「200字の書評」(362) 2024.6.25
こんにちは、お元気ですか。
急に夏が押し寄せてきた、そのように感じさせる気温と湿度です。2週間遅れの梅雨入り。季節感が曖昧になっている昨今ですが、春と秋がはっきりしないのが不気味です。季節には季節の感覚と風情があったものです。
さて、今回の書評は私たちの大好きな書店についてです。
三宅玲子「本屋のない人生なんて」光文社 2024年
出版不況という逆風の中であえて書店経営に挑む11人を、その志とともに綴っていく。本に拘り自分のテーマに沿った選書をする、商品の幅を広げる、地域のたまり場を作る、読書会を主宰するなど多角的な試みがなされている。庄原市の「ウィ東城」の佐藤の言葉「一冊一冊本には言霊が宿っている」に私は感動を覚えた。雄図半ばで挫折し撤退を余儀なくされる書店もある。それでも言霊を信ずる書店主がいる限り本屋は生き続けるのである。
<今月の本棚>
内田樹「街場の米中論」東洋経済新報社 2023年
不思議の2大国をウチダ流に解明する。アメリカにはいまだにテンガロンハットかぶり、大型ピックアップトラックを駆って銃を携行し、西部劇の世界にいるようなマッチョがいる。先住民を駆逐し、独立戦争を戦った武装市民の心性が引き継がれているのだ。傑作西部劇「シェーン」「リバティ・バランスを射った男」にその暗喩を見る。米中という新旧宗主国の成立過程と歴史への洞察なしの盲従を戒める。残念なのは米中論と銘打ちながら、ほぼ米国論であったことであろうか。刺激を受けたのか西部劇が観たくなり、DVDを引っ張り出して「OK牧場の決闘」「墓石と決闘」を観る。何度も観ているのだが、製作者と監督の性格なのかあまり心に響かなかった。西部劇にも思想性が必要なのだろうか。歴史の綾に無頓着なのか?
森本あんり「教養を深める」PHP新書 2024年
物知り、世知に長けている、故事来歴に詳しい、高学歴など教養(及び教養のある人)のとらえ方受け止め方は千差万別。著者はリベラルアーツこそ教養の本体であると記す。知らないということをしる、己の及ばなさを自覚する、何かを解決するのではなく解決できないことがあり、それを深めようとする、そこにこそリベラルアーツの意義があると説く。すぐに役立つ知でなくても、探求しようとすることを尊ぶのである。早期の英語教育よりも国語、つまり母語で考える力を養うべきとも提言している。大学における教養教育の軽視への危機感は、共有したい。著者の「反知性主義」(新潮選書)と併せて読むのをお勧めする。
伊藤孝「日本列島はすごい」中公新書 2024年
「ニッポンすごい!」と声高に連呼するテレビや書籍が目につく。本書はそれと趣を全く別にする。地球史にのっとり大陸の形成と変動、それが日本列島の特質にどうかかわったのか。地球内部の動きと形成過程は地表の表情と性格を規定し、ひいては生物の発生進化にまで影響したと指摘する。人類史であり文化史であり民俗学としても読める。すごいの意味は終章で著者が明らかにしている。「日本列島が安定大陸であれば、それでよいのかもしれない。(中略)ここは『慈悲深い列島』である一方で『危険な列島』でもある。一言でいえば『すごい列島』となる。」と。
飯山陽「イスラム教の論理」新潮新書 2018年
やはり異界である。八百万の神々に囲まれ、寺院神社のいずれにも手を合わせる。山、巨石、滝などもご神体として崇める。そんな我々にはイスラム教の論理は理解しがたいのが現実である。異教徒は征伐の対象であり、西欧型民主主義は敵対物として否定、女性の地位は低く性的対象としてはばからず、コーランこそが最高法規である。現実に存在し人口増の著しいイスラム世界を理解し、共生するための程よい間隔とは奈辺にあるのだろう。宗旨を奉じそれに殉じるのは自由であり、他教徒が否定することはできない。されど共存をするハードルは高いのか低いのか。困惑が広がる。
