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#61「なぜ協力は難しいのか――ゲーム理論が暴く国際政治のカラクリ(ゲーム理論#4)」

政治や外交の世界には「協力すれば全体として大きな利益を得られるはずなのに、相互不信や短期的な打算によって裏切り合いの状態に陥り、結果的に皆が損をしてしまう」構造が頻繁に見られる。ゲーム理論で広く知られる「囚人のジレンマ」は、まさにそうした状況を描いたモデルだ。囚人のジレンマにおけるナッシュ均衡は、多くの場合「(裏切り、裏切り)」の組み合わせになりやすいとされるが、現実には必ずしもそこにとどまらず、協力関係を維持し続ける事例もある。ここでは、政治・外交レベルで生じる囚人のジレンマを整理し、代表的な事例を列挙したうえで、どうしてナッシュ均衡が(裏切り、裏切り)に落ち着きがちなのか、そしてなぜそうならないケースも存在するのかを考察する。

 囚人のジレンマとナッシュ均衡の基本構造

囚人のジレンマは2人(あるいは2国)のプレイヤーが「協力(Cooperate)」か「裏切り(Defect)」のいずれかを選ぶシンプルな構造になっている。利得のパターンは以下のような形で示されることが多い。

• 2人(2国)がどちらも協力すると、両者にとって中程度以上の利得が得られる(社会的にはこれが最良)。
• 一方が協力し、もう一方が裏切ると、裏切った側が大きな利得を得て、協力した側が大きく損をする。
• 両者が裏切ると、互いに中程度以下の利得しか得られない。

協力が互いにとって望ましいにもかかわらず、相手が裏切るかもしれないという恐怖や、裏切って得をしたいという打算によって、最終的に(裏切り、裏切り)に落ち着く。これが囚人のジレンマにおけるナッシュ均衡の特徴だ。ゲーム理論が示唆するのは、短期的・一回限りの状況だと「裏切る方が得」という戦略が優勢になりやすい、という点にある。

 軍拡競争:安全保障上の囚人のジレンマ

国家間の軍拡競争は典型的な囚人のジレンマとして論じられる。相手が軍備を抑制する中で自国が軍拡すれば安全保障上の優位を得られる。相手も同じように考えるため、結局は両者が軍拡を選び、多大なコストをかけてしまう。

冷戦期の核兵器開発競争が代表例とされるが、近年はロシアのウクライナ侵攻をきっかけとしたNATO諸国の国防費拡大、日本の防衛増強方針、北朝鮮の核・ミサイル開発など、軍拡の連鎖が各地で進んでいる。

実際の国際ニュースでも「相手が軍備を増やすなら、こちらもやむを得ない」という流れを確認できる。結果的に多くの国が(軍拡、軍拡)のナッシュ均衡を選ぶことになる。

 移民政策:難民受け入れを巡る負担の押し付け合い

EU域内で長年議論されている難民受け入れ策も、囚人のジレンマ構造を色濃く帯びる。「他国が積極的に引き受けてくれるなら、自国の政治的リスク(国内世論の反発や財政負担)を避けたい」という思惑が働く。どの国も同じ考えになれば、(拒否、拒否)あるいは(制限、制限)という形で、最終的に難民への救済措置が滞り、国際社会全体の人道的問題が深刻化する。実際にイタリアやギリシャに到着する移民・難民が集中し、ハンガリーやポーランドなどは強硬拒否の姿勢をとるニュースが後を絶たないのは、まさに囚人のジレンマ的な状況が生んだ結果といえる。

気候変動対策:排出削減のフリーライダー問題

CO₂など温室効果ガスを削減するにも同様の構図が見られる。世界規模で二酸化炭素を減らさなければ地球温暖化は進行し、長期的には大きな損失につながると広く認識されている。しかし、排出削減には経済コストがかかり、他国が真剣に削減するなら自国は規制を緩めたいと思うのが人情だ。相手が削減してくれれば、ただ乗りで環境面の恩恵を享受できるからだ。結果的に(削減しない、削減しない)あるいは「公約はしても実効性に乏しい」という状態がナッシュ均衡となりやすい。COP会議やパリ協定での合意があっても、締め付けの弱さゆえに実質的な削減が遅れる場面が繰り返し報じられている。

