【3通目】空虚だからこそ悪がはびこる——アメリー・ノートン『午後四時の男』【書評】
拝啓
いくら師走になったからといって、そんなに急ぐことはないのにと独りごちました。窓の外に見える公園の木々が、まるで逆さにした竹ぼうきのようにみえます。
あなたからの返事に、小躍りして喜びました。はじめてのときから、本当に嗜好が似ていると感じます。たとえ読んだことのない本であっても、あなたが選ぶ本はきっと楽しめる。そんな思いを日々ふかめています。
書棚にはフランスの本が多いというのも共通点ですね。そこで何の迷いもなく、あなたが教えてくれたアメリー・ノートンの『午後四時の男』を手に入れました。古書特有のにおいはあるものの、未読品ではないかと想うほど、いい状態でした。
時間の損失ともいえる俗界から去りたいと、街から離れ、豊かな自然に囲まれた理想の「家」で暮らし始めたエミールとジュリエットの老夫婦。だれにも邪魔されずに、ゆったりとした時間を手に入れたはずが、毎日午後4時になると現れる不機嫌な男パラメードによって、生活も心も乱されていく。あの手この手で家から追い出したはずなのに、逆に不在を嘆き自らパラメードのところへ足を運んでしまうエミール。そこで自殺しようとしたパラメードの命を救ってしまうが、独善的な自分の考えにふり回され、思いもよらない行動に出てしまう。
冒頭でも末尾でもエミールは、人は自分について何も知らないと語る。無知の知をにじませるところは、さすがラテン語とギリシア語の元教師。招かれざる客をやり込めるために哲学や文学について長広舌をふるうのは、知性を示しているようで、実は強い思い込みから抜け出せず、妻の言葉にも耳を傾けることなく、「家」だけでなく自分の内面に閉じこもっている姿を描いています。これは、本書が世に出てから27年が過ぎた現在でもよく見られる人物像かもしれません。パラメードは太っているが、実は空虚でしかなく、だから悪がその中にはびこるのだというエミールの指摘は、合わせ鏡で自分を映し出しているようです。
それにしても妻ジュリエットのチャーミングなこと。65歳なのに、二人がシャワールームで冷水に震えていた10歳の頃から何も変わっていないというのは、あながち誇張でもないのでしょう。独善的なエミールに対し、利他の心も合わせ持つジュリエットは、映画化されたら、どんな俳優さんが演じるのでしょう。勝手に配役を考えてしまうのも、読書の楽しみです。
自分の偏見にあらがうことなく異端を排除しようとするストーリーに、またもやブッカー賞作家ですがバーニス・ルーベンスの『顔のない娘』を思い出しました。実は読んでいてあんまり苦しいので、読了してから手放してしまったのです。再読に値する小説だとは思うのですが、読んでいて本当につらかったのが正直なところです。
本当ならば、読んだ本について、あなたも楽しめますよ、読んでみたらいかがですかと、本好きから本好きへとお伝えすることが、この手紙の目的だったはず。しかし今回は『午後四時の男』を教えてもらい、こちらが十分に堪能し、また考えさせられた豊かな読書体験でした。
次回こそ、あなたに自信をもって(!)おすすめできるフランスの小説を、書棚から取り出してきますね。
外では「ほうき」の先が風に揺れています。すっかり日が短くなりました。
既視の海