【水無月雑感】
▼ 6月の異称に涼暮月があるスズクレヅキと読み、いかにも爽やかな風が紫陽花を揺らしているような感が漂う。でもこの頃の高温からは、別な読み方「炎陽」の方が似合いそうだ。茅屋の庭で雨に生き生きしているのは額紫陽花(ガクアジサイ)花言葉は謙虚、散歩道で気になるのは墨田の花火という品種。色も様々で、この土地は酸性かなアルカリ性かなど考えつつ楽しんでいる。
▼ いつもと違う散歩道、畑の中を歩いていると「チッチ、チッチ」とヒバリの鳴き声。見上げるとなわばりを主張して中空に浮かんでいた。なわばりといえば、越辺川堤防沿いの道で久しぶりに「ギッツ、ギッツ」という雉の声を聴いた。長らく耕作放棄されている広い草むらで何度も聞いた声。近頃聞こえなかったので、健在ぶりが何ともうれしかった。いつの間にか空き地が消え建売住宅が立ち並び、雑木林と草地が減少する傾向は顕著。生き物たちの安住の地は何処に。
▼ 都知事選挙が公示され50数名が届け出をした。ポスター掲示板がピンチだという。選挙を自己顕示欲を満たす場にする輩、掲示板のスペースを売る不心得者など常識では理解しがたい事態が発生している。法の隙間をついて金を得ようとするのだろうか。自由に政治信条を訴え支持を求めるところに民主主義の基礎がある。法の不備を逆手に取って、身勝手な行動をするなら監視と規制強化を招き、自由が失われる。権力は自己肥大の欲求がある。それを結果的に後押しするかのような行為は厳に慎むべきである。民主主義の中に潜むファシズムと独裁制への危うさに敏感でありたい。
▼ 都知事選についてもう一言、現職の緑のタヌキは自己顕示と売り込みがことのほかお上手。東京都の出生率は0.99%、全国最低レベルであり、格差の拡大も深刻である。論語に曰く「巧言令色鮮し仁」とある、口先の上手い人、見かけの良いばかりの人に誠実さはないのだ。この言葉がピタリ。しかも学歴詐称を指弾されている。エジプト政府によって糊塗されているが、首都のトップが他国政府に借りを作っていては、政治的経済的な恩返しを迫られかねない。エジプトはクーデターによって成立した軍事政権。いわばエージェントとして活動せざるを得ないのでは。裏金自民党の萩生田とべったり、変節の常習者に信頼はなし。
▼ 鹿児島県警の不祥事が明らかになっている。ストーカー行為など度重なる県警職員の不法行為を本部長が隠蔽したとして、退職した元幹部職員がジャーナリストに詳細を知らせ、公表を依頼した。それを追跡したネットメディアに県警は家宅捜査に入り、告発した元幹部を逮捕した。問題の一つは内部告発者の保護がなされるべきであるのに摘発したこと、次にメディアにガサ入れをしたことなど権力を不当に行使していることである。警察検察という権力機関は絶対的上下関係の下、すべて内部で完結する体制。不祥事や間違いはないとかばいあう体質を色濃く持ってる。冤罪を認めないのもそこにある。許しがたい権力意識がそこにはある。裁判所も内部通報者への逮捕状、メディアへの捜索令状の交付など警察に追随した安易さは見識を問われる。大手メディアは腰が引けているのか大々的に報じていない。権力監視はメディアの基本的役割ではないのか。記者クラブ制度に安住して権力と同化し寄生する習性は度し難い。
☆徘徊老人日誌☆