貿易摩擦:保護主義と自由貿易のジレンマ

自由貿易が長期的には互いに大きな利益をもたらすとされるが、目先の国内産業保護や選挙への配慮から高関税を課す誘因が生まれやすい。「相手国が関税を下げても、自国だけ維持すれば一方的に得をする」と考えると、両国とも最終的には(保護主義、保護主義)の道を選び、貿易量が減少し世界経済全体が損をする。米中貿易戦争では半導体やハイテク分野の規制が続き、さらに欧米の保護主義的政策が報じられるなど、ニュースは保護関税の応酬を示している。これこそ囚人のジレンマにおける典型的なナッシュ均衡(裏切り、裏切り)だと捉えられる。

サイバー安全保障:相互監視と軍拡競争

サイバー領域も同様の構図だ。相手国がサイバー攻撃能力を拡大するなら、自国も対抗手段を持たなければ脆弱性を突かれる。実際、米国がサイバー軍を設立し、中国やロシア、北朝鮮もサイバー攻撃を国家レベルで行うニュースが増えている。秘匿性が高い分、核兵器以上に相互査察が難しいため「相手の真の能力がわからない」という疑心暗鬼がいっそう強い。結果、(攻撃能力拡大、攻撃能力拡大)が安定してしまう。このナッシュ均衡を脱する方法が確立されていないことも問題だ。

抜け駆けを巡る制裁:ロシア制裁の事例

一国に対して制裁を行うとき、足並みを揃えないと大した圧力にならない。だが、他国が制裁するなら、自分だけ貿易や投資を続けて安く利益を得ようとする誘惑が強い。ロシアによるウクライナ侵攻後に欧米諸国が加えた対ロ制裁に対し、中国やインドなどがエネルギー取引を拡大し、ロシア産原油を割安で輸入しているニュースは顕著な抜け駆け例だ。結果的に制裁効果が薄まるので、全体の戦略が機能しにくくなる。多国間合意の欠如が「(抜け駆け、抜け駆け)」を生む囚人のジレンマの姿となって表れる。

ナッシュ均衡にならなかった事例 (1) モントリオール議定書

フロンガス(CFC)によるオゾン層破壊を抑制するために採択されたモントリオール議定書は、「もっとも成功した国際環境条約」と呼ばれることがある。多国間でフロン削減に合意した結果、オゾンホールは回復傾向を見せている。ここでは、協力しない(フロン削減をしない)ことによる抜け駆けメリットが代替フロンの普及によって大きく削がれ、制裁規定も存在した。さらに皮膚がんリスクなど、誰もが被害を受ける恐れが比較的近い将来で認識され、(協力、協力)型の合意が世界的に実行された。

ナッシュ均衡にならなかった事例 (2) 南極条約と平和利用

南極大陸は軍事的・資源的な潜在性がありながらも、国際社会は南極条約で平和的・科学的利用を宣言してきた。相手が抜け駆けして軍事利用や資源開発に乗り出せば大きな利益が得られる可能性がある一方、コストが莫大で地政学的にも遠い。国際世論の強い非難に遭う恐れも高い。長期的な科学研究の場としての価値を共有してきたことから、いまなお共同利用体制が維持されている。ここでは(軍事開発、軍事開発)に移行するメリットが低く、協力が続く結果となった。

ナッシュ均衡にならなかった事例 (3) ITERなど大規模国際プロジェクト

核融合エネルギー実用化をめざすITERは、多数国が参加して膨大な費用と技術を分担している。一国で核融合炉を完成させるのはほぼ不可能なレベルのコストと難度であり、抜け駆けによる利益はほぼ存在しない。一方で、プロジェクト全体が成功すれば将来のエネルギー革命につながる。こうした仕組み上、(費用拠出、費用拠出)のパターンが存続している。国際的な信用や科学的成果の期待などが絡み、協力しない戦略の魅力が限定的になっている事例だ。

