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ダイナマイト・キッド
2021年12月22日 19:32
赤潮 寄せては返す波打ち際を赤く染めるほどの微生物の死骸 それに群がる小魚の群れ それを狙う肉食魚 それは俺の血管の中で寄せては返す小さな命の群れ。細胞、血液、精液、精子、ミトコンドリア、核 血潮 今日も俺がどうかしていることを確かめるためだけに書き続けた日記がある。 すっかりくたびれた表紙に、かつてなんていうタイトルを付けたのか、もうわからない。もう思い出すこともないのだろう。
2021年11月16日 20:09
「コンニチハ! コンニチハ!」 甲高い機械の声で挨拶をする薄汚れたキリンの乗り物。小銭を入れるとギーコギーコと駆動して歩き出す、年代物のキリンの乗り物。「コンニチハ! コンニチハ!」 振り向くと薄汚れたキリンは僕の目を真っすぐ見つめて、プラスチックの目玉がヒビ割れたまま冷たい微笑みを浮かべていた。 見ず知らずの家族連れが楽しそうに、木陰のベンチに腰かけた僕の目の前を通り過ぎる。 大ぶり
2021年10月30日 21:58
幼い子供の白いほっぺたつるつるすべすべぷにぷにのほっぺたきょろりとした黒眼がちな瞳黒くもじゃもじゃの頭髪甘酸っぱいにおいがするむちむちの手足小さな手のひら言葉にならない声酸味のきついよだれの滴のなかで逆さまになった世界にうつる身長40メートルの赤ん坊 がしゃん、と、どきゃん、の混じったような激しく鈍い音がした。鏡が割れる音だった。粉々に砕けて、鏡面だけじゃなく台座まで完
2021年1月2日 21:08
まるで透明なガラスを張ったように目の前に付きまとう違和感を振り払おうと、少し首を振って空を見上げた。青すぎるほど晴れ渡った空と自意識の間には、やっぱり透明なガラスがあるような気がしてならない。雨が降ればこの体は濡れるし、心も風邪をひく。誰と話しても、触れても、重なり合ってもなお、このガラスからは解放されないでいる。 何もかも嫌になるし、誰も彼も憎たらしい。きっと向こうもそう思っている。すれ違っ
2020年12月15日 20:46
毎日毎日、まったく息苦しいったらありゃしない それはただ単純に僕が極度の肥満体型であるからだけではなく。今この御時勢がデブにとっては実に息苦しいことこの上ない、という意味もある。テレビのコマーシャルではダイエットサプリに血圧、血糖値、コレステロールを如何にかこうにかするものばかり。 食べたい! でも、気になりますよね!? なんて。聞かれるまでもないことをイチイチ大袈裟で恩着せがましく押し付
2020年12月12日 20:24
2008年の冬頃。東京。寒い夜に彼女とお酒を飲んだ流れでホテルに入った時の話。 週末のこと、あの一帯のホテル街は何処も満室で酔いが醒めれば興も冷めるとばかりに飛び込んだのが、問題の場所だった。 新しく買ったばかりの黒地に白い水玉のワンピースに合わせた薄手のコートが良く似合う、背が高く顔立の整った黒縁眼鏡の彼女と手を繋いで街中を歩くのはいい気分だった。そのまま古ぼけたホテルのフロントに上がる
2020年12月8日 18:41
どこかから聞こえてくる妙な音で目が覚めた。地鳴りのような、低い低いサイレンの音の様な……自分で聞いたことはなかったが、戦時中の空襲警報って、あんな音だったのではないかと思う。とにかく気持ちの底からざわざわと不安が押し寄せてくるような音だった。 僕は温かい布団の中から足を出した。ひんやりした空気が火照った爪先に心地よく、それをまた冷えた布団の表側にあてていると、再びとろりとした濃厚な睡魔がやって
2020年12月2日 18:18
海だ。よく晴れた今朝も目の前には広大な海が広がっている。まばゆい太陽光をきらきらと反射させた大きなうねりが波濤となって濃い藍色をした水面をぐわっと持ち上げ、やがて左右からどどどどうっと崩れながら白く乾いた砂浜を洗ってゆく。遠くどこまでも続くこの砂浜と遮るもののない青空が、水平線を彼方に揺らす青い青い海と見事に調和している。「本日も異常なし」 わたくしは誰に言うでもなくつぶやいた。この広い砂浜