あの夢をなぞって
前作はこちら。
僕は時田真守。
時をちょっとだけ戻すことができる。
たった1分…
この説明は…もういっか。
前回…
駅まで一緒に帰ったのに、
彼女の連絡先を聞きそびれた僕。
その後、
友達経由でアドレスをゲット。
いつも通りの朝。
でも今日は、
彼女と初めてのランチ。
僕は少し早めに家を出た…
僕は時を戻した。
スマホを家に忘れてた…。
(緊張しすぎ。
ちょっと落ち着こう…)
待ち合わせ場所。
ス~~
目の前を何かが横切る。
よく見ると…
薄桃色の花びらが、
ハラリハラリと舞っていた。
(……さくら?)
こんな時期に?)
僕は後ろに、
人の気配を感じて振り向くと…
そこには、子供がひとり立っていた。
(誰?
……女の子?)
女の子は顔を覆い泣きじゃくっていた。
(どうしたの?
なぜ、泣いてるの?)
僕は…
声をかけようとした…
「こんにちは」
「え!?
あっ、こんにちわ」
「どうしたの?」
「いや、あれれ?
今ここに女の子が…」
「私のこと?」
「いや、もっと小さくて…
小学生ぐらいの…」
「どこ?
そんな子いないけど…大丈夫?」
「おかしいなあ…そうだよな。
12月に桜もありえないし」
「桜?」
「いや、いいのいいの。
多分、何かの見間違えだから」
「そう?」
「時音ちゃん…
足…寒くない?」
「足?
大丈夫だよ」
「ならいいけど。
今日、寒いからさ。
でも、キレイだね」
「え?!」
「ん?
いや、ごめん違うよ!
キレイってのは全体的な話であって、
別に足だけを褒めたわけじゃなく、
決して変な意味では…」
僕は時を戻した。
(また使ってしまった。
緊張してるぞ…落ち着け。
それに最近、
条件反射的に使う癖があるぞ。
気を付けないと)
再び待ち合わせ場所。
「こんにちわ」
「こんにちは」
「いいね、その服。
そのコートの色、素敵だね」
「そう?
ありがとう」
「急に誘ったけど、大丈夫だった?」
「大丈夫。
特に予定もなかったから」
「よかった。
先週オープンしたばかりの、
レストランだけどいい?」
「もしかして一昨日、
テレビで紹介されてたとこ?
この近くだよね」
「知ってるの?」
「もうひとつ向こうの通りの、
アジアンレストランでしょ?」
「あれって、アジアンレストランなの?」
「そうよ。
私、アジア料理大好き!
パクチー大好物なの!
時田さん、パクチー食べれる?」
「た、た、食べれるよ」
「美味しいよね~」
「う、うん…
あっ、そこの角を曲がって…あれ?」
「テレビの影響かな…すごい行列。
でもこんなに並ぶってことは、
美味しいからだよね…きっと。
時田さん?
行かないの?
予約してるんでしょ?」
「予約?」
「時田さん…予約入れてないの?」
「ごめん。
ネットで予約サイト見つけられなくて…」
「……どうする?
このまま待つ?」
「え~と…そうだね…じゃあ…」
僕は時を戻した。
「急に誘ったけど、大丈夫だった?」
「大丈夫。
特に予定もなかったから」
「お店はまだ決めてないんだ。
時音ちゃんはアジア料理以外で、
好きな料理って何?」
「アジア料理以外?」
「実は僕…辛い料理と、
匂いが強い香草がちょっと苦手で…」
「そうなんだ…
よく友達と行くのはイタリアンかなぁ」
「パスタならこの近くに、
僕がよく行く店があるけど、どう?」
「うん、いいよ」
「すぐ、そこだから。
パスタの種類も多くて、
どれも美味しいんだ…あれ?」
「時田さん、張り紙…。
突然ですが、
本日はお休みします…ですって」
僕は時を戻した。
「急に誘ったけど、大丈夫だった?」
「大丈夫。
特に予定もなかったから」
「時音ちゃん、お腹空いてる?」
「べ、別に…今はそんなに…」
「実は僕もそんなに空いてなくてさ、
軽食でもいいかなあって…。
サブウェイとかどう?」
「サブウェイ?
…いいよ」
「そうしよう。
すぐそこにあるし」
僕たちは、
サンドイッチと飲み物を注文し、
窓際の席に向かい合って座った。
「時田さん…
ちょっと、聞いてもいい?」
「なに?」
「この前さあ。
駅まで送ってくれたじゃない?」
「うん」
「あの時、時田さん…
スマホ片手に、
必死に電車追いかけてきたよね?」
「み、み、見てたの?!」
「あれって、何だったの?」
「あれ、あれは、つまり…」
「つまり~?」
「あれは…つまり…
恥ずかしい話なんだけど…
時音ちゃんの連絡先を、
聞いてなかったことに気付いて…
慌ててしまった結果…です」
「やっぱり!