ナッシュ均衡にならないための条件

これらの例が示唆するのは、以下のような条件があるとき、(裏切り、裏切り)のナッシュ均衡に陥る可能性を下げられる、あるいは脱却できるということだ。
1. 裏切りへの強い制裁・報復措置
監視体制や具体的なペナルティ(貿易制限など)がはっきり整えられている場合、抜け駆けのメリットが相殺されやすい。
2. 技術・経済的に抜け駆けが困難
南極のように莫大なコストがかかる領域、あるいはITERのように単独での成功が見込みづらいケースでは、裏切るより協力に乗ったほうが得だと考えられる。
3. 長期的な繰り返し関係
いわゆる「繰り返しゲーム」の文脈で、裏切れば今後の協力機会を失う。国際宇宙ステーション(ISS)などで役割分担をしている国が離脱すれば、プロジェクト自体の成果から弾き出される懸念がある。
4. 国際社会の強い世論・評価
南極条約やモントリオール議定書では「人類共通の財産」を守るという理念が大きく、裏切ると国際的非難を浴び、政治・経済面での信頼を失う可能性が高い。

まとめと示唆

政治や外交の舞台で囚人のジレンマ型の競合は至るところに存在する。軍拡競争、移民政策、気候変動対策、貿易戦争、サイバー攻撃能力の拡大、国際制裁の足並みなど、新聞やテレビ、オンラインメディアで日々報じられる国際ニュースの多くが「協力すれば全体利益は大きいのに、疑心暗鬼と短期的打算から裏切りに傾く」という図式をはらんでいる。こうしたケースでは、ゲーム理論が示す通り、(裏切り、裏切り)が安定化しやすいナッシュ均衡として現れる。

一方、モントリオール議定書や南極条約、ITERのように、現実の国際社会でも(協力、協力)の状態を実際に築いてきた分野がある。このような成功例は、「裏切りのメリットを削る」か「協力しないことのコストを高める」か、あるいは「長期の信頼関係と国際的評価」を重視する仕掛けが機能している点に注目したい。協力が持続すれば全体利益が増えるだけでなく、自国にとっても長期的にはプラスになる可能性が高まる。そこで必要なのは、各国が繰り返しゲームとして相互関係を認識し、「今この瞬間だけの打算」ではなく「将来的な利得の最大化」を考える態度を育てることだ。

囚人のジレンマの理論とニュース事例を照らし合わせると、理想的には(協力、協力)をめざす国際枠組みがあちこちで論じられるが、政治的現実は甘くない。核兵器やミサイル技術が発展するサイバー軍拡競争、ロシア制裁をめぐる抜け駆け、あるいは保護主義の波などは、依然として(裏切り、裏切り)への強い傾斜を見せる。ただ、過去を振り返れば、完全に裏切り合い一辺倒にはならず、必要に迫られて協力体制に舵を切る動きが一定数存在してきたのも事実だ。

抜け駆けの欲求を抑え、相手に協力を求めるためには、条約や国際機関が機能し、違反すればそれ相応のペナルティが発動する制度的裏付けがいる。いかに(裏切り、裏切り)が安定的であっても、繰り返しゲームの文脈や強固な監視メカニズムが作用すれば、各国が渋々ながら協力を選ぶ可能性が高まる。つまり、囚人のジレンマを永遠に悔やむしかないのではなく、その構造を理解したうえで、どれだけ抜け道をふさぎ「協力が最適な戦略」になるよう条件を整えられるかが重要になる。

政策立案者や国際交渉の担当者にとって大切なのは、ゲーム理論が教える「ナッシュ均衡の宿命」を認識し、それをいかに変えていくかという発想を持つことだ。協力したほうが全体的に圧倒的メリットがあるのに、それを妨げる要因がどこにあるのか、抜け駆けを抑えるシステムをどう設計すればいいのかを突き詰めていく必要がある。モントリオール議定書の成功や、南極での比較的平和な利用体制が示すように、政治の世界であっても(協力、協力)が実現することは不可能ではない。

