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【未来予想してみた】200年後の太陽系経済圏④23世紀の地球社会 【小説の種】

 この記事では、2210年現在での地球社会について解説します。
ここまでのシリーズで地球外の設定は下記記事からご覧ください。



国際情勢

国連安全保障理事会。
現在、本部はナイジェリアのアブジャに所在している。

2210年現在地球総人口は約50億人、TPEZ(第三惑星経済圏)に住む宇宙生活者は約100万人程度だ。そして、地球以外の天体・人工天体に存在する国家は32か国、地球上の国家は241か国である。

地球全体の統一政体国家は未だ存在せず、経済協力を図った地域共同体であっても政治的統合が成功した例はほぼ存在しない。
主権国家の数は1960年代から80年代にかけて成立した約200か国で長らく安定していたが、21世紀中葉の旧ロシア連邦の解体やカタロニア共和国バスク共和国の成立、ソマリア・ミャンマー地域の幾つかの分離独立等、更には仮想空間上の国家独立を経て現在の数に落ち着いた。

覇権国家の不在

ベネズエラで活動する米軍兵士(2103年)

いわゆる先進国と呼ばれる国々を、日墨米韓独印・ブラジル・中華連邦共和国・トルコ・インドネシア・イヴローパルーシ共和国・東プリモリア(沿海)共和国・イラン・ナイジェリア・エチオピア・アンゴラ・タンザニア・ケニアが挙げられる。これらの国家が輪番制となった国際連合安全保障理事会の主要な役割を果たし、大きな紛争の発生頻度は低下している。

旧ソ連との第一次冷戦終結後は、21世紀~22世紀にかけて地政学的・資源保有量・軍事的・経済的・文化的理由で一強多弱状態を確立していたアメリカ合衆国だが、22世紀中葉から圧倒的覇権国家としての地位を失い、現在は各国の国力は均衡状態に近い。
まず地政学的な理由としては、メキシコ合衆国の台頭により北米大陸での軍事的安定が揺らいだことにある。2090年代以来ヒスパニック系人口増加が頂点に達し、テキサス・ニューメキシコ・アリゾナの住民投票によるメキシコ編入が実現したこと。また200年に渡るメキシコの反政府カルテルの鎮圧により軍事国化と中央集権化が加速的に進んだことが挙げられる。
次に文化的理由としては、アメリカが長年牽引したシリコンバレー・カリフォルニア・テキサスでのIT技術の企業群が各国や宇宙国家、仮想空間へ移転してしまったことが大きい。また映画産業の中心であった「ハリウッド」も、仮想空間世界の拡大に伴い文化の発信地が均一になり中心が生まれなくなったことからその歴史的役割を終えている。
かつて陸海空・サイバー・宇宙空間で覇権を誇ったアメリカ軍も、第三の地政学要素「ハイパワー」戦略への適応が遅れ、月面や軌道上からの攻撃に対して艦隊や自動化歩兵の機甲師団を危険に晒してしまい、その圧倒的優位性は薄れている。
経済についても、23世紀現在GDP世界1位の国家はインドである。

「西洋の黄昏」

16世紀~20世紀のヨーロッパ西洋の黄金期が二度の世界大戦と二度の冷戦で失墜して以来、欧米諸国とりわけ西ヨーロッパ諸国の衰退は著しい。
21世紀前半の野放図なイスラム圏からの移民受け入れは多くの文化的軋轢を生んだ。その反動で2030年代から厳しい反移民の嵐が吹き荒れる。
にもかかわらず既存の移民で変動した伝統文化や生活環境の復元は結果的に不可能だったばかりか、労働力と人口の不足によって経済成長の機会を逃すこととなる。特に宇宙産業の勃興期にそのリソースを効果的に割くことが出来ず、核融合と軌道エレベーターの物流革命による産業形態の変化や仮想世界での商業空間はアジアやアフリカの先進国やアメリカの後塵を拝す結果となる。21世紀後半に人工子宮が実用化された際にはもはや手遅れであった。

