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ゲンバノミライ(仮) 第14話 都市プランナーの内藤課長

「はい。分かりました。いえいえ、仕方ありません。どっちつかずのままよりは、早めに決断して、この条件に沿って前に進める方が賢明です。早急に代替案を考えましょう」

復興街づくりの構想立案から調査・設計、施工、その後の運営までを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー、いわゆる「CJV」で計画課長を務める内藤巧巳は、隣の西野忠夫所長の話しぶりで、中身がだいたい想像がついた。
プランを練り直すということだ。

問題となっていたのは、対象地の南端部に位置する佐伯家の土地だ。長年農地に使われてきたが、あの災害で地権者の佐伯一郎が犠牲になり、一人息子の佐伯俊が相続した。復興用高速道路のインターチェンジからの接続道路と公園を立地しようと目論んでいた。復興土地区画整理組合の理事長に就く予定の畑中倫太郎は、亡くなった一郎の親友で俊のことも幼い時からよく知っていた。こうした人のつながりもあり、佐伯は事業に加わるだろうと踏んでいた。だが、交渉は予想以上に難航し、タイムリミットが近づいていた。

電話を置いた西野は、立ち上がって事務所全体に響き渡る大きな声で、こういった。

「畑中さんが佐伯さんの土地を外すことに納得された。南端のエリアは対象外になる。新しい計画を考えよう」

都市計画プランナーの内藤は、土地利用計画などをまとめていく役割だ。
内藤は、比較的広範囲を対象とする土地区画整理事業や鉄道駅前で行われる市街地再開発事業などで、計画立案や合意形成の支援などを手掛けてきた。賑わい再生や道路整備などによる交通安全と利便性の向上、きれいで快適な住宅や店舗への転換など事業の意義を住民に説明して回るが、一部の権利者が反対し、合意形成に時間を要するケースも珍しくない。
そういう時には、地権者が抱える不安や経済上の課題、地域に対する思い入れなどさまざまな感情を紐解き、折り合えるポイントを探っていく。人は合理性だけで動いていない。
「内藤さんがそういうなら事業に参画するよ」
そう言われるくらいの信頼関係が築けなければ先には進めない。そういう仕事だ。

あの災害からの復興ということもあり、地権者との事前調整は行政が一手に引き受けていた。その調整結果を踏まえつつ、具体的な計画へと落とし込んでいくことが、CJVに課せられた初期段階の役割だった。

佐伯家の土地が外れるとなると、道路の取り付け場所などが変わり、玉突きで土地利用にも影響が出てくる。土地利用や道路の位置が動けば、上下水道などインフラ基盤も当然変わってくる。概略検討の段階とは言え、全体が大きな見直しを迫られる。
最大の懸案点は公園だ。佐伯家の場所に想定していた大規模公園を別の場所に割り当てなければいけない。

南側は佐伯家の土地に、西側と北側は急斜面地に挟まれていて広げることは難しい。
東側に拡張する案を練るほかないが、海に近づくにつれて地盤面が低くなるため、かさ上げ土量が増えてしまう。土量の増加はコストアップを伴い、全体の採算性に大きな痛手となる。
土の確保が難しいという事情もあった。今回の復興街づくりは、復興公営住宅や複合施設が建設される中央エリアと、点在する小規模被災エリアとで一体的に構想されている。高台移転を希望する小規模集落用に山を切り崩し、その土を中央エリアのかさ上げに利用することで全体の整合性をとっていた。
土が足りなくなると、不足分を別の場所から持ってこなければいけない。この街以外でも大規模復興事業が計画されているので、他エリアとやり取りしたり購入したりする手もあるが、コストや調整が難しく、不確定要素を増やすと、途中で立ち往生する懸念がある。

CJVは、さまざまな条件を考慮して何度もトライアルを重ね、辻褄の合うプランを作り上げていた。
佐伯家の土地を外すことは、プランの一部修正というよりも作り直しに近かった。

3Dモデルでいろいろな角度から計画地を眺めながら、代替案につながる糸口がないか何度も何度も議論を重ねた。ちょっとしたアイデアが出ると、各メンバーが出身母体の協力を得ながら構造やコスト、施工手順などを概略検討し、その結果を組み合わせて実現可能性を探った。

徹夜を続けながら検討を繰り返したが、折り合いがつくプランを打ち出せずにいた。
手詰まり感は、日々の疲労をより重たい物にしていた。だが、被災住民はもっと疲弊した状況下で復興を待ちわびている。根を上げる訳にはいかなかった。

