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【読書】人生再考/「生の短さについて」から
古代ローマ帝国の政府高官兼ストア派哲学者のセネカの書で、なぜ人々が人生が短いと感じるのかを痛快なまでに明瞭に述べて本。忙しなく生きなければならない現代人だからこそ読みたい一冊。
記事要約
人生は短いのではない。人が生を無駄遣いしているのだ。
くだらないことや意味のないこと、他人のために自分の貴重な時間を費やし続けることはVoluntary Slaveryに過ぎない。
そのように時間を無駄に使いせわしくしている人の人生は短くなるのは当たり前。
1.本の紹介
本のタイトルは「On the Shortness of Life」(49年刊行)で、邦訳は、「生の短さについて」で岩波文庫から刊行。
著者は古代ローマ帝国の政治家かつストア派哲学者でもあったルキウス・アンナエウス・セネカ/Lucius Annaeus Seneca(紀元前1年頃ー65年4月)。
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生まれはスペインのコルドバで、首都ローマで哲学含む教養を積む。20代に大病を患い、一時療養も兼ねてエジプトに滞在していたらしい(おじさんがエジプトの総督)。本格的なキャリアは30代からで、コネを利用して財務官となり、その後元老議員に。持ち前の弁論術と哲学を武器に頭角を現し、40代にはかなりの有力者に。しかしその後権力闘争に巻き込まれ一時失脚(コルシカへ島送り)。しかし、49年頃/40代後半に政界に復帰、50代半ばで皇帝ネロが即位するとその初期の5年間を支える(後世から「ネロの5年間」「5年の良き時代」と称される)。しかし、結局は精神的に不安定になったネロに自殺を命じられ、65年に死去。
この「生の短さについて」は、セネカがローマへ帰還する前後に執筆されたもの。
2.本の概要
人生は短い、などとよく言われるが、そのような論調に真っ向から反論するのが本書。人々は自然の摂理がいかに不親切かよく文句を言う。我々に与えられた時間は短く、時はすごい速さで過ぎ去っていく上、中には突然死が訪れ、人生を謳歌する暇もない人もいる。でもそれは違う。人生は短いのではなく、人が生を無駄遣いしているからだ、と著者は言う。
We do not have a very short time assigned to us, but we lose a great deal of it: life is long enough to carry out the most important projects: we have an ample portion, if we do but arrange the whole of it aright: but when it all runs to waste through luxury and carelessness, when it is not devoted to any good purpose, then at the last we are forces to feel that it is all over, although we never noticed how it glided away. Thus it is: we do not receive a short life, but we make it a short one, and we are not poor in days, but wasteful of them.
著者は、怠惰な生活を送ったり、意味のないことに時間を費やしたり、価値のない他人のために骨を折ったりして自分の時間を無駄にすることを、Voluntary slaveryと呼んでいる。
その背景には、多くの人は自分の時間の価値を正しく認識していないことがある。自分の時間がどれだけ大切かわかっていないから、あたかもそれが無料であるかのように、他人の求めに応じて助力を申し出る。そのように時間を無駄に使いせわしくしている人の人生は当然短くなる。
no one values time: they give it much more freely, as though it cost nothing.
ではどうしたらいいのか?セネカは哲学/Philisophyに勤しめという。哲学し、先人から学ぶことはすなわち、それら偉大な先人たちがあたかもあなたのためだけに存在していたとも言える、ということ。
The only persons who are really at leisure are those who devote themselves to philosophy: and they alone really live: for they do not merely enjoy their own lifetime, but they annex every century to their own: all the years which have passed before them belong to them….. the founders of divide schools of though, as having been born for us, and having prepared life for us….
これら偉人たちは、あなたがどう生きどう死んでいくべきなのか、どのようにして時間を有効に活用すべきなのかアドバイスをくれるという。
キャリアや何かの賞などは全ては時間とともに消え失せ過ぎ去ってしまうもの。
街中で政府高官の格好をしたものを見かけても、何もうらやむ必要はない。なぜなら彼らは、自分の大切な時間を無駄遣いしているから。
When, therefore, you see a man often were the purpole robes of office, and hear his name often repeated in the forum, do not envy him: he gains these things by losing so much of his life.
3.感想
本書はおそらく、セネカが50歳前後の頃に執筆したもので、仕事に忙殺されている高官の友人にあてた手紙らしい。
何度読んでも、ハッとさせられる文言が満載。
確かに自分の時間を大切にしているか?と聞かれれば、「はい」と即答できない自分がいる。平日はサラリーマンとして仕事に忙殺され、空いた時間や週末は子供の世話に追われる。子供が寝ている間は家事で、さらにその合間で読書する日々。この読書をセネカの言う有意義な時間の使い方なのだとすれば、私は自分の人生を無駄遣いしているのだろうか?などと思ってしまう。
セネカの言う通り自分が大事と思うこと(セネカの場合は哲学)に没頭するのがベストなのだろうが、すべてをアウトソーシングできた古代ローマ帝国ならまだしも、現代社会はそうもいかない。
なので、バランスが大事なのだろう。昭和時代の企業戦士的な働き方をするのは間違いなくナンセンスで、なるべく仕事や家事を効率よく終わらせ自分の時間を作る。そのうえで、スマホなどを見て時間を無為に過ごすのではなく読書やらなにやらと有意義な活動に使う。などと思ったりした。
最後に一言
なお本記事は、あくまで私がポイントだなと思った部分のみ書き出しまとめているだけです。この概要記事がきっかけとなり、この本に興味を持っていただけたら幸いに思います。
あわせて他の記事もご覧いただけたら幸いに思います。
https://note.com/eu_consultancy/m/mf8b81689509d