現在のヨーロッパ諸国は、アジア・アフリカ諸国からの経済援助を充てにしながらも、古典文化の遺産をアピールすることで何とかその命脈を保っている。



世界全体のエネルギー利用

中華連邦共和国成都の核融合発電施設

カルダシェフスケール指標ではタイプ1.3に達している、TPETZ全体での電力消費量は69兆メガワットにも達する。そのうちの約90%は地球上で消費されており、地球人類はそのほとんどのエネルギーを地球軌道以遠からの輸入に頼っている。すなわち「ヘリオス1」での巨大太陽光発電や、月・水星・木星からのヘリウム3等の核融合燃料の輸入である。

21世紀後半までの、メルトダウンの危険性を持った核分裂発電は過去のものとなった。2037年、中国科学院によって初めて実用化に成功した核融合発電は、徐々に発電シェアを拡大。2040年代初頭には地球上で発電される電力のうち約5%を占めるのみだったが、2080年代には60%近くにまで拡大している。
22世紀から始まった「ヘリオス1」の稼働が本格的に始まった後、軌道エレベーターの使用が容易な諸国を中心に第二のエネルギー革命が進行した。日本国内にも大分と静岡に電力受信基地が存在し、日本中やアジア諸国に電力を供給している。


サウジアラビア王国首都リヤド
人工流出が激しい。(2201年)


一方で化石燃料の利用は22世紀中にほぼゼロにまで減少した。石油による火力発電に対して大きな規制が課せられた点とコスト面において核融合・宇宙太陽光発電よりも割高になってしまった故である。石油や天然ガス資源によって大きな繁栄を得ていた産油国に関しては、その明暗が分かれた。ベネズエラやイラク、旧ロシアといった諸国では石油に代わる産業転換に失敗。またサウジアラビアはその海水淡化技術による緑化事業の失敗と初期の仮想空間インター事業を行う国営企業の破綻が発生。これらの国家は貧困国家へと転落した。一方、経済発展段階で上手く石油事業を活用したナイジェリアとアンゴラ、カザフスタン、金融拠点としての機能を生かしたUAEやカタールなどは辛うじて先進国~中等国程度の経済規模を維持している。

2093年、地球上で最後の核分裂発電施設が操業を停止した。
なお2011年に東日本大震災に伴って福島第一原子力発電所(核分裂発電施設)で発生した深刻なメルトダウンは、2060年代に除染作業が完全に終了している。除染作業の進展については、2044年に本格稼働した日本の「択捉島放射性廃棄物最終処分場」の完成や、人工微生物を用いた放射線除染技術の進歩に寄るところが大きい。

地球温暖化の行方

東京都(2115年)
満潮時に海抜0メートル地帯が水没した様子。

20世紀後半から本格的にその危険性が指摘された「地球温暖化」は、その後約100年間有効な施策を講じられず深刻な環境破壊をもたらした。
地球全体で数百万種の生物種が絶滅。2070年頃の日本の夏季気温は50℃を超える日も珍しくなかった。海面上昇は東京や上海・ニューヨーク、アムステルダムやツバルといった都市や島嶼の水没・内陸への後退を招いた。熱汚染による被害は多岐に渡る。例えば自然漁業での海洋水産物獲得は絶望的となり、懐石料理や「ハタハタ寿司」「寒ブリの刺身」といった各地の伝統食文化はほぼ絶えてしまった。またオーストラリアや北米大陸での大規模な干ばつにより、多くの牧場や耕作地が放棄された。

化石燃料の利用減少に伴って温室効果ガスの排出は多少削減されたものの、やはり根本的な改善に繋がったのは22世紀半ばの「分子制御工学」の進展であろう。既に2040年代から分子アセンブリロボットなどを用いたナノ技術が医療・建築分野で盛んに用いられてきたが、これを応用した気候制御は22世紀になるまで実現しなかった。
分子ロボットによる大気中の反射性微粒子の散布海洋冷却補足した二酸化炭素分子の分解事業により、温室効果の制止と気温低下に成功した。これらの技術的成功は、火星テラフォーミング事業への応用も期待されている。
23世紀現在、地球環境は安定を取り戻したが失われた海洋生態系の復元や水没地域の保障と復興は進んでおらず、「地球温暖化」は人類の大きな負の歴史とされている。



Windows95から第11世代インターネット通信まで

「Mangekyo Sharingan-gan」システム
開発者のテイラー・ラムズファームは、自身が好んだ
21世紀の漫画・平面アニメ作品「ナルト疾風伝」に因んで命名した。