6月某日 悲報が舞い込む。友人よりの電話で、鹿嶋の内野安彦氏の逝去が伝えられた。以前体調の不良で大学の講義を辞する旨のの電話をもらっていたが、まさかこんなに急にとは驚愕する。ともに敬意を持ち、図書館と本について語り合う(時にはクルマ談義で盛り上がる)盟友であった。塩尻市立図書館に館長として招かれその中興の祖であり、図書館実務に通暁し研究者としての見識と実績は余人の追随を許さぬものであった。「あった」と過去形で語らねばならぬのがやり切れぬ。数多い著作はすべて送ってくださった。彼の学識と目配りの確かさ、根底にある感受性の豊かさが行間から伝わってくる。最晩年の著作『図書館人の言葉のとびら』では彼が意義深いと評価し、大学の講義で題材にした先人の文章を幅広く紹介している。それには適切で節度ある彼らしいコメントが付されている。巻末に彼の要請による私の駄文が掲載されている。人間性豊かで本と図書館を愛し鹿嶋に格別な思いを抱き続けた、それが私の内野安彦論である。その夜、彼が私の古稀の祝いに贈ってくださったビールグラスにビールを満たした。それには《library of life / special thanks / mr若園》と彫ってある。『風蕭蕭として易水寒し 壮士ひとたび去りて復た還らず』と史記の一節が浮かんだ。歴史上の意味と情景は違うものの、彼の勁烈な生き方に壮士の面影を見る。一代の傑物である彼との別れがたさ故。合掌
6月某日 いとこの命日、もう3年になるのだ。独身故寂しく死んでいった彼の墓に花を供え手を合わせる。錦糸町の駅から歩いて約15分、東京大空襲で焼け野原になった旧本所地区にあるお寺。墓地の片隅には煤にまみれた仏像が数十体安置してある。お寺を後にしてもう20分ほど歩き、亀戸天神をお参りする。60年ほど前に大学合格を祈願し、子供たちも受験時にはお参りをした。社殿には赤ちゃんを抱いた家族連れが数組、お宮参りのようだった。藤はすでに終わり、太鼓橋のかかる池のそばには紫陽花が重たげに揺れていた。名物の葛餅を買って帰る。
6月某日 釧路市立博物館のI川学芸員より分厚い封書が届く。産業遺産の調査と保存普及に取り組んでいる成果と近況が入っていた。エネルギー政策の転換による石炭産業の衰退が、水産業の低迷とともに郷里の衰退につながっている。閉山した大手炭鉱の一つに雄別炭鉱がある。当時はマリモで有名な阿寒湖を擁する阿寒町(現 釧路市)に所在し、釧路港石炭ローダーまでの約40kmを運搬する雄別鉄道を運行させていた。石炭列車を牽引していた蒸気機関車C11 1号機がある。雄別鉄道廃止後は釧路市の設立した会社で港内での貨物運搬に従事後、民間機関に引き取られ保存されていた。その後縁があって嫁いだのは東武鉄道。3年間かけて修復され「SL大樹」として現役復帰し、観光列車を牽いている。I川学芸員の熱意と東武鉄道の好意によって、雄別鉄道当時の機関士が49年ぶりに、日光の機関区で再会したという。95歳のK持機関士は涙ながらに運転席に座り、感無量の面持ちだったとのこと。「雄別鉄道には機関車が5台あったが、こいつが一番力があった」「ゆっくり長く走って、いつまでもみんなに愛されてほしい」と語っている。心温まる話だった。雄別鉄道は客車も運行していて、高校時代には他校との交流や学校行事で利用していた。今思えば蒸気機関車の牽く郊外列車で風情があったのだろう。想い出が煙とともによみがえり、消えていく。
夏至を迎え昼間の長さが一番長い時期です。冬には午後4時過ぎに暗くなっていたのが、今頃は午後7時半くらいまで明るく感じられます。暑さと湿気で寝苦しい夜がやってきます。どうぞ健康に留意してお過ごしください。暑さを避けて、早朝の散歩をお勧めします。
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