【地獄の都市論!】渋谷再開発の黙示録。
「銀座線に辿り着けない」
久々の東京、
久々の渋谷から浅草に向かおうとするも、
いつまで経っても目的の銀座線に辿り着けない。
それはもう「巨大迷宮ゲーム」の様に。
さて、
「巨大都市」というものはいつの時代も、
「ケミカル・ドラッグの幻覚」である。
そもそも資本主義がケミカル・ドラッグなので、
その「阿片窟化」が大都市である。
つまり、
「不老不死の眠らない夢を見続ける」場所だ。
そこから足を洗いたければ「地方移住」「田舎暮らし」でもするしかない。
恐らくこの「渋谷」という場所は、南海大地震で壊滅的な破壊を喰らってもゾンビの様に死なないだろう。
という訳で久々の渋谷だが、
衰えるどころか勢い倍増の「悪所パワー」をヒシヒシと感じた。
新宿もご存知の通り、
再開発によって「悪所パワー」が以前より遥かに増している。
「建築家様」によってデコレーションされた巨大再開発ビルの足元には、
皆様ご存じの「トー横キッズ」だけでなく、キャバの客引き、ホストクラブの客引き、コスプレキャバの客引きの皆様方による見事な
「社会底辺のレッドカーペット」
が形成されている。
エリートさんたちによって「都市計画」されたビルの前の空地では社会底辺者たちによる「勝手な屋外呑み会」が開催され、しまいにゃバーベキューセットや鍋セットが持ち込まれ、
どう見ても「開発する前より酷い地獄絵図」が繰り広げられている。
そもそも近代主義は「明るく、健康で、幸せな」社会を目標としていたのだが、新宿渋谷と、まるでダースベイダーの様な凄まじい墜ち方をしている。
近代主義の完全なる敗北がここに在る。
それはある種、痛快ですらある。
これに似た光景を知っている。
「登場人物がどいつここいつも全員狂っている」映画、フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』における「ド・ラン橋」のシーンだ。
「カンボジアの奥深くに独自の帝国を築いている元グリーンベレーの超エリート、カーツ大佐を殺害せよ」という極秘のミッションを受けたウィラード大尉は、ボートに乗ってヌング川を遡る。
その途中で「激戦区」の真っ只中のド・ラン橋に到着する。
そこで、
姿の見えないベトコン相手にマシンガンを狂った様に乱射している兵士にウィラード大尉が尋ねる、
「ここの指揮官は誰だ?」
「は?アンタじゃないのかい!?」
という大爆笑シーンだ。
是非、建設中の渋谷の高層コンプレックスビルの現場に入って訊いてみたい、
「このプロジェクトの最高責任者は誰だ?」
「は?アンタじゃないのかい!?」