囚人のジレンマ構造を知ることは、ニュースの背景を理解し、国際社会がとる戦略的動向を洞察するうえで大いに助けとなる。協力がうまく働くのか、あるいは裏切り合いのデッドロックに陥るのかは各国の思惑や合意形成の巧拙に左右されるが、その根底に「互いに不信がある場面では裏切りこそ最適化しやすい」というゲーム理論的メカニズムが潜んでいる。今後も外交の最前線では、(裏切り、裏切り)のナッシュ均衡をいかに回避するかという課題に取り組む努力が続いていくだろう。

 リファレンスノート

ここでは、“なぜナッシュ均衡の(裏切り, 裏切り)にならず、(協力, 協力)やそれに近い状態が維持されているのか” を、いくつかの具体例を挙げて解説します。


1. モントリオール議定書(オゾン層保護)

事例の概要

  • 1987年に採択されたモントリオール議定書は、フロンガス(CFCsなどオゾン層破壊物質)の生産・消費を規制・削減する国際条約。

  • すべての国連加盟国が参加している事実上“全地球規模”の取り組みであり、**「もっとも成功した国際環境条約」**と称されることが多いです。

なぜ「ナッシュ均衡の“裏切り”」に陥らずに済んだか

  1. 明確かつ短期的に見える“損害”が存在

    • オゾン層破壊が進めば、皮膚がんや農作物被害など、比較的“直接”かつ“近い将来”にリスクが及ぶ。

    • 「他国がフロン削減してくれるなら自分は続けてもいい」という発想よりも、「そもそも自国民も危険にさらされる」という認識が高まりやすかった。

  2. 代替物質が比較的早期に普及

    • 新冷媒など実用レベルの代替技術が開発され、移行コストはあったが、産業界が“儲からない”わけではなかった。

    • “抜け駆け”してフロンを使い続けるメリットが相対的に小さくなった。

  3. 厳格な報告・監視体制+漸進的な削減スケジュール

    • モントリオール議定書は、先進国・発展途上国で削減スケジュールを段階的に設定し、違反すれば貿易制裁を含む強力な措置があり得ると明示。

    • 「裏切り」に走る場合のデメリットが大きく、国際的にも監視されやすかった。

結果

  • フロン削減が進み、オゾンホールは徐々に回復傾向が示されています。

  • モントリオール議定書は**(協力, 協力)** 型をほぼ世界中で実現する珍しい成功例といえます。


2. アンタルチカ(南極)条約

事例の概要

  • 1959年に署名された南極条約では、南極大陸を「平和目的のみに利用」することが取り決められています(軍事利用や資源開発を原則禁止)。

  • 現在では50を超える国が参加し、科学研究の場として南極大陸を共同利用しています。

なぜ「軍拡・資源獲得」の争いにならないか

  1. 地理的・経済的要因

    • 南極は遠隔地で環境も厳しく、大規模な資源開発や軍事施設を置くメリットが低い(費用が莫大)。

    • 「抜け駆け」して大きな利益を得られるほど簡単な場所ではない。

  2. 国際世論・科学コミュニティの強い意見

    • 「南極は人類全体の財産である」という理念が広く共有され、科学者コミュニティの国際的連携が強い。

    • 万が一どこかが軍事利用や資源開発に乗り出せば、国際世論の強い反発・政治的コストが想定される。

  3. 繰り返し型ゲームの側面

    • 南極観測は長期的・継続的な共同研究が前提。1回裏切れば、今後の国際共同プロジェクトに参加できなくなるリスクが大きい。

    • “長期の関係”が裏切りの動機を抑える働きをしている。

結果

  • 南極地域は大規模な軍事衝突や資源紛争に巻き込まれず、国際協力の成功例として位置付けられることが多い。

  • これは**(協力, 協力)** が比較的安定して実現しているレアケースといえるでしょう。


3. ITER(国際熱核融合実験炉)など大型科学プロジェクト

事例の概要

  • ITER は、核融合エネルギーの実用化を目指す国際協力プロジェクト。欧州連合(EU)、日本、米国、ロシア、中国、韓国、インドなど複数主体が参加して進行中。

  • 1つの国では負担しきれない莫大なコストと高度な技術が必要なため、各国が協力しないと計画が前に進まない。

なぜ「費用負担を渋る=Defect」にならずに済んでいるか

  1. 一国では到底実現困難な大規模技術

    • 核融合研究は数兆円規模の予算を要し、単独での成功確率が低いため“協力せざるを得ない”

