原作小説には登場しない、グッとくる音楽と映像に泣かされた。映画「砂の器」と組曲「宿命」
映画「砂の器」を最近見た。
小説「砂の器」(著者はもちろん松本清張)は何度も読んだが、すでに公開から50年が経過している映画を見たのは初めてだ。
「すごい映画」だった。
最後は「すごい」というひとことしか出なかった。小説の設定とは大きく異なる映画だが、映像、そして音楽が加わる映画ならではの醍醐味を味わった。
そして、泣かされた。
●クラシック作品を思わせる組曲「宿命」
小説は何度も読んだのに、今まで映画を見なかったのはなぜだろう?
「映画は小説と大きく異なる」という情報は持っていた。
「小説は素晴らしいのにガッカリ映画だった」
こういう「あるある」はすでに他の映画では体験している。文字が頭の中に想像させる映像と、映画として実際に見る映像とのギャップ。
それが「砂の器」で起こることが嫌だった。
でも「見よう」と思ったきっかけ、それはこのCDの存在を知り、聴いたからだ。
映画音楽といえば一般的にはサウンド・トラック(サントラ)盤のディスクがあるが、それとは別のディスクが作られるとは、それだけこの音楽が重要な存在であることを表している。
小説と大きく異なる大きなポイントは、この「宿命」が登場することである。
そして「組曲」という構成。これはクラシック音楽でしか登場しない言葉だろう。組曲「展覧会の絵」とか、バレエ組曲「白鳥の湖」とか。
クラシック音楽作曲家でもある芥川也寸志が音楽監督としてクレジットされているし、演奏は東京交響楽団である。
これは一度聴いてみたい。
「宿命」なんて、これまたすごいタイトルだ。ベートーヴェンにも「運命」があるが、それを思い起こさせる。「運命」同様、激しく心揺さぶる音楽なんだろう。
●組曲「宿命」を聴いた
ドラマチックなピアノの前奏と管弦楽。 ♪ ジャジャジャジャーン ♪ まではいかないが、なかなかインパクトある開始方は「運命」に通じるものがある。
しかし、続くテーマ旋律で急に音楽が変わってしまった。ベートーヴェンではなく、ラフマニノフのピアノ協奏曲に近い、グッとくるドラマチックな音楽。
とても美しい。でも何か心の奥底から込み上げてくる切なさが匂い立つ。
「宿命」を作曲したのは芥川也寸志ではなく、彼から依頼を受けた菅野光亮という人物。ジャズの作曲やピアニストであったというが、このクラシック音楽のような作品を作ったのがちょっと意外である。しかし、途中ジャズぽいメロディも登場するのは「なるほど」と思わせる。
グッときた「宿命」。果たして映画でどのように使われているのか?これは未だ見たことが無い映画で確認するしかない。
●映像と音楽が織りなす壮大なラストシーン
小説に登場しない「宿命」は映画の「核」と言ってもいい存在で登場していた。約140分の上映時間のうち、最後の30分以上は「宿命」が絡むシーン。映画はまず「宿命」を存在させたうえで製作された、と考えてもいいほどなのだ。
「宿命」が絡む壮大な最後には3つのグッとくる要素が絡んで構成される。
① 作曲者であり殺人犯でもある音楽家が演奏する「宿命」初演演奏会のシーン
今を時めく前途有望な音楽家(演:加藤剛)は、自身の苦難の人生を表した新作「宿命」をオーケストラ(東京交響楽団)と満員の聴衆を前に演奏。厳しい表情はまさに彼の人生を回想しているようだ。終演後の拍手喝采。我に返る表情には明るく笑みがこぼれる。これで辛い人生、そして罪の清算が終わり明るくキラキラと輝く今後が見えた瞬間だ。しかし、その舞台袖では刑事が逮捕しようと待ち構えている、というギャップにグッとくる。
②演奏会と同時並行で行われる、犯人逮捕に向けた捜査会議のシーン
困難を極めた捜査がようやく実を結び犯人は作曲家であることが判明。逮捕へ向けた刑事(演:丹波哲郎)の説明が始まる。しかし、犯人の人生を変えた苦難の旅は「想像するしかありません」としか言えない。その「想像の旅」の開始とともに①の演奏が開始される流れにグッとくる。
③ 作曲家と父親による想像の旅のシーン
父子(演:加藤嘉、春田和秀)は放浪の旅をする。父親はハンセン病を患い、村を出てその身を巡礼の旅に託す。訪れる場所では様々な差別が行われるが、それに相反して映る背景の景色はあまりにも美しい日本の四季(花、紅葉、雪景色など)というギャップ。「宿命」のみが流れセリフが一言も登場しないが、映像から親子の会話や辛い心の内が聞こえる。美しく切ない「宿命」はその悲しみをさらにえぐり出す効果を出す。親子を温かく助ける警官(演:緒形拳)の姿、療養所へ送られる父親を追って再開するシーンと、グッとくるシーンが立て続けに襲ってくる。
この時間、場所が異なる3つのグッとくるシーンが折り重なり、グッとくる「宿命」が結びつける構成は、映像でしか表現できないことだ。
そして音楽は、作曲家親子の宿命がテーマとなっているが、犯人を追う刑事としての宿命、登場する人物の様々な宿命が投影されているようだ。
小説とは大きく変えてでも、小説では記載がないこの親子が辿った人生を生々しく映像で表現するために設定を変えたということ、そして音楽を軸とした、もうひとつの素晴らしい「砂の器」が誕生したと言っても過言ではない。
映画を繰り返しみてから、もう一度組曲「宿命」をじっくり聴いてみた。
あの3つのグッとくるシーンが頭の中を駆け巡る。音楽を聴いただけで泣いた。
---- 参考までに
この組曲「宿命」は演奏会の場面で演奏されたそのものではなく、映画全般に登場する音楽を組み合わせてひとつの作品(組曲)にしたもの。
サウンド・トラック盤では場面ごとに使われた音楽そのものが納められていて、解説書には詳細な情報もあり、併せて聴くのがおすすめ。
過去、シネマ・コンサートというものがあったようだ。これに行ったら涙ボロボロで、きっと周りの皆さんに迷惑をかけてしまったことだろう。