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色なき風と月の雲 9



あれから何度か、お互いの家を行き来するようになった。


「紗楽ちゃん」

そう呼ばれるようになった。


照れくさくて、私は未だに麗さん呼びのまま。一応麗さんは年上なので私は変わらず敬語を使っている。


「はい、これ」

カードを渡されたので、何かなとまじまじと見つめる。


「家のカードキー。無くさないでね」
そして、手のひらを向けてきたので

「私もですか?」

尋ねると麗さんはコクコクと頷いた。


引き出しから合鍵を取り出し、麗さんに渡した。

「僕の家は好きに使ってもらっていいから」

麗さんに貰った合鍵を見つめる。


恋人でもないのに、こんなことしていいのだろうか。でも、部屋の鍵を渡すってことは特定の人はいないってこと?




久々に早く稽古が終わったので、家でご飯を食べていた。


ご飯といっても、納豆の賞味期限が切れそうだったので簡単に納豆チャーハン。

ぼーっとテレビを見ながら食べていると、玄関からガチャガチャと音がした。

「紗楽ちゃん〜」

連絡もなしに麗さんがやってきた。


「え、麗さん、なんで急に来たんですか?」

「決まってるじゃん、会いたかったからだよ」

キラキラした笑顔で言われても困る。


「せめて来る前には連絡してください」

だって可愛げのないスウエットを着てるし、稽古後にシャワーを浴びたから髪だってボサボサだ。

そんな私をよそに

「おなかすいたー」

そう言いながら、私の食べさしに手を付けている。


あっという間に食べ終わり、

「ごちそうさま」

ニコニコ笑っている。可愛い。

─いやいや、私のご飯だよ?私まだお腹満たされていないんですけど?


「麗さん」

「ん?」

「私まだ全然食べてなかったんですけど」

「え、ごめん。お腹減っててつい。納豆が入ったチャーハンって初めて食べたよ。予想以上に美味しかった。ごちそうさま」

「お粗末さまです…いやいや、連絡してもらえれば用意したのに」


自分ひとりで食べるズボラご飯なんて、アイドル様に食べさせちゃダメでしょ。しかも炭水化物まみれで野菜も無いし、身体に良くない。

冷蔵庫を開けると、カット野菜ともやしがあった。残念ながらお肉は無い。肉無しの野菜だけ野菜炒めにするか。

仕方なく再度キッチンに立ち、フライパンに野菜を放り込み塩コショウで味をつける。

皿に盛り付け、麗さんの前に置いたら、また目を輝かせて食べ始めた。

私もその横に座り、山盛りの野菜炒めを食べる。

誰かに食べてもらえる事は、こんなに嬉しいことなんだね。

自分ひとりの為にご飯を作ることは楽しくなかったし、あまり美味しいとは感じなかった。お腹を満たせれば何でもいい。だから料理は好きになれなかった。






稽古前、一言メッセージを入れてから麗さん宅へ向かう。

〈作業室にいるから、好きに使って〉

そう返信があったので、家主不在の部屋に入った。

相変わらず物は何もなく、小綺麗にされていた。冷蔵庫の中もいつも通り飲み物くらいしか無く、ガラガラだった。



─好きに使っていいから

そう言って金色に輝くカードを渡された。


買ってきた食材や調味料を補充してゆく。本当に何もなくて、ゼロから作り上げていくようだ。

広いのに何もなかったコンロ周りにも、徐々にものが増え始めた。

今晩と明日も食べられるようにカレーを煮込む。そして昼食は野菜も食べてもらえるようにサラダスパゲティを作るつもり。

麗さんの分なので、食材は良いものを選ぶようにしている。低糖質のパスタや、オーガニック野菜等今まで自分では高くて手を出さなかった物ばかり。


ありがたいことに、お金は麗さん持ちで、キッチンも広くて自宅よりも料理がはかどる。

とはいっても、料理が好きになったわけではなく前よりはやる気になった程度。そんなに手の凝った物は作れない。


パスタを冷やしていると、麗さんがやってきた。


「え、作ってくれてんの?ありがとう」

「いえいえ全然いいですよ、食べましょう」

トマトやトウモロコシレタスなどをたっぷりのせ、チーズオリーブオイル、黒胡椒を振りかけて完成。

シンプルでさっぱり食べられる、夏にうってつけの料理だ。

麗さんはいつも通り美味しそうに食べてくれる。

それを見ているだけで嬉しくなる。


「麗さん、夕飯用にカレーも作っておいているので食べてくださいね。食べる前には混ぜながら温めてください。焦がさないでくださいね」

「はーい」

もぐもぐ食べながら返事をする姿は、子供みたいだ。

それとは対照的に、自分が母親みたいに思えてしまう。

─まぁ、いっか。




麗さんは作業室へ戻り、片付けを終えた私は台本を取り出した。

本番を来月に控えて、稽古もハードになっている。今までと比べて台詞も多い。家では声を出して練習はできないし、防音室など施設を借りるとお金もかかる。支出はこれ以上は増やせない。


ここ、麗さんの家はさすがだ。良い物件とだけあって、防音対策もされている。上下や隣の部屋の物音なんて気にならないくらいなので、ここで練習させてもらっている。麗さんには秘密だけど。

ここから稽古場は自宅からよりも近いので、ギリギリまで自主練習が可能なのだ。本当に有難く使わせてもらっている。

─よし、今日の稽古も頑張ろう






オリジナルのフィクション小説です。

題名を「初めて書いた物語」から「色なき風と月の雲」に変更しました。

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