
充実設備投資
仕事中の男性社員二人。
「急にこの会社、いい感じになったなあ」
「あれでしょ?
社長が職場環境改善セミナーに、
参加したから。
オフィスの仕切りなくしたり、
下の階にはカフェや食堂ができたもんな」
「仮眠室にジムもあるんだろ?
まだ使ったことないけど」
「そのうち行こうぜ」
「ああ。
でも正直言うとさ、
入社した時はあまりのレトロ感に、
失敗した~って思ったんだ、俺」
「お前も?!実は俺も」
「でも今は散々悪口言って、
すいませんでしたって気持ち」
「そうだな。
俺らも文句言った分…仕事するか!」
「ああ!」
「お~お~お疲れ」
「あれ?
角野がこの時間に会社いるの、
珍しくない?
外回りは帰ってくるの夕方だよね?
ん?…あれあれ?…ちょっと待って…
お前、朝見た時と雰囲気変わってない?」
「気付いた?
そこに気付くとは飯坂…お前…
女性にモテるだろ?」
「はぐらかすな!
ていうかお前…散髪した?」
「そこに気付くか?
そこに気付けるとはお前…」
「それもういいよ!
何で仕事中に髪短くなってんだよ!」
「ちょっと…抜けちゃってさ」
「んなわけねえだろ!
正直に言えよ」
「わかったよ!
この会社さあ…設備投資したじゃん?」
「今、その話ししてたとこ」
「社長がさ、
ヘアサロンを作ってくれたんだよ。
営業社員の身だしなみを心配して」
「なに?お前、そこで切ったの?」
「切っちゃった~!
あ~さっぱりした~!」
「お前、ちょっと言っていい?
身綺麗にするのはいいさ。
社長もそのつもりで作ったんだろうから。
散髪も許そう…営業は時間自由だし。
でも、なぜお前はここにいる?!
身だしなみ整えたなら取引先行けよ!
営業なんだから!」
「営業?いつ?
俺が?どうして?なんで?」
「何だその矢継ぎ早の5W1Hもどき。
え?!お前…営業じゃないの?」
「営業だったの?」
「俺に聞くなよ、お前のことだろ!
何で質問に質問で返すんだよ」
「知らない知らない…俺は何も知らん!
俺が誰でどこの部署か…俺は知らん!」
「嘘!待って!
お前、営業じゃないの?
え?え?!怖い怖い怖い怖い。
じゃあ入社してこの4ヶ月、
お前どこで何してたの?」
「そこを聞いてくる?飯坂」
「いや聞くだろ普通に」
「実は研修が終わって、
みんな配属辞令受けたよな?」
「ああ」
「実は俺、貰ってない!」
「そんなことってあんの?!
じゃあお前、いま無所属なの?」
「そうだ!俺は現在フリーランスだ!」
「自営じゃねえだろ!
ただの自由人じゃねえか!
まさかお前、仕事してないの?」
「そこ聞く?」
「聞くよ!
お前にも説明義務があるだろ!」
「わかったよ。
実は最初の頃は、
社内で仕事をしてるふりして、
ネット動画見て…暇潰ししてたんだ」
「最低だなお前!…それで」
「しばらくしてうちの会社、
ネット閲覧の監視が厳しいことを、
喫煙所でたまたま耳にしちゃって、
正直、ビビったねえ~。
で、逃げた」
「どこへ?」
「外へ!…営業のふりして」
「お前、確信犯の給料泥棒じゃねえか!
どこで暇潰してた、就業時間まで」
「大体は…ネットカフェ?
でもお金掛かるじゃん?
だから月末は公園?
でも最近、あっついからさ、
正直、困ってたんだよね~。
そしたら渡りに舟っていうの?
最近、良い穴場が出来たんだよ!」
「社内の仮眠室だろ」
「気付いたちゃった?
会社が気付かないことに気付くとは、
飯坂…お前…やっぱり女にモテるだろ?」
「モテてねえし、
話題にも上がんねえよ!