    • 抜け駆けしたところで、実験そのものが成立しない可能性が高く、大きな成果(将来の核融合エネルギー)を逃すことになる。

  2. 明確な分担率と契約

    • 参加各国が「○○を作る」「○○%を負担する」など、かなり詳細な役割分担を定め、裏切った場合に国際的な信用を失うリスクが高い。

    • “手を抜く(費用を払わない)” ことで得られるメリットより、将来の科学技術的・経済的見返り(核融合の実用化)を失うリスクのほうが大きい。

  3. 政治的メリットも大きい

    • ITER参加国は「最先端の科学技術プロジェクトに貢献する国」という国際的な評価を得やすい。

    • 世界的にメンツを失うかたちで抜けられない事情があり、これが協力を後押ししている。

結果

  • ITERは費用超過や開発の遅れがありつつも、参加各国が完全に脱退してプロジェクトが崩壊することは今のところ回避されている。

  • こうした巨大国際プロジェクトは、(Defect, Defect) よりも (Cooperate, Cooperate) が実現しやすい仕組みが組み込まれている好例です。


4. 一部の軍縮・軍備管理条約(例:米露間の戦略兵器削減条約)

事例の概要

  • かつての米ソ(米露)間では、SALT条約(戦略兵器制限交渉)START条約(戦略兵器削減条約) などが締結され、一定の戦略核兵器数を制限してきた。

  • 近年は条約の停止や離脱もあり動揺しているものの、数十年にわたり軍備管理が機能した時期もある。

なぜ“完全な軍拡競争(Defect)”にならない時期があったか

  1. 核抑止が究極の相互破壊バランス

    • 核戦争は双方が“絶滅的損害”を受けるため、「軍拡を進めすぎても相手を出し抜くことは難しい」という認識があった。

    • ある程度の核兵器保有で相互抑止が成立し、“数を増やすほど圧倒的優位になる”わけではない特殊状況。

  2. 相手が裏切れば自国も報復できる

    • 冷戦期から相互監視・偵察衛星による情報収集が進み、秘密裏の軍拡に気づけば制裁や対抗が可能。

    • 長期的な繰り返しゲームの中で「裏切りコスト」が高くなった。

  3. 国際世論・経済負担の重さ

    • 当時、核軍拡レースが経済的に過大な負担となり、ソ連の崩壊要因の一つに挙げられるほど。

    • “これ以上核を作っても得るものが少ない”との計算から削減・制限に応じた。

結果

  • 冷戦期〜2000年代前半までは、(完全ではないにせよ)軍縮合意に基づいた「抑制」的アプローチがあり、(Defect, Defect) だけには陥らなかった面もある。

  • ただし近年は条約の破棄・停止も目立ち、また「新しい軍拡競争」の兆しが出てきているのが懸念点。


共通点:なぜ「ナッシュ均衡(裏切り, 裏切り)」にならずに済むか

  1. 強い監視・制裁・報復の仕組み

    • モントリオール議定書の“貿易制裁”、米露核合意の“監視衛星+報復”など、「裏切れば損害が大きい」仕組みがある場合、(裏切り, 裏切り) の誘惑が減る。

  2. 技術的に“抜け駆け”が難しい / コスト高

    • 南極開発やITERのように、単独行動のコストが大きすぎる or 実現性が低い場合、協力が得策となる。

  3. 長期的関係が前提(繰り返しゲーム効果)

