指先が 空の天井に届く夢を見た 僕は自室のベッドにいたらしいけど 同時に確かにニューヨークの空にいて 銃弾がゆっくりと僕に向かってくるのを見た 寒さではなく つめたさだけを感じていた 呼吸は苦しかったはずだけど 神経がつながっていなかったから 僕は踊り続けた 肺が硬くなって心臓が膨らんで きっともう二度度戻らない傷をのこした 授賞式は明日です 君のもとには届いていないだろう招待状 ポストは壊れてそのまま 夢を見ていた 藍が空から漏れていて 正気に戻った時には足はもう
言葉はそれ自体として言葉ではありえないのだと 力説していた君の言葉は宙に浮いて 僕はそれをぼんやりと眺めていた 増殖もしない 壊れもしない ただ浮いて境界があいまいになっていく言葉が 君のことを裏切ったとしても それは僕の理解できる範疇にはなく 涙が頬を溶かすくらいに ありえなそうで ありえることなのかもしれなかった 薄く伸ばした魂はそれはそれで美しく 消せないことに救いを求めても それは同時に人の首を少しずつ絞めていて ただ君には 徐々に緩められていくように感じるのだか
聞こえますか、雷鳴。 今夜東京に降り注ぐ銀色の雨は きっととてもからだに悪くて きみはどうか今日も あたたかい場所で眠っていて 知らない間に夜は光って 咲かない間に星は消える やまない雨はないが 雨はきっとまた降ってくる きみのからだに 波に押し流されないように進む 合図はもうわからないけれど 夜明けまでには辿り着くはずだと 乾いた砂漠に 砂粒が足の間を大群になってすり抜けていく 水面に月が映る 風は生暖かく 夜はつめたい 遠くの島に 白衣をまとった老人が見えた
波がゆれては消えて 青を探して目を凝らしても 白と光の粒と紺 船と一緒に体内の水が揺れて おかえりの声が聞こえた気がした むき出しの配管から水が噴き出す 暗い地下道の中で虹は見えず 内臓のふるえがただ止まらなかった あたたかさには水分が多く 水が張ったつめたさは贅沢 愛は全部水っぽい すべて すべて濡れているように ざらざらとした表面をなでると 手を洗いたくなって ポンプで水を汲んだ 青銅色の古いポンプ 重なった隙間から水が滴っていた 雨が降っている ぼくらの時代は
春。暴力の季節に、僕はもうすぐ人生が終わる気がしていた 俯いた横顔に咲いた向日葵 超えてゆけないとわかっていた それでも超えられると信じていたかった 青い紅葉が満天の星のようだと 笑っていられたあの頃に 僕が失ったもの それはほとんどが 一度も手に入れたことのなかったものだと 澄んでいく空気と 青くなっていく夜明けに 乾燥しきった羨ましさが 窓から落ちて行った音がした 嘘はいけないよ、花はいつか枯れる 美しい姿を残して ゆっくり 沈んでいくように 君が 生きてい
風がつめたかった日の夜 嘘をついたみたいに身体が冷えていた オレンジと水色の小さな花が一面に咲く丘で 優しい人間について考えていた バスタブにたっぷりとお湯をためた贅沢さと 比べものにならないくらいの贅沢がきみの生活にはあって それでもきみには幸せでいてほしく 僕は夕焼けに願っている きみが 今夜素敵な夢を見られるように
たまご色のやわらかな光がぼんやりと浮いている 埃っぽい部屋の中で 泣いていた君を見ていた、という いつかの記憶 ラジオは今も壊れたまんまだと言っていたが ほんとうだろうか 消えたいなんて思わなくても大丈夫、 半月の夜に、 君は一度消えているのだから 焼け跡に見つかった乾いた涙の筋は 花を添えてももう遅くて 絶え間なく 濁った水が すぐ近くまで来ている 君が生まれてきたことを 今日 僕は信じられないほど静かな気持ちで 大したことのないささくれをいじりながら 嘘だったんだ
春が来る、またあのつかみどころのなく、ただただ哀しい季節が過ぎてゆく 満月が落ちてきそうな夜に 静脈は息を潜めて 教えてほしい 春の心を静める方法を 持たない者は失うものが少ないということはなく ただその身をすり減らすことで 日々をやり過ごしてゆくだけなのに あのみずうみの魅力はただひとつ、人間の足がつかない深さであることだけで とどまる水は濁り 白くゆらめいていた 君が不必要に流す涙が 春の桜を咲かせますように
