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松永美穂『世界中の翻訳者に愛される場所』

出版社の紹介文もほとんど読まないまま、ためらうことなしに松永美穂『世界中の翻訳者に愛される場所』を読む。直観は正しかった。

ドイツ文学の翻訳家である著者は、翻訳者レジデンスがあるドイツの街の名前を繰り返し耳にして、淡い憧れを抱く。そしてついにシュトラーレンの街を訪れる。どの国からも、どんな言語であっても翻訳家を受け入れ、仕事のための居室と豊富な文献を提供し、翻訳者どうしも交流できる「翻訳者の家」。仕事に疲れたら街を散策したり、湖畔までサイクリングをしたり。翻訳家の出身にちなんだ料理を互いに分け合いながら、文学との出会いや翻訳を生業にした来し方を語り合い、機械翻訳時代における文芸翻訳の未来も考える。

著者の翻訳作品はあまり読んだことがない。それでも好きな小説の一つであるベルンハルト・シュリンク『オルガ』は、その翻訳者レジデンスで訳されたという。生活をともにしたその作品は、ひとつの思い出となる。翻訳が終われば、ともに過ごす夏も終わりに近づく。かの戦争を挟んで力強く生きたオルガという女性の一生を描いた小説の味わいと重ね、こちらも切なさがこみあげる。

翻訳は、単なる言語の移し替えではない。一つの作品に真正面から誠実に向き合う読書であり、解釈だ。単なる作業なら、機械翻訳を利用するのもいい。でも、小説や詩などの文芸作品は、翻訳者次第で、また異なった表情が与えられる。それが読者としても愉しく、読む喜びになる。

「翻訳者の家」における営みもさることながら、翻訳という営みに、また新たな光が差し込んだ心持ちになった。今夜は『オルガ』を再び手に取ろう。

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