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言葉を慎むことの価値/舌是斬身刀

私たちは日常生活の中で無数の言葉を使いますが、言葉は他人とのコミュニケーションを円滑に進め、理解を深める手段となるものの、逆にその言葉が禍いを招き、予期せぬトラブルを引き起こすこともあります。

中国古典でももちろんその指摘がありますが、どれだけ時代が変わろうとも言葉を介して他人と関わり合いになる以上、言葉の扱い方にはどんな時でも慎重であることが賢明です。

口是禍之門(口はこれ禍の門)
舌是斬身刀(舌はこれ身を斬る刀)
閉口深蔵舌(口を閉ざして深く舌をぞうすれば)
安身處處牢(身を安んじてしょしょにろうなり)

現代語訳:
口は禍を招く門であり、舌は自分の身を斬る刀になる。口を閉ざして、舌を奥深く収めておけば、どこにいようとも固く身の安全を保つことができる。

「舌詩」

この言葉は中国の五代十国時代、5つの王朝11人の君主に宰相として仕えたといわれる馮道(ふうどう)の言葉です。彼はその激動の生涯を通じて、言葉の持つ力と、それを慎重に使うことの重要性を深く理解していました。

彼が遺した言葉、「口是禍之門、舌是斬身刀」は、言葉を扱うことの難しさと、その裏に潜む危険性を警告するものであり、現代においてもその教えは役に立ちます。

宰相馮道

馮道が生きた五代十国時代は、わずか53年間に5つの王朝が興亡し、権力の移り変わりが激しく、今日の同盟が明日の敵になることが常でした。こうした不安定な時代にあって、彼は巧みに言葉を操り、数々の王朝、君主に仕えることができました。その背景には、言葉を軽んじず、常に慎重に選び抜いた言葉を用いるという彼の信条がありました。

馮道は「口は禍を招く門であり、舌は自分の身を斬る刀になる」と述べ、軽率な発言がいかに大きなリスクを伴うかを強調しています。彼は、口を閉ざし、舌を奥深く収めておくことで、自らの身を守り、あらゆる状況で安全を確保することができると説きました。

この教えは、馮道が混乱の時代に生き延びるために身につけた知恵の結晶と言えます。彼が仕えた5つの王朝はいずれも短命に終わりましたが、馮道自身はその政治的な立ち回りで生き残り続けました。彼の言葉に対する慎重さは、彼が権力闘争の中で生き延びるための最も重要な武器であったのかもしれません。

現代社会においても、私たちは日々言葉を通じて多くの情報をやり取りしています。特にSNSやメディアの発達により、私たちが発した言葉は瞬時に世界中に拡散され、その影響力は計り知れません。

しかし、その反面、軽率な発言や不適切な表現が原因で炎上し、社会的な批判を浴びる事例も少なくありません。一度発した言葉は取り返しがつかず、その影響は予想以上に大きなものとなります。だからこそ、私たちは言葉を発する前に、その言葉が他人にどのような影響を与えるのかを考慮しなければなりません。

昨今は発信する側だけでなく、SNSの匿名性に乗じて、他人への誹謗中傷を書き込むことに何の抵抗も感じない人も多い印象ですが、度が過ぎると逮捕、起訴、慰謝料請求といったことにもなりかねませんし、憂さを晴らしたり、自己中心的な正義感を振りかざすのも傍から見ていて気分がよいものでもありません。

馮道の教えは、私たちが現代社会においても言葉の力とリスクを理解し、慎重に扱うことの重要性を再認識させてくれます。日常生活の中で、私たちはしばしば感情に任せて言葉を発してしまいがちですがその一言が他者を傷つけたり、思わぬ誤解を招いたりすることがあります。

特にリーダーや影響力のある立場にいる人々にとって、言葉の選び方は極めて重要です。自身の発言は、組織全体や部下に対して強い影響力を持つため、その責任は一層重いものとなります。

私たちが口を慎むことができれば、他人との関係性もより良好なものになるでしょう。余計な一言が原因で、友人や家族との関係が悪化したり、職場での信頼が失われたりすることは少なくありません。馮道が示すように、沈黙を守ることも一つの知恵であり、それが結果として自分自身を守ることにもつながります。

現代のコミュニケーションでは、沈黙が誤解を招くこともありますが、それでも慎重に言葉を選ぶことは大切です。言葉を発する前に一度立ち止まり、その言葉が本当に必要か、相手にどのような影響を与えるのかを考えることが重要です。これにより、無用なトラブルを避け、健全な人間関係が築くことができます。

「雄弁は銀、沈黙は金」という古い格言もあります。これは、沈黙が時に言葉を発するよりも価値があることを示唆しています。馮道の教えも、この格言に通じるものがあります。

彼は、言葉の持つ危険性を熟知していたからこそ、口を慎み、言葉を慎重に選ぶことを心がけていたのです。この教えを現代に生かすことで、私たちはより成熟したコミュニケーションを築き、社会においてもより良い関係を構築することができると思います。

言葉を慎むことは、自分自身を守る最良の方法であり、他人との健全な関係を築くための作法です。

最後までお読みいただきありがとうございます。