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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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#震災

第71話 墓守の育夫さん

第71話 墓守の育夫さん

「この街で新しい墓地が開かれる姿を見るのは、私は生まれて初めてです。
それって、やっぱり悲しいですよ」 

例年よりも早く春が訪れたようだ。海風がなびいてくるが、冬場の突き刺さるような冷たさはなくなり、むしろ、心地よさを運んでくる。
この街で石材店を営む岡本育男は、目の前に広がったまっさらな平地をゆっくりと見渡した。
ここに、これから墓石が建ち並んでいく。

今日は、この街の復興事業を一手に担うコ

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ゲンバノミライ(仮)第37話 レンタルの豊さん

ゲンバノミライ(仮)第37話 レンタルの豊さん

頼まれたらすぐに持って行く。終わったら回収して、手入れをして、いつでも再出動できるようスタンバイする。シンプルだが、求められているのはそういうこと。ニーズを間違いなく受け止めることが何より大事。

企業向け資機材レンタルサービス会社で働く清水豊は、入社以来、そう教わってきた。伝票形式だった在庫管理を電子化して、稼働履歴を担当者間で容易に共有できるようシステムを構築したのは、顧客対応のスピードと正確

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ゲンバノミライ(仮)第36話 式典担当の吉住主任

ゲンバノミライ(仮)第36話 式典担当の吉住主任

無事に終わった。皆さんが、笑顔で帰っていった。
決まった流れでいつも通り。そうだけど、同じことの繰り返しではない。それぞれの人にとって、かけがえのない一度きりのこと。一生の中で、最初で最後の人も多いはず。だから、絶対に気が抜けない。
スムーズに進行し、気がつけばあっという間に終わっていた。それくらいがちょうど良い。

式典関連サービスを手掛ける企業で働く吉住学は、主任への昇進と合わせて、あの災害で

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ゲンバノミライ(仮) 第23話 出禁の瞬くん

ゲンバノミライ(仮) 第23話 出禁の瞬くん

久しぶりの夜の街だった。賑やかで楽しい。手持ちの金はあまりないが、久しぶりにキャバクラでも行こうか。こういう気分の時は、酒でも飲んで楽しまなきゃだめだ。

思い出すだけでもムカムカする。腹が立って仕方がない。
どいつもこいつもごちゃごちゃ言いやがって。

武田瞬は、きょう、現場から追い出された。
沿岸の街の復興工事の現場で、足場の組み立てや解体を主に担う鳶職人として働いていた。
自分で言うのも何だ

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ゲンバノミライ(仮) 第22話 ドライバーの山崎さん

ゲンバノミライ(仮) 第22話 ドライバーの山崎さん

山崎智宏は、夜が明ける前に起床した。歯を磨いてリビングに行くと、味噌汁の匂いがしてくる。

「朝早くに悪いね」
「いいのよ。早番の日は仕方がないわ。それより、ちょっと天気が悪いみたいなの。運転、気をつけてね」
「ああ。いつもノロノロ安全運転だから、大丈夫だよ」

朝食をとっていると、だんだんと日が開けてくる。まだ寒いが、日が昇るのがだいぶん早くなった。春が近づいている証拠だ。

自家用車で30分ほ

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ゲンバノミライ(仮) 第14話 都市プランナーの内藤課長

ゲンバノミライ(仮) 第14話 都市プランナーの内藤課長

「はい。分かりました。いえいえ、仕方ありません。どっちつかずのままよりは、早めに決断して、この条件に沿って前に進める方が賢明です。早急に代替案を考えましょう」

復興街づくりの構想立案から調査・設計、施工、その後の運営までを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー、いわゆる「CJV」で計画課長を務める内藤巧巳は、隣の西野忠夫所長の話しぶりで、中身がだいたい想像がついた。
プランを練り直す

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ゲンバノミライ(仮) 第13話 二世の柳本首長

ゲンバノミライ(仮) 第13話 二世の柳本首長

「それはガバ部屋で話しましょう」

あの災害後の選挙で首長になった柳本統義の口癖だ。

柳本の父の昌義は前々首長を務めた地元の名士だ。その長男として育った。都会の大きな自治体で職員として経験を積み、国会議員秘書を経た後、父の引退に合わせて地盤を引き継ぎ地方議員になった。
あの災害が起きたのは、議員2期目の途中だった。街の多くの人とともに行政職員にも犠牲が出て、ただでさえ脆弱だった組織は混乱の中で機

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ゲンバノミライ(仮) 第3話 休日の西野所長

ゲンバノミライ(仮) 第3話 休日の西野所長

土曜日の夕方、西野忠夫の携帯電話が鳴った。

久しぶりに土曜休みをとって、現場から家に戻り、家族と街に出かけていた。隣にいる高校卒業を間近に控えた娘の手には、2時間悩んだ末にようやく決めた入学式用フォーマルコートが包まれた紙袋が揺らめいている。穏やかな春の日。買い物を済ませて、これから食事に向かうタイミングだった。

B工区を任せている高崎直人の名前が表示されている。

通常であれば、連絡調整アプ

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はじめに

はじめに

とある建設工事を舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。現場は常に動きがあり、仕事に従事する人や作業内容は日々、そのやり方や在り方は徐々に変化していきます。完成は区切りではありますが、利用という意味では始まりです。喜ばれ、時には批判や反感を呼び、逆に想定外の場面で有難がれ、延命作業を受けながら、静かに朽ちていきます。

現場の仕事の先にある意味や出

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