嫌いになれないんだよ、って 最強じゃないか 羨ましくて そこにもう僕ができることはなにもなくて 今日も桜はまだ咲かなくて 美味しくない朝食と 溜まっていくダイレクトメール 僕らが眠っている間に 何度か月が姿を現していたらしい 寒くてつめたい雨の降る夕方 あのひどく乾燥した砂漠の街で眠る少年のことが ほんの少しだけわかる気がした きみと僕は違っている それでよかったと思う その放棄、無責任、主観をぞんざいに扱うその意思が 絶え間ない葛藤をきみに生み出しているのだとしたら 僕
目が覚めないことに気がついたのは いつのことだったか 終わらなかったら夢じゃないらしいよ、 咲いたままの花が言っている 僕の中に広がる宇宙と コントロールできない外界とのやりとりの中で 互いに浸透していく熱、熱、熱。 愛を持てない君は海。 触れないからって無いわけじゃないよ、 昨日目覚めた彼が言っていた すみれ色のふとんカバーに 残された淡いまるみを そのままにできずに 生きる人間が滑稽だって、ね
こちら第7基地局 用件をどうぞ 花束がありません この星には 一輪の花さえも 失われてしまいました 希望もありません 愛もありません いたはずの人間は 見えなくなってしまいました 嘘だったんでしょうか すべて嘘だったんでしょうか 咲いていたはずのあの花は 忽然と姿を消し 耐え難い空白のみが 揺らがずにそこにあります 巻き戻せない 大人になんてなりたくなかった さみしくなんかない 夕日に照らされた校舎が あれは監獄だったはずだったのに シルバーのボートに乗って、ね 失望のうち
この瞬間に 死んでいった命のために泣きたい 夢が叶わなかった人のために泣きたい 人間が選ばれて生まれてきたのだとしたら 僕は選ばれなかった見えも聞こえもしない誰かのために泣きたいし いつだって 太陽の下にいられなかった誰かのために泣いていたい 君に会うと泣きたくなるのは 僕には意味がわからないけれど きっと僕らはベストフレンドには なれないってことなんだろう ティーカップが倒れるように 一瞬のスローモーションで 地球はこのカタチになったんだって 咲いた花は、燃えるような
愛されている人は美しいという 汚い言葉 愛されてなくたって 美しければ美しいと 叫んだ ワイングラスが割れた 破片が窓に散った 戻らないと知っても 真実であればそれでよかった 真実かどうかわからなかったけれど そこに記されて残るなら それでよかった 綺麗が清潔を意味したとき あの1日は最悪だったわけで 陽は西からのぼり 月は東に沈んだ 殴られた後の鈍痛と擦りむいた踵 頬に乾いた跡を残す涙 見えないだけで確かにそこにあった血液の匂い 文字は縦に流れていた それでも 1日の
あたたかくなって混ざっていく冬と春に 離れていく感情と 踏まれて強くなった道の草 強くなりたくなかった、きみの前では。 寒くなっていく、ただ繰り返す温度の変化に 名前をつけたばかりに いらない後悔が増えた 人間の大罪 海を渡ったその先に 春があるそうなので 見つけに行って 先に散ります 嘘ではないと 思い込むのは 信じることではないということ ただ君の前にいる その事実と思しきことと きみの体温が ただそこにあるということ 羨ましかったらしい、春にとっては。
雪の日の誰かに会いたい寒さは 特別なものがあって 寂しさを包んで生きている 雨みたいだ 流れないで留まる 触れないで破れる 思われなかった瞬間を ただその目でみとめて 壊さないようにして ただ歩いていく あの子があの子を放っておけないと思う感情が 僕にはわからなくても それがそうであるだけで 月は今日も沈んだ 起こさないで、そのまま。 触れられない距離に、置いてきたままで、理解できなかったままがよかった。 雪の日の話。
残暑 泣いているきみが美しい。 うだるような暑さの中でも 孤独は嫌になるくらいちゃんとそこにあって 本質的なことではないのかもしれないね でもちゃんとそこにあったよ 春が近づくにつれ 湧き上がる夏への恐怖 多くが失われた夏と 同じくらい失われた冬が どうしても同じに感じられないとき 僕はまた 夏が怖くてたまらなくなった 怒りと恐怖と汗と酷暑 ぼんやりとした 輪郭を持たない暴力で 記憶には美しいきみが きっとあったはずだったのに