【連載】#22 クソ生意気で最低なヤツになってわかったこと|唯一無二の「出張料理人」が説く「競わない生き方」
小さい頃から超肥満児で、鈍臭くて、いじめられてばかりいた私ですが、小学5年生の家庭科の料理実習でつくった「目玉焼き」をみんなの前で先生に褒められてから急にパーッと目の前が明るくなり、料理の道に進むことを決めてからは、徐々に自分に自信が持てるようになりました。
当時の私は、プロ野球ジャイアンツの長嶋茂雄選手や王貞治選手に憧れて、後楽園球場で試合のある休みの日には、津田沼から一人で電車に乗って、後楽園球場まで試合を観に行っていました。長嶋選手や王選手が、ヒットやホームランを打ったときの球場全体から湧き上がる大歓声が堪らなく好きで、「いつかボクもおいしい料理で、たくさんの人々を感動させたい」と思うようになりました。
選手に一番近づけるのがサインをもらうときなのですが、初めて長嶋選手や王選手に後楽園球場の駐車場近くでサインを書いてもらったときに受けたオーラがものすごくて超感激し、その日から私もサインを書く練習を始めました。どうやら私は子供の頃から、鈍臭い代わりに、一度思い込んだら脇目も振らずに突き進む性格なようで、「自分もサインを頼まれるくらい一流のコックさんになるんだ」と決意して、毎日サインをいろいろなモノに書いて練習していました。
中学生になる頃には、今まで私をいじめてきた仲間たちを見返してやるんだと息込んでいました。当時の私のシナリオは「彼らよりも勉強を頑張って、彼らより良い高校、大学に進学。そして、辻調理師専門学校に行ってフランス修行もして、帰国後は都内の一等地でフレンチレストランを経営して、立派な実業家になる」というものでした。今思えば、お恥ずかしいかぎりなのですが、かなり強気な自分になっていました。
私が通った小学校の隣りに中学校があり、ほぼ全員が同じ中学校に入学しました。全9クラスのうち、他の8クラスはベテランの、貫禄ある先生方が担任なのですが、なぜか私のクラスだけが、大学出たての、か弱そうな、おぼっちゃまっぽい男性の先生でした。今、思えば、とても良い先生だったのですが、私には「こんな先生で大丈夫か?」という不信感が先に立ち、先生に向かって、かなり失礼なことを平気で言っていました。体育祭が嫌で、その前の3週間ぐらい学校を無断欠席して、かなり先生を困らせたこともあります。ちなみに、中学を無断欠席していたときも、学習塾にはしっかり通っていました。それが学校にバレて、先生が自宅までやって来て、「学習塾に行っているのに、なぜ学校に来ないのか」と問い質されたこともありました。それにもかかわらず完全に無視して、無断欠席を続けていました。
この中学では1年ごとにクラス替えがあり、たいていの仲間は、毎年担任の先生が変わるのですが、私だけがなぜか3年間、例の同じおぼっちゃま先生でした。3年生のとき、私はこの現実にかなりキレて、気持ちが抑えられなくなり、思わず手紙を書いて学年主任の先生(いわゆる担任の直属の上司)に提出したことがあります。その手紙の内容は次のようなものでした。
「なぜ、私ばかりが、3年間同じ担任の先生なのですか? こんな頼りない、実績のない先生では、希望高校への進学も危ういです。今からでも他のベテラン先生のクラスに変えてください」
こんな感じで、ただ一方的に自分の感情だけを書き連ねたのです。すると、数日後、担任の先生から返信がありました。いろいろ書いてありましたが、一番印象に残っている一文が「もう、ショックで、夜も眠れません」というものでした。
これを読んだ私は、「こんな先生で大丈夫か?」とさらに不信感が増し、もう顔も見たくなくなり、母親と一緒に学年主任の先生に会いに行きました。すると、学年主任の先生には、
「(私の担任の先生は、)これくらいのことは乗り越えなくてはダメですね。小暮君も一緒になって、担任の先生を応援してください」
と言われたのです。私のことを一切叱らなかった学年主任の先生のことを、中3で生意気ながら、「さすがだな」と思った次第です。その後は、担任の先生とは付かず離れずの感じで、3年目を過ごしました。
このクソ生意気な状況は、高校に入学してからも続きます。私は私立の高校に進学したのですが、入学当初から、学校や先生に対して、自分の気に入らないことばかりをズケズケ言っていました。
ところが、この高校では、軍隊上がりの公立高校を定年退職してから赴任したベテラン先生が学年主任をしており、その先生にすぐに喝を入れられることになります。
軍隊上がりの先生は普段はニコニコしていたので、それに乗じて、私はいつもの調子で不平不満をぶつけたときでした。
「キミは、やるべきことをやらず、自分の言いたいことだけを言っている! そこに立ってろ!!!」
そう怒鳴られながら、頬にビンタを食らったのです。そして、そのまま職員室の前で1時間立たされました。これを機に、私はようやく目が覚めました。
あなたは、このような私みたいなクソ生意気なヤツをどう思いますか?
今の私が中学時代に戻れるのなら、当時の自分に説教して、ぶっ飛ばしています。それほど恥ずかしい振る舞いをしていました。
ただ、こんなクソ生意気を経験して、人様にたくさんご迷惑をおかけしたからこそ、身に沁みて気づくこともあります。今は還暦を過ぎ、「人としてどう生きるべきか」がわかってきましたが、もし子供の頃から脇道に逸れることもなく、ずっと良い子で大人になっていたら、将来どこかで脱線したときに、大事故につながるかもしれないと思うのです。
世の中には「陰と陽の自然の法則」があります。子供の頃にクソ生意気(陰)を経験することで、そこから学び、大人になってから運が開ける(陽)というものです。
もしあなたが、今の自分に自信が持てないでいるとしたら、一度良い人をやめて、生意気なヤツになってみることをおすすめします。生意気なヤツ(陰)を起こすことで、開運(陽)を呼び込むわけです。きっと勇気とパワーが湧いてきますよ。
▼本連載「唯一無二の『出張料理人』が説く『競わない生き方』」は、下記のサイトで過去回から最新話まですべて読めます。