私も乗ってから気付いたの!
時田さんと連絡先交換してないって!」
「?!
そうなの!?」
「同じこと考えてたね…フフ」
「お、同じだねぇ…ハハ」
(おい!
おいおいおい!
時音ちゃんも僕と、
連絡先を交換したかったってことは…
いやいや、気が早いぞ。
そんなことある?
まだ会って2回目だぞ。
でもなに!
その好意とも取れる絶妙なセリフ!
いや、勘違いするな。
社交辞令…社交辞令だよ…きっと。
浮かれちゃダメだ、自分!)
「でも時音ちゃんって、
モテそうだよね?」
「え?」
「だって可愛いし気さくで、
誰にでも人当たりがいいし、
あの時の合コンだって、
みんな時音ちゃんがいいって、
言ってたし…」
「それで?」
「僕みたいなのと、
こうやっているのも不思議で、
正直言うと不釣り合いじゃないかなって」
「何で、そんなこと言うの?」
「え?」
「何で、そんなこと言うのよ!」
「いや、ごめんごめん。
別にあの…これは褒めてるわけで…
僕の正直な…気持ちであって…
あれ?…いま僕、何て言った?」
「不釣り合いって、
何で時田さんが勝手に決めるの?!」
「いやそれは…
一般的に見てそうかな…と、
いうことであって…それは…」
「ひどい!!」
僕は時を戻した。
「やっぱり!
私も乗ってから気付いたの!
時田さんと連絡先交換してないって!」
「?!
そうなの!?」
「同じこと考えてたね…フフ」
「そうだったんだあ~」
………。
「時田さん…
もう時間…戻せないよね?」
「え?」
「もう使えないでしょ?
時を戻す能力」
「な、なな、なに?!
何言ってるの時音ちゃん」
「ねえ。
そうやって時を戻して…
やり直してみて、どう?
それ自分でどう思ってるの?」
「どう思うも何も…え?
何のこと?!」
「私、知ってるよ、その能力。
知り合いにも同じ能力の人いるから」
「え?!
僕以外にもいるの!!」
「知らないんだ…。
それ、便利だと思ってるでしょ?
そうじゃないよ。
その能力には、副作用があるんだよ」
「副作用!?
副作用って何!?」
「やっぱり知らずに使ってたんだ。
人によって副作用は異なるけど、
私が見た感じ…
時田さんのは…脱毛ね」
ハラリ…
「え゛え゛~!!
脱毛!!」
「時田さん、落ち着いて。
時田さんが時間戻せるの、
1日5回でしょ?」
「…そうだけど」
「たぶん、1回使うと1本抜けて…
だとすると…ちょっと待ってね…
いま計算してあげるから…
え~と365✕5が1825で、
髪の毛が大体10万本として…。
10万本を1825で割ると…54…
約55年で、ハゲちゃうね。
安心して。
70超えてるし、年相応じゃない?!
いや、待って!
いつから使ってる?
でもでも、待って!
年に1825本抜けるってことは、
どのみち50歳くらいで、
落ち武者ヘアーなんじゃないの?」
「落ち武者!?」
「時田さん。
何も気にせず使ってたのね。
大きな力なんて、
リスクが付きものだと思わなかった?
そういうものって使えば必ず、
代償や報いがあるものよ。
だから私は…使わない」
「え?!
時音ちゃん…君も!?」
「あなたはどうするの、時田さん。
私は今のような使い方は、
止めた方がいいと思う。
人のスマホ隠したり、
自分のミスを誤魔化すような使い方は、
とても褒められた使い方じゃないよ」
「!!……」
「私は…
あなたがどんな人か知ってる…。
でも能力に頼りきってるあなたは、
私の知ってるあなたじゃないし…
そういうあなたは…好きじゃない。
どうしてすぐ能力に頼るの?
戻さなくても、
私の連絡先は聞けたでしょ?
あなたはこのまま、
都合の悪いことから、
ずっと逃げ続ける気なの?
さっきのお店選びみたいに…。
あなたの時間に私はいるけど、
そこに本当の私はいないのよ」
「そんなこと…
急に言われても…
………
……それに」
「それに?」
「僕はきっと…
この能力がないと無理だと思う」
「どうして?」
「これがないと僕は、
生きていけないと…思うんだ」
「そうなんだ…。
そこまで頼りきってるんだ。
私がこんなに心配してるのに?」
「……」
「じゃあ、
私のことはどう思ってるの?」
「!……」
「……」
「…………
…………」
「自分の気持ちもわからない?
時田さん、私のことちゃんと見てる?」
「…………
…………」
「残念だわ。
能力のリスク…
話せばわかってくれると思ったけど、
その様子じゃ無理みたいね。
こうするしかないのね…」
そう言って彼女は、店を出ていった。
そして僕のスマホに、
彼女からメッセージが…。
【クリスマス。
あなたの家に招待して。
ご両親と一緒にホームパーティー。
逃れられない時間の中で】