    • 大型プロジェクトや軍縮条約での継続的検証など、長期にわたる協力を破綻させることは、将来の損失も大きい。

    • “将来の協力の利益”>“今の裏切りの利益” と感じさせる仕掛けが重要。

  4. 世論や国際社会の評価( reputational cost )

    • 南極条約やITER参加のように、抜け駆けすると国際的な信用やブランドイメージを大きく損なう場合、(協力, 協力) が維持されやすい。


 リファレンスノート

  • Axelrod, R. (1984), The Evolution of Cooperation. Basic Books.
    相互協力がどのように生まれ得るか、繰り返しゲームの枠組みを分析した古典的な著作。政治・国際関係にも応用しやすい。

  • Schelling, T. C. (1960), The Strategy of Conflict. Harvard University Press.
    国際政治における戦略的交渉や抑止論、ゲーム理論を用いた分析の先駆け。

  • SIPRI (2023), SIPRI Yearbook 2023: Armaments, Disarmament and International Security.
    世界の軍事支出や軍備管理のデータを網羅しており、軍拡競争の実例を把握するのに役立つ。

  • FAO (Food and Agriculture Organization)
    漁業資源の乱獲データなどを公表し、海洋資源管理における囚人のジレンマ構造の定量的裏付けを提供している。

  • UNHCR (United Nations High Commissioner for Refugees)
    世界的な難民・移民数の統計を公表。移民政策の囚人のジレンマを議論する際の一次情報源。

  • OECD
    法人税率や多国籍企業の課税に関するデータを公開し、グローバル・タックス競争の現状を確認できる。

  • パリ協定(COP21)
    気候変動対策での国際合意。各国の削減目標設定が「協力vs.フリーライダー」をめぐる現実的なケーススタディとなる。

  • モントリオール議定書 (1987)
    フロン削減に成功した事例として、ナッシュ均衡にならなかった顕著な例。

 専門用語解説

  • 囚人のジレンマ(Prisoner’s Dilemma)
    2者が互いに協力すれば利益が大きいにもかかわらず、相手を信用できない状況では裏切りを選択してしまいがちなゲーム理論上の典型例。政治や経済、日常の意思決定に広く応用される。

  • ナッシュ均衡(Nash Equilibrium)
    各プレイヤーが相手の戦略を所与として最適行動をとったとき、そこから誰も一方的に戦略を変えようとしない安定状態。囚人のジレンマでは「(裏切り、裏切り)」がナッシュ均衡になる場合が多い。

  • フリーライダー(Free Rider)
    他者の協力がもたらす便益を享受しながら、自らはコストやリスクを負わずに済まそうとする行動。気候変動対策や移民受け入れなどで顕著になる。

  • 繰り返しゲーム(Repeated Game)
    囚人のジレンマを一度きりでなく何度もプレイするモデル。長期的関係を考慮することで、短期的な裏切りメリットより信頼形成の重要性が高まり、協力が実現しやすくなる場合がある。

  • 軍拡競争(Arms Race)
    対立関係にある国どうしが軍事力を増強し合う現象。囚人のジレンマ構造に陥りやすく、高コストと緊張関係が生まれる。

  • 制裁(Sanction)
    国際社会が特定国に対して経済・外交上の圧力をかける手段。各国が足並みをそろえないと制裁効果が薄れ、抜け駆けによる利益を生む囚人のジレンマを引き起こす。

  • 最低法人税率(Global Minimum Tax)
    OECD/G20が合意に至った「法人税率を一定以上に抑える」国際ルール。法人税引き下げ競争(底辺への競争)を避けようとする試み。

  • ITER
    国際熱核融合実験炉プロジェクト。多国間で巨大な予算と技術を分担して進めるため、一国では実現困難な核融合研究を進めている。裏切っても得られるメリットが小さいため協力関係が保たれやすい好例。

  • モントリオール議定書(Montreal Protocol)
    1987年に採択されたフロン規制の国際条約。フロン削減を国際的に成功させた歴史的条約で、囚人のジレンマの脱却に成功した事例と評される。

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