20世紀末の情報革命は、マイクロソフト社のwindows95の普及により始まった。家庭での第一世代インターネットの使用から、「スマートフォン」と呼ばれた初期の携帯型デバイス、「PAグラス(Perceptual augmentation Glass)」と呼ばれる仮想空間デバイスの普及へと繋がった。やがて物理デバイスの装着から脱した、頭蓋に極小のナノデバイスを埋め込んだインターネット接続や、脳波解析による「非操作脳波制御式ネットサーフィン(Non-Operational Brainwave-Controlled Net Surfing)」技術が大きく発展。特に後者を第4世代高速通信で実現した「写輪眼(Mangekyou Sharin-gan)システム」は2060年代までの主要通信規格となった。
ただし操作感覚を一定程度残すため、「紙と筆」「羽ペン」「扇」などの形を模した疑似物理デバイスに先祖帰りする例も見られている。

更には後述する量子転送技術と相まって、人類は遂に完全自給自足が可能な仮想空間(第二現実空間)の構築に至り、これらを23世紀現在には「第11世代インターネット」と呼称している。なお第三惑星経済圏(TPEZ)範囲内では遅滞なく通信可能な範囲となっているが、火星圏や小惑星帯・木星圏との深刻な情報格差が存在している。


商業的発展により仮想空間から「第2現実」へ

メタバース3「アニマビル」エリア(2070)
仮想現実上で行うスポーツ観戦中の様子。

21世紀初頭に始まった初期インターネット通販である「アマゾン」「イーベイ」等は今日から見ればごく原始的だったと言わざるを得ない。
何しろ商品は断片的視覚情報のみで嗅覚・触覚で選ぶことは不可能、発注後は多量の容積を必要とする「物流センター」で管理された在庫から半人力によって商品が選ばれ、これまた宅配作業員の人力によって購入者宅へと届けられていたのである。

2030年代には、まず「メタバース3」を使用した仮想現実店舗での遠隔ウィンドウショッピングが可能に。続いて物流は人足の自動化や自動運転、ドローン技術の普及によって属人的な要素は急減した。
メタバース3内での経済活動の制度設計の進展により、メタバース内での住宅や財産保有が各国で法制化され始めた。その後のニューロンの全解析による仮想空間上の「人格移植」も盛んとなり、仮想現実は「第2現実」と呼ばれるようになった。

量子転送技術

量子もつれのイメージ

2070~80年代の量子もつれを利用した物体転送技術、いわゆる「量子転送技術」の実用化により、産業に大きな進展が起こった。すなわち量子鍵配送を用いた第三者の立ち入りが事実上不可能な量子通信技術の開発、量子コンピューターに応用した飛躍的な演算速度の向上、量子プリンターによる建設技術進展、そして一番に物流革命である。
事実上の即時配送の可能化、運送業の大幅減による費用のゼロコスト化と環境負荷低減が達成された。日本国内では全国の「郵便局」に量子転送ステーションが設けられている。ただし問題点としては、量子もつれ状態を維持するのが困難な1000km以上の長距離転送が困難であること、人体での安全な量子転送技術はまだ難しい点が挙げられる。

ただし、質量を持たない純粋な情報データの量子転送は3万2000TB以内の情報量であれば約12光年先まで転送することが可能である。よって2122年には、アメリカ人・インド人科学者のチームで脳内ニューロンをコピーした複製人格ケンタウルス座α星第2惑星に照射転送遠隔惑星探査をすることに成功している。
以上から、肉体を用いた直接の旅行は主流ではない。地球・太陽系全域での旅行は精神転送での遠隔観光産業が成長している。



現実「逃避者」と世界の変容

中国のアヘン中毒者(19世紀)

人類史においては古くから労働忌避者や流民など様々な形態で社会への参画を拒んだ人々がいたが、19~20世紀のオピオイド系を中心とした違法薬物の発展でその層は拡大した。いわゆる麻薬やアルコールの中毒性患者は法律での取締まりや治療の対象であったが、21世紀のインターネットや初期SNS中毒者についてはその理解が十分ではなかった。ドーパミンの過剰分泌を促すツールに対してWHOの勧告とそれに従った各国の規制が為されたのは2030年代に入ってからである。

