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乗代雄介「フィリフヨンカのべっぴんさん」(毎日読書メモ(566))
講談社の文芸誌「群像」の2024年12月号に、乗代雄介の新作中編「二十四五」が掲載されていて、買ってきて読んだ。
阿佐美景子が弟の結婚式のために仙台に行く物語(超乱暴なまとめ)。景子のこだわりとか、家族とのやり取りとか、読みで満載の小説だったが、これまさか芥川賞の候補にはならないだろうな、と思っていたら、その直後に候補作になり(候補になるの5回目)、『旅する練習』や『それは誠』で芥川賞貰えなかったのに、「二十四五」で芥川賞は難しいのでは、と思い、実際受賞ならず(次点、と新聞に書いてあったが、二作受賞してるからなぁ)。
このままだと乗代雄介は、島田雅彦のように、芥川賞を受賞しないまま選考委員になってしまうかもしれない。
でもわたしは大好きな小説だった。単行本もう出てます。
読みながら、既視感があって、なんだっけなんだっけ、と調べたら、阿佐美景子は、『本物の読書家』(講談社文庫)所収の「未熟な同感者」、そして『最高の任務』(講談社文庫)の主人公だった。
亡くなった叔母ゆき江ちゃんが、自分に何を遺したかをずっと考え続ける人生。
自分の不分明さを恥じながら、ネット検索して、この、阿佐美景子を中心とした小説群には「阿佐美家サーガ」という名前が付いていることを知る。そもそもが、乗代雄介のデビュー作「十七八より」(群像新人文学賞)が、景子とゆき江ちゃんの物語だった(未読、これから読む)。
サーガ、と言われているのは、作者が敬愛するJ.D.サリンジャーのグラース・サーガを想起させるためであろう。
現時点で発表されているのは
『十七八より』(2015)
「未熟な同感者」(2017)
『最高の任務』(2019)
「フィリフヨンカのべっぴんさん」『掠れうる星たちの実験』(2021)所収
『二十四五』(2025)
の5作。
で、『十七八より』に先立ち、「フィリフヨンカのべっぴんさん」を読んでみた。乗代雄介の重要な発表媒体であるブログ「ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ」等で発表されてきた書評が約200ページ分、書下ろしの小説が約100ページ分おさめられた、乗代雄介の歩みを知るのに好適な1冊だが、阿佐美家サーガの一端となる「フィリフヨンカのべっぴんさん」は、僅か14ページの短編である。時系列的には「十七八より」と「未熟な同感者」の間、ゆき江ちゃんが病を得てみまかった前後のエピソード。
亡くなる前のゆき江ちゃんが、近所のいなげや(スーパー)で集めていたムーミンのシール、10~20枚ためると、ムーミングッズを割引価格で購入できる、という謎キャンペーン。
謎、と思っていたのだが、普段買い物に使っていないイトーヨーカ堂に行ったら、類似のキャンペーンをやっていて驚いた。ヨーカ堂直営店舗のレジで1000円買い物する毎にシールを1枚くれて、それを15枚ためると、ムーミンシリーズの陶器を55%引きで購入できる、というものらしい(例えばマグカップ2個セット3000円(税込み3300円)を、集めたシール15枚を出せば1350円(税込み1485円)で購入できる)。
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「フィリフヨンカのべっぴんさん」では引き換え商品はタオルとかエプロンとかで、ものによって、引き換えに必要な枚数は違う。
ゆき江ちゃんが集めたシールは5枚。
景子は、「ゆき江ちゃん、どれがほしかったんだろう?」とひとりごちながら、キャンペーン終了まで2週間となっているタイミングから意地のようにいなげやに通い、シールを15枚集め、20枚貼れる台紙をいっぱいにする。最終日に交換窓口に行き、「エプロン?」と尋ねられるが、そこで色々な思いがあふれ、涙を流し、シール15枚分のタオルを購入する、そして、「余ったシール、持って帰れますか」と、ゆき江ちゃんが集めた分のシールを切り取ってもらい、タオルと一緒に持ち帰る。そして、「一度だけ顔をぬぐったタオルは母にあげて、私はそれから一年以上、多少の浮き沈みの仲を概ね死んだように過ごした」と、小説は終わる。
ゆき江ちゃんが好きだったのは、こうしたムーミングッズではモチーフに使われることはまずないフィリフヨンカで、仲良しの姪のことを時として「フィリフヨンカのべっぴんさん」と呼んでいた。
引き換え商品の中にフィリフヨンカモチーフのものがあれば、景子に迷いはなかっただろう。家族にも尋ねたりしながら、結局決断できないまま窓口に行って、タオルを買ってきて、そこで景子の時は止まる。
この作品の中で出てくるヤマシタトモコ『違国日記』(祥伝社)は、両親を亡くした姪と、叔母との同居を描く漫画だが、この本は『二十四五』の中でも重要な小道具として出てくる。
『掠れうる星たちの実験』(国書刊行会)所収の書下ろし小説は、他に「八月七日のポップコーン」(叔父と甥?姪?の留守番の物語)、「センリュウ・イッパツ」(高校の教室の中に一瞬にして流れる残酷さを切り取った物語)、「水戸ひとりの記」(取材旅行のスケッチ的な私小説)、「両さん像とツバメたち」(オスカー・ワイルド「幸福な王子」のパロディ的スケッチ)、「鎌とドライバー」(スマホで会話しながらドラム式洗濯機を修理する、だらだらした時の流れの中で通話者の友情が浮かび上がる)、「本当は怖い職業体験」(学校で職業体験先に書いてあったタンパベイ・デビルレイズを希望先として書いたせいで校長室に呼び出され、ホンジャマカ石塚について強弁する爆笑小説)、「This Time Tomorrow」(通学用自転車の思い出を語る私小説)、「六回裏、東北楽天イーグルスの攻撃は」(家族ってなんだろう、と考えさせるホラー小説)。
短い紙数の中で、それぞれに作者のこだわりがあふれ出す、興味深い小説群だった。
評論については語れる言葉がないが、風土誌的な本のクローズアップが興味深く、また、これまでの著作でも多く取り上げられてきたサリンジャーや川端康成、柳田國男等へのこだわりを裏付けてくれた心地。
次は『十七八より』読みます(予告先発か)。
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