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生きるコントもヒント
『生きるコント』というエッセイ集がある。
第一刷は2010年。
タイトルは、おそらく『生きるヒント』のオマージュだろう。
先日、五木寛之さんのエッセイを読み、この本をひさびさに思い出した。
著者は「画家、脚本家、CMディレクター、映画監督、作家、エッセイスト、コピーライター、演出家、ラジオパーソナリティ」の大宮エリーさん。
東大薬学部を出て電通に入社、2006年に独立。文理芸術を網羅した肩書きだけみると、バリバリのスーパーキャリアウーマンだ。
『海でのはなし。』や、スピッツ『群青』のMVを手掛けたのも、エリーさん。
不惑の草野マサムネさんをぎこちなく踊らせたのは、後にも先にもエリーさんだけだと思う。
その華々しいキャリアと並行して、
リオのスラム街を、黄色いビキニ姿で発作的に疾走したり
突然、数十匹のアライグマに襲われたり
免許もないのにピンクのポルシェをもらうはめになったり、
プロ用の自転車を衝動買いして車に轢かれたり
されている。
なぜか、すべてがコントになってしまう人生。
1㎝たらずの薄い本に、濃すぎる体験がこれでもかというくらい詰め込まれている。
普通なら赤面してしまうような体験も、ありのままにつづられていた。
ともだちのブログと勘違いしてしまいそうなくらい、軽妙で親しみやすい語り口。
わかりやすくもバラエティに富んだ語彙、身近で絶妙なたとえ。
モノクロのページが原色にみえそうなくらい、内容が脳にガツンと飛び込んでくる。
本編が始まり、わずか8行目。
どこをどう繋げればそちらに電流が流れるのかという思考回路、ロケットでも搭載しているのかという行動力に、度肝を抜かれる。
薬剤師の国家試験の日にリオのカーニバルがあると知り、「サボれる」「運命を感じた」という理由で、単身ブラジルへ乗り込んでしまうのだ。
そして、そのリオのスラム街を、黄色いビキニ姿で疾走する。
考えと理由に基づいての行動なのだが、ちょっとした勘違いが、スラム街の治安の悪さを吹き飛ばすほどの奇行になってしまったらしい。
粒だったエピソードの数々を、深夜に1時間足らずで再読了。
作者あとがきには、こうある。
つらい、が、おいしい、と感じたら成功。悲劇は喜劇と隣り合わせといいますが、それは、その人の心持ち次第かなと思うのです。ただ、やっぱり、ある程度、元気じゃないと難しいですよね。弱っていると、あんまり喜劇にできない。だから鍛錬が必要です。心の筋肉を強く、強く保つような。なかなか私も出来ないのですが、毎週、自虐エッセイをつくる、という上で、そういう筋肉が育ったような気もします。
この本、実はパート2もある。パート2も、粒だちまくりである。
スポンジケーキなら惨事だが、エッセイ集なので賛辞しかない。
ときに、無理なポジティブ変換は現実とのギャップが際立ち虚しくなることがある。
きっとあれは、準備運動や筋トレなしで急に動かしたから、筋を痛めてしまったのだろう。無理な姿勢だって、長くは続かない。
何事も、鍛錬が必要なのだ。
エリーさん、国家試験はサボっても、心の鍛錬はサボらない。
よく人に、「いつも楽しそうですね」と言われることがあります。でも、全然違います。むしろ逆。どうにもパッとしないな、楽しい事なんか見つからないな、って思う事、沢山あるんです。(中略)ただ、だからこそ、えいや、と気持ちを奮い起こして何でもいいから面白そうな粒を見つけようとするんです。
エリーさんの場合、面白そうな粒はあっという間にかたまりくらいのサイズになって、大輪の花まで咲いたようなエピソードばかり。
洞察力や観察力はふとした瞬間に鈍るし、妄想力や想像力は、一歩間違えれば光のない方へ突き進んでしまいがちだ。
ただ、無数に自然発生しているおもしろいつぶつぶを見逃してしまうのは、たしかに惜しい。中には、フリー素材もあるのだし。
某映画に出てきた「お前がつまらないのは、お前のせいだ」というセリフは、やはり真理なのだと確信した。
そういえば先日、はたらかないおじさんへのムムムが積み重なり
「しょせん自分にしか興味がない!」
と、スマホのメモにモヤモヤを殴り打ちした。
「しょせん詩文にしか興味がない!」
と打っていた。
杜甫かよ。
脱力してどうでもよくなったし、きっとわたしがはたらきすぎおばさんなのだ。
少しサボろう。リオのカーニバルには行かないけど。
詩聖と呼ばれた彼もまた、社会や政治の矛盾、みずからの不遇を詩にしたためていたという。
ネガティブでもポジティブでも、日々感じたことを書き留めておくのは、何らかのかたちで自家発電になりうるなと感じた。
あと、濁点を打ち忘れないように指の筋トレもしておこう。
いや、しないほうが面白そうな粒が見つけやすくなるだろうか。