ていうか、お前それ重大問題だぞ。
おれ見て見ぬふりは出来ないから、
今から総務行ってくるわ!」
「待ってくれ~!!飯坂!!
この通りだ~!!」
「何だよ今更!
釈明の余地もねえだろ!」
「やっとできたんだよ~俺の憩いの場が。
やっとのことで見つけたんだよ~
俺の宝島~
これから始まるんだよ~
俺の新しいエンジョイライフが~!」
「話になんねえ。やっぱ行ってくる」
「待ってくれよ~飯坂~!!」
そこにひとりの男性が入ってくる。
「あれ?あなたは確か総務の?」
「どうも。総務の豊田です。
角野さん、いらっしゃいますよね?」
「はい。そこに。
ちょうど良かった、
今、そちらへ行こうと、
思ってたところだったんですよ」
「そうでしたか。
じゃあそれは後でお聞きしますので、
まずは角野さん。
ちょっと大事なお話が」
「はい…何でしょう?」
「あなたに辞令が出ました。
明後日からかせい勤務です」
「葛西ですか?」
「いえ、火星です。
月金地火木の火星です」
「惑星の?!」
「はい。
うちは人材派遣の会社ですので。
ちょうど大口のお客様から、
あなたのような人材が欲しいと要望があり
ずっと審査してきました。
角野さん…合格です。
おめでとうございます」
「いやいや、なに急に火星って!」
合格かなんか知らないけど俺行かないよ!
社員にも拒否権あるよね?」
「確かにございます。
ですがこの4ヶ月間あなたは何か、
会社に貢献しましたか?」
「あ、それは…そのう…」
「そうですよね。
むしろこの4ヶ月間は角野さんにとって、
とても有意義な時間……
だったんじゃないですか?」
「…は、はい」
「私どもは角野さんを、
責めてるんじゃないんです…
買ってるんです。
だからあえて部署も指定せず今まで、
自由に行動して頂いたわけでして」
「会社は知ってたんですか?
こいつの行動?」
「もちろんです。
そんな社員を配属しないで、
忘れてる会社なんてありませんよ」
「ですよね。
でも火星に何でこんな角野が?」
「こんなってなんだよ!」
「まあいずれわかるので、
お教えしましょう。
火星移住のお話は知ってますか?」
「はい。ニュースでは」
「ロケットなどの技術的な問題は、
すでにクリアされてました。
あとは実際、人がその環境で、
生きていけるのかということが、
最後の障害だったんです。
火星に有能な研究者、
優秀な科学者を送り出す。
それを万が一、失うのは惜しい。
そこでひとりの有識者が言いました。
別に火星には、
ゴキブリ飛ばしてもいいんじゃない?
……と」
「あ~それで角野ですね」
「あ~じゃねえよ!」
「そしてようやく見つけたんです。
どんな環境でも…
しぶとく…図太く…
ふてぶてしく…生き抜く人材に」
「それは角野しかいませんね」
「おい!」
「クライアントの要望欄にも、
人間のクズと明記されました」
「おい!!
散々、人のことをコケにして!
やっぱり俺は行かないからな!!
そうだ!会社辞めてやる!!
それなら行かなくていいよな!」
「それでも結構ですけど、
次にお会いするのは、
裁判所になるかと思いますが」
「行きます!
行かせて下さい!!」
「安心して下さい、角野さん。
火星の居住スペースはとても快適です。
水の生成も食事の準備も清掃も全自動。
そして健康管理、体の治療も、
全てAIロボットが行うので、
何の心配もないです」
「え?それって単身ってこと?!」
「期間は3年。
ちなみに居住スペースですが、
角野さんに気に入ってもらえる
素敵な名前にしてもらいました」
「なんです?」
「新宝島。
ピッタリでしょ?」
「もうこいつらからは逃げらんね~!!」
このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。
いいなと思ったら応援しよう!
