今週の読書録
こんばんは。
2月も半ばを過ぎ、これからは一雨ごとに春へ近づいていく気配が漂ってまいりました。
外出自粛も数年目となり、余暇は自宅で読書がすっかり定番化。
あつあつを召し上がれ
小川糸さんのライオンのおやつを読んで、食べ物の描写にひかれるように他の書籍も手に取りました。
こちらも食事の描写が実に美味しそう。
認知症の祖母のために購入したかき氷、別れることが決まった二人の最期の旅行での食事。
伴侶をすでに亡くし認知症になってからも、若かりし頃に共にした食事の思い出を辿る夫人。
生きることと食事の繋がりを再認識させる一冊かもしれません。
合間の時間にさらりと読める短編集です。
母親から丁寧に伝えられたおみそ汁、離れて行く恋人と食べる松茸料理、何も食べられなくなったお祖母ちゃんに食べてもらえた思い出の一品……。ある時、ふいに訪れる、奇跡のような食卓。大好きな人と一緒に食べる歓び、幸福な食事の情景を巧みにくみこんで、ありきたりでない深い感動を誘う、七つのあたたかな短篇小説。
月と日の后
久しぶりに長編の時代小説を手にしました。
冲方 丁さんの『月と日の后』の主人公は、紫式部が仕えたことでも知られる彰子。
学生時代に枕草子や源氏物語を通してイメージしていた彰子像とは異なる生身の人間の姿が描かれています。
彰子といえば、当時の貴族の中でも特に勢いのある藤原道長の長女。
学生時代の古典の授業だけのイメージでは、定子+清少納言 vs. 彰子+紫式部という印象でしたが、実際には定子と彰子は活躍した時期自体が異なります。
定子が順調に世継ぎをもうけていた頃の彰子はまだ現代の小学生~ようやく中学生くらいの年齢です。
当然、帝から見てもあまりにも幼すぎて、「うちの娘もあなたのような子に育てたいものです」と言われるような状態。
彰子にとって定子は直接かかわったことのない尊敬するような対象であり、周囲のお付きの者たちが意識するような次元ではありません。
『月と日の后』は、従来の創作物の中で描かれてきた彰子=当代随一のお金持ちで高貴なお姫様で、定子に比べると何だか影が薄い…という印象が覆るような作品でした。
親戚関係かつ名前が似ている登場人物が多数登場するため、巻末の登場人物の図を頼りに読み進めると分かりやすいです。
高貴な生まれなので人を妬むということがなく、周りに流されるようにどこかぼんやりと生きていた彰子。
夫・一条帝や伯母であり義母でもある詮子から影響を受けながら、人生の酸いも甘いも経験し、徐々にパワーアップしていきます。
そんな彰子を人生で初めてイラつかせた存在が、あの紫式部。
源氏物語の執筆や漢学の才で噂になり、どれほどの誇り高き才女が出仕するのかと周囲が気にする中で登場したのは、自己肯定感が低くやや被害妄想の気がある紫式部。
活躍するどころかわずか数日で「もっと優しくしてくれないと私は無理です」と、あっという間に引きこもってしまいます。
意味不明、まだ何もしていないでしょう?!と彰子は腹に据えかねるも、根気強く優しく再度の出仕を呼びかけます。
そしてようやく復帰したかと思いきや…
このくだりを読むと、彰子は上司としても有能な方であったことがうかがえます。
紫式部の信頼を得た彰子は、初産後に宮中へ戻るまでの間に源氏物語の豪華装丁版の作成を指示しています。
父である道長が呆れながらも上等な資材を提供する環境で、紫式部をはじめとしたスタッフに彰子も加わり、作成を急ぐ様は現代でいうコミケの入稿前の状態でしょうか。
『月と日の后』では、表現は時代小説の王道で決して現代風の口語で書かれていないにも関わらず、現代の人と隔てのない生身の人間の生き様を読み取ることができます。
その後も夫、親兄弟、子までも看取りながら、自身は実に壮健で大往生。
高貴なお人形であった彰子が、晩年では宮中随一の影響力を有するまでに成長する姿は読みごたえあり。
大河ドラマにでもできそうな作品で400ページを超える長編ですが、飽きずに読み進めることができました。
一族の闇、怨念、陰謀が渦巻く宮廷――藤原道長の娘にして、一条天皇の后・彰子。父に利用されるだけだった内気な少女は、いかにして怨霊が跋扈する朝廷に平穏をもたらす「国母」となったのか。『天地明察』『光圀伝』の著者が、“平安のゴッドマザー”の感動の生涯を描く。わずか十二歳で入内した、藤原道長の娘・彰子。父に言われるがままに宮中に入り、一条天皇を迎える最初の夜、彼女は一条天皇の初めての男児誕生の報を聞く。男児を産んだのは、藤原定子。夫である一条天皇は、優しく彰子に接するが、彼が真に愛した女性・定子の存在は、つねに彰子に付きまとう。「透明な存在になって消えてしまいたい」――父・道長によって華やかに整えられた宮中で心を閉ざし、孤独を深める彰子であったが、一人の幼子によって、彼女の世界は大きく変わった。定子の崩御により遺された子、敦康。道長の思惑により、十四歳の彰子がその子の母親代わりとして定められたのだ。戸惑いながらも幼い敦康を腕に抱き、母になる決意を固めた彰子は、愛する者を守るため、自らの人生を取り戻すために戦い始める――。平安王朝を新たな視点からドラマチックに描いた著者渾身の傑作長編。