『”どうか“してる』 平日の昼下がり、そっと裏山に忍び込むとやにわに成長した立派な立木にわしっとしがみついた。 ーーと、呼吸するたび自分の全身がその立木に染めあげられていくのがわかった。 「やはりこれだ!」 そう意識下で叫んだ瞬間、自分が完全に自然の一部となったことを悟った。
寝て起きたらザリガニになっていた。無論、腰を抜かすほど驚いたが抜かしたというよりは海老のように素早くバックステップを踏んでいた。いや、そもそも大前提が間違っていたのだ。僕らは最初から人間なんかじゃなかった。有象無象のザリガニが人間として生きている長い夢を見ていただけだったのだ。
その薄汚い聖域で俺は奴が出てくるのを待ち続けた… 数時間に及ぶ張り込みが功を奏した 俺の粘り勝ちだ キリキリッとさしこむ急激な腹痛 奴だ!奴がすぐそこにいる だが姿はまだ見えない どうした早く来い キリキリキリッ! 更なるさしこみ ゥッ! 今度のは強い ーー来るっ…!
『ヤマダノオロチ』 「おーい山田ー、野球しにいこうぜー」 「うん」 のそりのそり…カプッ… 「!? …オロチは連れてくんなよ。またボール飲み込まれんだろ。てかおまえ頭からがっつり咬まれてんぞ。 大丈夫なのか?」 「うん。連れてけってことだと思う」 ジー… 「こっちみんな」
「お空さんも悲しいことがあったんだね」 娘のリウが降り始めた雪を見上げて呟いた。 「どうしてそう思う? 」 「リウもお母さんが死んで悲しかったときハサミでお手紙たくさんチョキチョキしたもん」 私も空を見上げた。群青色の夜の底に細切れになった真っ白い手紙がただしんしんと降り続いた。
『視姦』 クラゲのパンティを下ろしながらいやいやと身悶え恥じらうその顔をじっと眺めた。触手をくねらせ懸命に抵抗しようとするのを乱暴に払いのけ、一気にずり下ろす。さらけ出された下腹部がプルプルと震えている。クラゲから微かに漏れ出た吐息をすかさずなじり、舐めるようにして視姦し続けた。
自分の人生は自分で選び取ったもの。そう思っていた。実際はどの街で生まれ、育ち、誰と出会い易く、どんな生活を望み暮らしていくか、恣意的に操作された選択肢の中から選ばされていただけだった。つまり我々は誰かが仕込んだ茶番の中で生きていたに過ぎない。互いが互いのエキストラとして。
タイムカプセルではない。それは昔の俺が未来に向けて埋めていたものではないのだ。入っていたのは数十年先の“未来”から“今”の俺に送られたメッセージだ。「お前がこれを読むことを俺は知っている。お前の犯罪はそのままでは失敗する。下に書いた名の人間も始末しろ。必ずだ」両親の名だった。
冬。段ボールを食してきたが噛み応えだけではどうにも空腹が満たされなくなった。手近にあった設営用のガムテープとビニールテープも試した。くちゃくちゃ噛んでいると臭いこそきついものの思いの外満足感があった。だがまだ足りん。寒すぎる。隣のテントに仲間が寝ている。人はまだだったな。
【ほぼ百字小説】各駅の月光列車で“指野原”に降りると見渡す限り白い指がはえていた。よく見るとうっすら透けており、血管や関節のようなものが見える。歩くと程よい弾力があり、一歩一歩が軽く浮き上がってしまう。まるでどこかへ運ばれているような感覚。いや、実際に運ばれていたのだ。首野原へ。
『弟』 「ヒロユキッ!!」悲鳴に近い叫び声だった。母に抱きつかれ背骨が軋んだ。カッターが手から落ちた。 三つ下の弟がいた。いつも俺にまとわりついて可愛い半面鬱陶しくもあった。あの日、森で「かくれんぼしよ」と言ったとき置き去りにすると決めていた。三日後、溜池で弟の遺体が見つかった。
深夜。マンション3階の自宅にふらふらで辿り着いた。だが鍵が合わないのかドアが開かない。仕方なく呼び鈴を鳴らし、妻を待った。起きる気配はない。ガチャガチャとノブを強く回して音を立ててみるが変化はない。諦めてどこかで暇でも潰すか、とエレベーターに乗り込み気が付いた。そこは4階だった。
毎日一個ずつ月が増え、ついにあと一個で空が完全に埋まる。七個目までは皆騒いでいたけれど、百個目くらいからはたまに見上げて会話するくらいになった。千個目ではもう飽きられていた。ところが空が半分以上埋まり出した時パニックと暴動が起き、人類はあっけなく滅んだ。それでもパズルは完成した。
【ほぼ百字小説】あ、来た――というのはすぐにわかった。机の上に広げっぱなしにしていたノートにペタペタと足跡がついたからだ。ちょっとした間があり、次の瞬間棚の上の埃が舞った。ジャンプもできるようだ。それはしばらくあちこち嗅ぎ回り、今は恐らく私の頭の中にいる。こいつは一体なんだろう?
『再生』 ずっと妙だとは思っていた。毎日飽きずに同じ朝食を食べ、同じ笑顔で見送られ、一秒の狂いもなくご近所さんと挨拶をかわし、働いて家に帰る。必ず同じハプニングに遭い、ギリギリで解決し、完璧に同じタイミングで感動していた。 だが、妻の笑顔にノイズを見つけた日、僕は全てを理解した。
傷つかなかったと言ったら嘘になる。勝手に好きになって勝手に諦めただけなのに。妻子がある人に言い寄るつもりなんてこれっぽっちもなかった。でも気がついたら貴方の優しい声、匂い、しぐさ、そしてそのひやっとした冷たい手。全部を愛しいと思ってた。でも……もう諦めます。 ただの猫に戻ります。