やがてインターネットの主流は第2現実(仮想空間)へと移り、その没入感から一層現実そのものへの帰還を拒否する者も現れる。長時間接続者の餓死事件が世界各地で起こり一時期世界で拒否反応が起こりつつも、その筋肉や食事面でのケアロボットが普及するにつれ極端な健康被害は減少していく。18歳未満には6時間以上の仮想空間利用者への警告が行われていたが、現実世界そのものにも拡張現実広告や施設が増え、社会生活上必須となったことから、これらの規制も撤廃された。やがて現実世界での肉体そのものを捨て、コピー人格によって仮想世界へ永遠に逃避する者も現れたが、仮想空間上の政府機構は取締まりを行った。

2020年代の生成AIの急速な発展により、まず単純な娯楽などの粗製乱造はAIに取って代わられた。2040年代までには徐々に各産業での自動化が進み、「労働」とは高度な判断が求められる一部の頭脳労働者やAI整備者、会社経営者等のみが行う特権的行為と化した。先進国に居住する80%以上の各国民は、毎月一定額の金額支給によって資本主義の論理の下でただ無限に生成される消費財を購入するだけの存在に成り下がった。22世紀の人工子宮による産児調整により、削減が求められた教育機関では成人後も学問探求を行う希望者のための施設として一部が存続することが出来た。

ただし先進国に限ったことではあるが、大多数の人類は第2現実での生活を主に行っており、わざわざ現実世界を生きる者は少数派である。WHOの報告によれば、2205年時点で、世界人口約55億人のおよそ70%が一日7時間以上を第2現実で過ごし、約5%が継続して一年間以上現実世界へ帰還していない。

拡張現実・仮想現実の発展による「第2現実」の誕生、そして勤労観の変化によって、初めて「現実逃避者」はその存在を為政者から許されたことになる。



食糧生産と生命倫理

人工培養肉のステーキ。
この種の料理が屠殺によって食されていた時代を
想像できる者は少ない。

食肉産業が畜産業から「培養肉産業」へ転換したのは、2040年代からと早かった。再生医療を応用し、牛肉・豚肉・鶏肉・魚などを食肉部位のみ培養することで動物を屠殺の苦しみから解放することが実現した。20世紀後半にその萌芽が出現した「ヴィーガニズム」は、大多数の文化的衝突を招きながらも人類の倫理観を少しずつ変化させた。クジラ・イルカ・タコが、人権に相当する「権利」を持つ「知的生命体」か否かが議論となり、欧米を中心に幾つかの国では「Animal Rights」が法制化されるに至った。長い間の食文化によりこれらは少数派の意見であったが、培養肉の実用化によってコスト面の問題が解消された途端、この考え方は主流な倫理観となった。
(日本政府は2051年、クジラ肉を培養食肉品目に加えることを認可。同年「旧動物愛護法」を拡張した「動物権利法」が制定。解釈改憲により基本的人権と併存する権利とされた。)




生殖と少子化克服

神奈川県の人工出産施設。(2210年)

21世紀中盤から、再生医療を応用させた本格的な人工生殖実験が開始された。人間以外の生物についても、今までは受精卵の成長についてはどうしても母体を必要としており、女性の働き方や代理母出産問題、そして女性の高学歴化に伴う少子化問題といった社会問題について、根本的な解決は不可能であった。

しかし精華大学やカリフォルニア工科大など10校と数社の民間企業による共同研究により、2048年にマウスの人工胎盤による出産、2054年にチンパンジー、次いでヒトの母体を用いない人工妊娠~出産に初めて成功した。その後長らくは、人工出生した胎児の免疫問題や、一人誕生あたりのコストが4000万~1億円相当(2024年の貨幣換算)の問題が解決できない状態が続く。しかし、技術革新により安価な人工子宮の量産と運用が可能になると、各民間企業が参入し2090年代には遂に神聖な生殖活動の場においても市場原理が土足で踏み入れるに至った。ヴァチカンやイスラム教指導者は長らく人工子宮の使用を許可しなかったが、多くの衝突と文化的摩擦の末にこの技術は一般化。22世紀半ばには「自然妊娠と出産は野蛮であり、責任のある人間は産児調整に従いながら母子を尊重して人工子宮を使用するのが当然だ」という倫理規範に置き換わった。

