月、誕生日、豊満な催しを背負い込み、頼りなくたわむ枯れ枝の姿が浮かぶ。 しかしながら、やけに印象的で、心にしっとりと吸いつくような、なんとも形容しが

          melanfollia

          保湿したあとの肌に触れたら、幼時にすり合わせた母の頬の肌理を思い出した。 記憶の中の母親は未来に私を置き去りにする。その一方で、もっと先の未来からは私としての母親が近付いてくる。

          保湿したあとの肌に触れたら、幼時にすり合わせた母の頬の肌理を思い出した。 記憶の中の母親は未来に私を置き去りにする。その一方で、もっと先の未来からは私としての母親が近付いてくる。

          唾を吐いても一人

          自戒を込めて。自分の文章を読んだからなのでしょうか。きっかけは定かではありませんが、作品のなかに滲み出る作者の自我は白々しい、先日ふとそんな考えが頭をよぎりました。 どんな媒体でも共通するのですが、よりよく見てほしい、よりよく評価されたい、そうした虚栄心に依る情報が作品のなかに混在すると、作品そのものに不要な緩急が生じてしまい、結果的に作中世界に非合理性や澱みをもたらすことになり得ます。 自分の書いた文章にも、当然そのような背伸びした表現を認めることができます。noteでも

          唾を吐いても一人

          小宇宙逍遥

          最近は近所の古本屋で新書を漁ることが楽しい。汗牛充棟な本の山から、105×175のあの平べったい造形を探り当てる。そうして巡り合った1冊が『シュルレアリスム 終わりなき革命』(酒井健著、中央公論社、2011年)だった。 近頃は西洋美術史、なかんずく19世紀末から20世紀における美術史への関心が昂じており、関連書籍に挑戦しています。そういうわけで、もれなくこちらの図書も私の大切なブックシェルフへと収納されることになりました。 思えば、奇しくも今年はシュルレアリスム生誕100周

          小宇宙逍遥

          2024年6月制作まとめ

          表題のとおり、2024年6月までの主な制作物と包括的な所感まとめ。記録用に。 いつか、記録は個人の歩みを裏付けて人生における浮標の役割を果たす、とか、生の記録はその時にしかないから逃しては惜しい、とか、そんなふうなことをあれこれ考えていたが、その理念は依然心に健在である。数年前から鑑賞・読書記録を習慣付けている理由もそこに依る。 とはいえ、創作に関する所感をまとめるのは初めて、今期は特別な時期だったのでめずらしく総括する。いずれ将来の自分の気を少しでも晴らすような読み物として

          2024年6月制作まとめ

          『ファウスト』【映画鑑賞記録#10】

          ヤンシュヴァンクマイエル監督・脚本作品、『ファウスト』を鑑賞。チェコの鬼才と謳われるヤンシュヴァンクマイエル。彼の作品のうち最も有名なのは『アリス』(1988)だろうか。 あらすじは、ゲーテの『ファウスト』とはおおよそ異なる。原作が救済で終演するのに対し、こちらの『ファウスト』は悪魔の勝利で幕を閉じる。 また、主人公ファウストの悪道も強調されていない。原作の主題はそのままに、現代におけるファウスト博士の苦悩を描いているような印象。 というわけで、内容は極めてシンプル。ただ、そ

          『ファウスト』【映画鑑賞記録#10】

          去年見た夢

          うたた寝していたら、子供がいる夢を見た。 でも、その子供の記憶一切が頭から抜け落ちていて、名前さえ思い出せない。罪悪感でいっぱいだった。 家に届いていた封筒を確認したら、送り先は小学校だった。どうやら翌日から新学期が始まるようで、春休みの宿題が封入されていた。子供の名前が思い出せない。 優太だった気がして、その場にいた母親に優太のことを尋ねたら、「優太って誰?」「子供の名前すら忘れたの?」、そう難詰された。願太だったらしい。 2階の願太の部屋に入って、宿題のことを話した。申し

          去年見た夢

          背中に生えた羽根について考える

          スピッツの「僕の天使マリ」、その曲中のワンフレーズについて、数年前からながいこと考えている。 私は、こちらに背中を向けたマリが肩甲骨を見せている情景を想像していた。 時刻は午後の23時ごろで、消灯した薄暗い部屋に差し込む街灯の明かりが、マリの背中の輪郭をなぞる。 マリは、背中に天使の証が刻まれているらしい。 私にとって、肩甲骨は翼。ふたつの逆三角形を搭載した胴体は、腰にかけてなだらかに狭まっていく。そうして描かれる曲線を綺麗だと思う。 イカロスを宙に浮かべたような、蝋の双

          背中に生えた羽根について考える

          『青いパパイヤの香り』-熟れを愁ふ-【映画鑑賞記録#8】

          トラン・アン・ユン監督作品『青いパパイヤの香り』鑑賞。1994年の日本公開に一年先立ちフランスで初公開。監督は出自をベトナムとし、12歳のころにフランスへ移住したそう。作品から漂うパリ風の気品はそうした背景によるものなのだろうか。 人心が紡ぐ繊細な人間関係、洗練された美術が印象的。さらに、目を引くのは異国情緒に富んだベトナムの風情。植物、インテリア、調度品に反映されており、自然と調和した品の良い雰囲気に心が躍る。 奥ゆかしい世界観と同様に、起伏が目立たない穏やかなストーリー

          『青いパパイヤの香り』-熟れを愁ふ-【映画鑑賞記録#8】