代打を告げられた男
球場。
ペナントを左右する天王山。
8回裏0-1。
1アウト2塁の場面。
ネクストバッターズサークルで待つ選手。
頭の中ではさきほどの、
監督とのやり取りを思い返していた。
「高橋。
気負うな。
大きいのはいらん。
まずは同点だ。
このまま9回を迎えると、
あの守護神が出てきてゲームセットだ」
「監督やるべきことは分かってます。
きっちり仕事してきますよ」
「ちょっと待って!
高橋君!」
「何ですか、コーチ?」
「君のお父さん!
いまネット速報で、
追突事故に合ったって!」
「父が!?」
「監督!
ここは交代で!」
「う~~~ん……
仕方ない!
高橋!
お父さんのところに行け!」
「いえ…行きません」
「高橋…おまえ」
「別に事故に合っただけで、
父が怪我したとは書いてませんよね」
「……」
「確かにそうだけど…高橋君」
「行きます!
ここは大事な場面です!
父のとこへは、
この打席が終わり次第行きます。
だからこの打席だけ…
ここだけは行かせて下さい!
監督!」
「………はぁ~。
高橋…この打席だけだぞ」
「はい!」
………。
………。
………。
「バッターアウト!」
三振でうなだれながら戻ってくる選手。
「すまない…頼んだ」
「ああ」
2アウト、ランナー2塁で…1点差。
一打同点…ホームランで逆転の場面。
バッターボックスに立つ高橋。
いつものルーティンで、
気持ちを落ち着かせる。
するとベンチから声が。
「高橋君!
お父さん重体!!
高橋君!!」
聞こえないふりをしてバットを構える高橋。
すると…
観客席から大きな声が…
「か~え~れ!」
味方のユニフォームを着た、
年配の男性からだった。
さらに…
「か~え~れ!」
「か~え~れ!」
それに続くように女性や子供まで…
そして応援団までもが…
「か~え~れ!」 「か~え~れ!」
「か~え~れ!」 「か~え~れ!」
そしてついに敵の観客席からも…
「か~え~れ!」 「か~え~れ!」
「か~え~れ!」 「か~え~れ!」
「か~え~れ!」 「か~え~れ!」
「か~え~れ!」 「か~え~れ!」
「帰ってあげて~!」
「タイム!!」
監督が駆け寄ってきた。
「高橋…
お前がやるべきことは…わかるな」
「……はい」
私はバットを下ろし、
味方スタンドへ…
次に敵スタンドへ…
そして外野席とバックネット方向へ…
深々とお辞儀をした。
拍手と大歓声の中、
私はベンチへと下がった。