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小説 | 島の記憶  第4話 -舞-


前回のお話


あたりが暗くなってきて、宴会の準備が整い始めた。おばあちゃん達を筆頭に、叔母さんや母さん達が料理に腕を振るう。保存しておく分をさばいた後は、今日のためのごちそうが次から次へと準備されていった。


その日はカイ達の魚が大漁だったように、山に出かけた男たちも大きな獲物を捕らえた。カイの父さんと私の兄、それにイハイアとヘミ達が狩りに出かけ、運ばれてきたのは4人がかりで運ばなければならないほどの大きな猪だった。二本の棒に脚をつるして運んできた猪は、30人あまりの村人のごちそうになってあまりある。立派な二本の牙と荒い毛皮に包まれていた。


大漁だった日は、村では神への感謝の宴を開くのが常だった。村では「最初の人」とばれる私たちの先祖が伝えてきた男舞がある。女神にささげられる、と私達は教えられていたが、宴の時は音楽と男舞、それに叔母さんによる唄があった。


村の広場が掃き清められ、一人一人に猪の煮込みと焼き魚、芋の団子がふるまわれる。私は兄のそばで、弟のカウリや妹のリアと一緒にめったにないごちそうに舌鼓を打っていた。ふと目を上げると、カイがこちらを見ている。その姿は、村の人々が魚にありつけたのを誇らし気に思っているようにも見えた。私たちは目を合わせてにっこりと笑いあった。


それを見た兄が少し不機嫌そうに割って入ってきた。


「ティア、お前、今日叔母さんと歌うんだろ。早く食べて準備してこいよ。」


「うん、でも先に舞があるでしょ?始まるまでもう少しあるよ。自分の分は食べちゃいたい」


「自覚がないんだから・・・今日は俺やイハイアも踊るんだ。腹いっぱいじゃ動けないだろ?お前も少し自重しろよ」


「・・・分かったよ、兄さん」


いつもなら励ましてくれる兄が今日に限って不機嫌なのを、私は訝った。兄とその友人、イハイアやヘミは、村の踊りの名手として人気がある。今回は年若いカイやアリキも舞に参加すると聞いている。



村の長老のタンガロアお爺さんが、広場の中央に出てきて、咳ばらいをした。


「皆、晩御飯はどうだったかな。狩りに出た若い衆たちと、料理をしたマラマ達女性陣に感謝を。久しぶりの大漁を祝って、今日は踊って歌って先祖に感謝の気持ちを表そう」


タンガロアお爺さんがそういったのを合図に、太鼓と木槌の音が鳴り響いた。早い小刻みな拍子の音が高らかに鳴り響き、兄たちが広場の中央に出ていく。


男舞はいつ見ても迫力のある踊りだった。兄やイハイア、ヘミが横に並び、向かいにカイとアリキ、そして長老のタンガロアお爺さんが並ぶ。


力強い足踏みから始まった踊りは、高い跳躍や激しい旋回、そして波の様な滑らかな腕の動きを伴って進む。広場に作られた薪の炎の周りを、二列の男たちは土埃を上げ、少しずつ移動しながら踊り続けた。太鼓と木槌の音が次第に早くなり、踊りもそれに合わせて勢いを増していく。それにつられて観客もどんどん盛り上がっていった。踊り手たちが素早く旋回する度に周囲からは歓声があがる。



私はそれを見ながら、弟と妹に母さんのそばに行くように促し、一人で叔母さんの待つ片隅へ向かった。


「ティア、もうじき出番ですよ。踊りがあの角へ行ったら音楽がやみますからね」

叔母さんはそう言って、軽く咳ばらいをした。


踊りが焚火の周りを5周したところで音楽がふと止み、静まったところへ叔母の美しい声が響き渡る。


「海を越えて幾月日。私はこの地へ流された。太陽と月が何度も沈めども、水に浮かんでは沈み、沈んでは浮かび、私はこの浜へたどり着いた・・・」


叔母さんの美しい声に観客は大喜びで聞き入る。


私たちの祖先、最初にこの地にやってきたタネーお爺さんの物語だ。何日も海を漂流して、奇跡的にこの浜辺にやってきたタネーお爺さんは、一人で家を建て、狩りをし、やがてウィートゥお婆さんと巡り合い、家庭を築く。


ここからが私が叔母さんと歌うところだ。タネーお爺さんの先祖の名前から始まる長い長い人の名前。私は深く息を吸い、叔母さんの声に負けじと大きな声を出して歌った。


「カフランギとマイアの息子のロンゴ、マナとミルの娘のモアナ。彼らの息子達のタフリリとタネー。タネーとウィートゥの息子・・・」


先祖の名前が呼びあげられると、それに合わせて太鼓の音が響き始めた。私たちの唄に合わせて太鼓がゆっくりと拍子を刻む。


唄がだんだん進み、長老のタンガロアお爺さんの名前が呼びあげられると、太鼓の拍子がだんだん早くなり、観客も私たちと声をあわせて歌い始める。それぞれ自分の名前や兄弟の名前が出てくると、自然と笑い声が起こる。最後には去年産まれたばかりのマナイアの名前を言って、唄は締めくくられた。

力を合わせて捕った大量の獲物を、力を合わせて調理し、みんなでそろってお腹いっぱい食べて祝う。

村と家族という心地よい空間で、私たちはこの上なく幸せだった。


(続く)


(このお話はフィクションです)

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