もしこの変化が21世紀初頭に起こっていれば、激しいアイデンティティ闘争を招いたであろうが、22世紀には前述の第2現実の発達によりアバターを含めた境界線の曖昧な自己像が主流となっており、それほど大きな反発にはならなかった。現在では各国政府が協調した「世界人口調整枠組み」の中で地球上の200以上の加盟国が限られた地球資源の中で適正人口を各国に割り当て、産児調整(21世紀以前とは全く意味が異なる)により55億人前後に世界人口は調整されている。
※ただし非加盟国が無秩序な人口増加策を行い国際的に非難されることもある。





先端医療と生命倫理

桃。かつて古代中国では仙人が食する不老不死
の果実とされていた。

21世紀の富豪ジェフ・ベゾスをはじめとする億万長者の出資によって、老化や難病克服の研究は飛躍的に進歩した。最初に人工培養臓器の移植技術が2020年代後半から実用化し、その後血液中に放流されたナノロボットによる先行治療と肉体メンテナンスが一般的となった。2050年代には治療不可能なほど重症化した病気については全体を培養した自身の第二の肉体に大脳ニューロンデータを移植することが可能に。そしてそもそも肉体を捨てて電子データとして生活することすらも社会的に許容されるに至った。2100年代にはナノロボットは宗教的な理由を除いて90%以上の人類に普及。「不老不死の価格破壊」が発生した。

宇宙生活者については、対放射線強度を備えた人工義躰に改造された者も現れる。小惑星帯や木星以遠に居住する者の中にはあえてヒトの体からはかけ離れた外観の肉体を「ファッション」として身に纏い自らを「アステロイドアン」と呼称する文化が流行っているのは興味深い。

出生前の疾病有無の確認はかなり一般的になり、出生前の遺伝子操作もごく一般的に行われるようになった。難病の治療に役立てることについては概ね社会は肯定的であるが、いわゆる「デザイナーベイビー」については多数派ではない。どちらかと言えば倫理的な問題よりも、後天的な肉体改造やバイオAI、パワードスーツなどを使用する方が効率的だから、という説明がなされる。こうした生命倫理問題について、倫理規範が急速に変化することによって法制度や倫理学が追いついていない場面も多々ある。




文化と思想「地球からはもう星が見えない」

21世紀初頭のスターリンク衛星。
通信用の人工天体が一列に並び、光害問題の端緒となった。

21世紀のスターリンク衛星の打ち上げ、そしてその後軌道上に打ち上げられた無数の構造物によって、地球の夜空には人工的な光が溢れかえった。更に22世紀の半ばになると、広域地球軌道経済圏(WEES)には常に数千~数百の宇宙船が航行しており、夜空には常に人工的な光跡が見えるようになった。これにより数百光年を超える距離の天体への正確な観測は不可能である。(光害)
これは地球の「天文学の終わり」と呼称され、不可逆的な変化として受け入れられている。バビロニアで星座を編んだ神官以来の地球天文学は終了し、軌道上の何十かの民間望遠鏡、月面のホーキング天文台をはじめとする巨大電波望遠鏡群がその任を引き継いでいるのだ。

また先端工業の面でも、重力や大気に影響されないWEES上での生産が主流となっている。未だ地球上には全人類の99%が居住しているが、人類にとっての「最前線」の場では最早ないという思想が23世紀には根強くなっている。この思想を「地球後背地論」という。

幾つかの宗教団体は、人工光と自然生態系・第2現実によって本来の勤労が失われた地球社会を「穢れた星」であるとし、清浄な宇宙空間への逃避を主張している。また実際に金星軌道や火星、小惑星帯、月、そして地球上には伝統的な農作業や軽工業を直接労働する復古的集団のコミューンが存在している。しかしこうした考え方は地球社会では主流となっていない。

現在、生み出される多数のイノベーションはその大半が人工知能によって起こっており、純粋な人間の科学者が大きな発明・発見をすることは稀になっている。過剰な「逃避者」がほとんどおらず、人工知能に頼りすぎない宇宙居住者たちこそ、24世紀以降の人類史を真に担う者なのかもしれない。星の見えなくなった地球から、彼らを見上げてそう思うのである。(続く)



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