内藤は、本当に住みたいと思えるような良い街をつくりたいと思って、この仕事を選んだ。地権者の希望に寄り添いながら、より良い方向に導いていく。そうした場面はもちろんあったが、一部の地権者や行政の思惑に引っ張られるケースも多かった。自分が納得できないままに計画を進めるのは、プロとして、一人の人間として、とても悔しいことだった。

内藤は、所長の西野の了解を得て佐伯に会いに行った。
佐伯は、この街で名だたる秀才という触れ込みだった。噂通りの聡明な印象を受けた。

内藤は、復興プランの練り直しが難航している状況を説明し、「私自身、今回のような復興をお手伝いするために経験を積んできたと思っています。だから納得して先に進みたいのです。佐伯さんのご決断に異論を唱えるつもりはありません。理由が知りたいだけなのです」と訴えた。

佐伯は、しばらく考えてから、「皆様にご苦労とご迷惑をおかけしていることは十分に分かりました。お時間をいただけるのであれば、CJVの皆様に話をさせてください」と応じてくれた。
佐伯からも頼み事があるようで、互いの日程を調整することを約束して別れた。

汗ばむ陽気だった。時折抜けていく風が心地よい。
事務所と宿舎で、パソコンやスマートグラスとにらめっこする生活が続いていた。流れゆく雲の姿を追ったのはいつぶりだろう。

肌感覚を大事にした方が良いという先輩からのアドバイスがあり、若手時代には計画地を歩き回って観察することが多かった。朝と夜とでは街も人もがらりと表情を変える。余所者だからこそ街を知る努力を怠るなという教えだった。
内藤は、被災前の街を知らない。VR(仮想現実)でかつての街の中を歩くことは可能だが、それは切り取られた一部の姿にしか過ぎない。

天気が良いので、気晴らしを兼ねて被災地を車で回ることにした。
佐伯家の土地から周りを見回してみる。急峻な地形に囲まれたこの街は、平地のこの辺りを軸に据えるほかない。だが、改めてよく見てみると、木々の間にポツンポツンと小さな集落が残っている。

上からも見てみたいな。

ドローン(小型無人機)映像は何度も見ているが、CJVに参画して以降、日々の作業に追われていて自分の目で街を眺める余裕がなかった。
インターネットの地図で探すと、山側の奥に少し切り開かれた集落がある。隣町で行政区域が違っているため、気づかなかった。凝視すると、今立っている場所からもわずかに見える。道路でぐるりと回らないといけないが、見晴らしは良さそうだ。

細い山道を抜けていくと、10世帯ほどが軒を連ねる小さな集落にたどり着いた。行き止まりで、畑が広がっている。

右にある住宅の裏手から、計画地が見えそうだ。
「ごめんください」
呼び鈴がないため、玄関をトントンと叩いて呼び掛けた。

反応がない。
「すいませーん! ごめんくださーい!」
何度も呼び掛けたが、うんともすんとも言わない。

突然の来訪だから、文句も言えない。
諦めて帰ろうと思っていたら、「なんだい?」と後ろから声を掛けられた。

振り返ると、腰の曲がった老女二人、怪訝そうな目で内藤を見ていた。

「突然すいません。私は、向こう側で復興の仕事をしている者です。見下ろせる場所を探して当てもなく来たのですが、こちらのお宅はご不在のようで。大きな声を出して失礼しました」

「そうかあ。あの日、すごい揺れが来て、うちも棚が倒れて瓦も落ちて大変だったんだ。びっくりして腰が抜けたようになって、それから割れた皿とか拾い集めて、ちょっと休もうと縁側に出たら、なんだか聞いたことが無いような音がして、見下ろしたら・・・」

老女は、そこまで言うと、涙を流したまま放心したように黙り込んだ。
隣にいた老女が「姉さん、大丈夫よ。もう大丈夫だから」と抱き込むように慰めた。

被災地は、心の傷が癒える状況からほど遠い。無神経さを恥じる思いでいっぱいだった。
「突然来た上に、悲しいことを思い出させてしまって、なんとお詫びしたらいいのか。すぐに立ち去ります。本当に申し訳ありませんでした」

そう言って内藤が車に向かおうとすると、「ちょっと待って!」と呼び止められた。
「姉さんの家がこっちなの。足が悪くて私だけじゃ連れて行くのが大変なの。ちょっと手伝ってよ」

それが、姉の市川トヨと妹の吉沢トミによる長い話の始まりだった。
被災地を見渡せる縁側の椅子にトヨを座らせるだけのはずが、食事や酒まで振る舞ってもらい、泊まる羽目になるとは。

早朝に目が覚めた。
縁側に出ると、きれいな朝日が昇っていた。

内藤の頭に浮かんだアイデアは、ただの思いつきに過ぎない。どう考えてもハードルが高い。
だが、突破口になるかもしれない。

CJVの皆に相談してみよう。

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